「反魂香」から見るお龍の心。
お龍が龍馬の死後に坂本家で住んでいたことは有名な話です。しかしたった一年程で坂本家を後にしたのは何故なのでしょうか。
・龍馬の姉の乙女と合わなかったので追い出された。
・お龍が家事一切をせず、琴ばかり弾いていたので追い出された。
他にもいろんな噂がある見たいですが、この反魂香は晩年のお龍から聞いた話を纏めたものです。反魂香の筆者ですら驚いて戸惑っていた節があります。
まずはどんな内容だったのでしょう。(若干読みやすいように表現を変えております)
義兄及び嫂(あによめ)との仲が悪いのです。なぜかと言うと、龍馬の兄の家はあまり裕福ではありませんから、龍馬に下る褒賞金(ほうしょうきん)を当てにしていたのです。
しかし龍馬には子は無いし金は勿論お龍に下りるわけですから、義兄及び嫂(あによめ)にとってはお龍が居ては当てが外れる、とは言っても殺すわけには行きませんから、お龍が縁を切って出て行く様に仕向けて居たのです。(実際はここを不身持と書いてありますがの解釈が間違っているかもしれません)
既に坂本は死んで仕舞うし海援隊は瓦解するし。お龍を養う者はさしずめ兄より他にはありませんから、夫婦して苛(いじ)めてやればきっと国を飛び出すに違いない、そのときはお龍が自ら縁を切るわけですから竜馬に代わり兄が離縁すると言えば赤の他人、褒賞金(ほうしょうきん)は此方(こちら)の物という心で始終喧嘩ばかりしていたのです。
これが普通の女ならば苛められても我慢して国に居るでしょうが元来きかぬ気のお龍ですから、「何だ金が欲しいばかりに夫婦して自分を苛めやがる。私はかねなぞは要らない、そんな水臭い兄の家に誰が居るものか」追い出されない内にこちらからおん出てやろうという了見で明治三年に家を飛び出したのだそうです。
ここを始めて読んだときは正直、私が想像していた綺麗なお龍が偏屈ばあさんに化けてしまいました。(笑)
その後、色々とこの文章についいて考えていました。
お龍という人は、ヤクザであろうが気の荒い薩摩武士にであろうが怯むことの無く、度胸のある女性です。しかも長女でもあり、気の強い所もあります。
そういう人は自分が舐められるような姿を人には見せないものです。
本当は淋しくて不安で未来に絶望的であっても、人から恵まれたというような話はお龍には耐えられないでしょう。
坂本家で本当に何があったかはわかりません。
けれども、お龍のようにこの時代にしては奇跡的に自由奔放に生きることができた女性。そんな女性では、他の家に馴染むということは出来なかったでしょうね。ちょうど今の女性みたいな感じだったのではないでしょうか。
龍馬という人に出会えて、恐らくは始めて薩摩に新婚旅行に行ったり、長崎に向う船上で龍馬が船で日本中を廻る話と家を建てる話をしたら家は要らなくて日本だけでなく世界を廻りたいということを言うくらいの人ですから。
龍馬が死んでから明治になり坂本家は本当に苦しかったのでしょうね。報奨金のことも本当にあったかもしれません。それがお龍には上の話のように聞こえた(解釈した)のでしょうね。
それが嫌で出て行ったのかもしれないし、本当は坂本家の事を考えてこういう話にしてしまったのかもしれません。
その後は京都に行き、東山にある龍馬の墓の近くの借家に住んでいましたが、持ち金が尽きて困っているところに五条の公卿が気の毒に思って米を送ってくれるようになったらしいです。
しかし、毎月送るのは手がかかるからいっそ公卿の屋敷に住みませんかと言われましたが、誰かから本当は公卿はお龍に気があるらしいと言うことを聞いて、「馬鹿殿様が何を言う、貧乏公卿の所に行くなら舌を噛んで死ぬわ」といって断って、たった一人で東京の西郷隆盛らを宛てに旅立ったそうです。
東京で西郷に会ったら西郷も大久保と意見が合わずに薩摩に帰って百姓をすると言ってお龍に20円を渡し、「自分を立て直したら必ず面倒を見るから」と言われてたそうですが、そのまま帰らぬ人となりお龍は泣き崩れたそうです。
その後の事は以前に書いた「竜馬の妻 楢崎龍
」に書いてあります。
この人は 女 だなぁ・・・と思う話があります。
千葉佐那子さんのことです。 続く