HSP/HSC 専門 国家資格キャリアコンサルタント皆川公美子です。
芸術家とはこの世にないもの、新しい世界を出現させる人、なのかもしれない、ということは先日のブログで書きました。
今日、もうひとつ思うことがありました。
芸術家というのは、日常とか人生のいわゆる「幸せ」よりも自分が作り出す「世界」のほうを上に置いている人なのではないだろうか。
そう書くと、
じゃあ芸術家は幸せになれないっていう昔風の結論?とい思われるかもしれないけど、そういうことじゃない。
幸せを追求したり、お金儲けがうまかったり、そういうことは関係ない。そういうこともあっても当然いいということです。
人は自分をうまく運んでいくことができるとスムーズでとてもいい状態。
けれど、いわゆるそういう幸せな状態と、何かを生み出す苦しみが両立しないときだってある。そういうときに、どちらを優先させるかというと、当然生み出す方を優先させるわけです。
そしてきっとそこには理由がない。
そういうふうにできている。
世の中に成果系、幸せ系という時間軸などの捉え方が違う人種がいるようですが、
この「新しいものを生み出す人たち」は、時間軸というもの自体にのっかっていない気がします。
未来の成果でもない、
現時点での幸せでもない、
ただ生み出すというプロセスだけがある。
生み出すというのは、究極の自分との向き合い方だと思うのです。
その鏡を経ると本当に力強く美しいものになる。
よく創造物、制作物には合議制は最悪だと言われます。
まったくもって、大勢で力強い美しさは作り出せない。
プロジェクトなり、作品なりに大勢がかかわるのはありだけど、
そこには創造に関する絶対的な発信者がいて、あとの人はそのひとの美の具現化におけるお手伝い、というバランスになる。
なぜなら、美しいものとは、人間が究極まで自分と向き合った結果でてくるものだから、大勢で向き合う何かというのは、
存在しないから。
おいしいものを味わう、
好きな人と楽しい時間を過ごす、
芸術家という人たちは
人生を謳歌しつつも、
鏡の中の自分をみ続けているのかもしれない。
そんなことを考える夜です。
ウツクシモノ旅①~近江・佐川美術館


