こんにちは。
今日は、mamaマスLive(実際にみんなで会って学ぶことね)
そして、こんな経緯を経て決まった子供達&お母さんとの東京旅行
緊張もするけど、楽しみな朝です
なおです
(みんなで東京に行けるのが、本当に嬉しい)

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先日、私は自分と仲直りできた。
私はこれまで、「私の理想像」を目指して、「私の理想像」になろうとして、頑張ってきたけれど、「私の理想像」にはなれないことをようやく認め、これまで頑張ってきた私自身の負けを認めた
これまで「頑張ってきた」自分自身「もう頑張らなくていいんだよ、理想像になろうとしなくていいんだよ」と言う自分自身に負けたのだ。



その時に気づいた、もう1つのこと。
私の理想像は、お父さんだったと言うこと。

そしてそれは、私は「お父さん」になろうとしていたと言うことだった。

ここでは、
「傲慢」も「高飛車」も「謙虚さがない」も、お父さんの嫌いなところだったから、
私は絶対そうならない!
私は絶対そうなりたくない!
と思って頑張ってきた
と書いた。
そのはずだった。
そうだと思っていた。

だけど、「お父さんみたいにならない」「お父さんなりたくない」と言う気持ちの裏側には、「お父さんみたいになりたい!」「お父さんみたいにならないと!」と言う気持ちが隠れていたみたい…

それに気づかせてもらったのは、やっぱりmamaマスのメーリス。
「夫に負けたくない」ことからその背景を掘り下げていったら、
フワフワしたカワイイ女子にも憧れるけど、それとは反対の、キリッとしたカッコイイデキる女(私の男性性の強い女性のイメージ)を目指していたような気がしてきて…
私は、女性性も男性性もあるけど、男性性を強調しているように思えてきて…
そしたら私、お母さんだけど、「お母さん役とお父さん役の両方をしなきゃ!」と思っていたことに気づいた。

さらにそれを掘り下げていったら、
そう言えば私、お母さんの役に立ちたいと思っていたんだっけと、お母さんの役に立ちたかったことを思い出し、
同時に、私は寂しがり屋の構ってちゃんだったと言うことも思い出した。

からの、
「そっかぁ私、だからお父さんになりたかったんだ!!
キター(・∀・)ーーー!!



私が思うに、子供の頃の私は、いつも頑張って大変そうなお母さんの役に立ちたかった
だけど、寂しがり屋で構って欲しいちゃんの私じゃお母さんの役に立てないと思った。
だから、「お父さんみたいに、強くて厳しくてカッコよくならないと!」と、お父さんを目指すようになった

つまりは、私の「役に立って人を守れる人」の理想像がお父さんだったのだ。

恐らく、「お母さんの役に立てる人」ってどんな人かな?って考える子供頃の私の目に付いたのが、一番身近にいたお父さんだったのだろう。



今まで、傲慢で高飛車で謙虚さがなくて、怖くて怒ってばっかりで嫌いだとばかり思っていたお父さんが、
子供の頃の私には、強くてカッコよく見えたのだろう。
だから、お父さんが私の理想像になった



私の理想像は、お母さんの役に立ち、お母さんを守るための理想像だったのだ。



そう思えたら、あんなにも嫌っていたはずのお父さんに、尊敬の念も湧いてきたし、お父さんてスゴイなー」って思えたりもした。
(ホント、気持ちが変わるだけで、見方がこんなにも変わるんだなぁ…)



やっぱり、お父さんが大好きだったんだ
やっぱり、お母さんの役に立ちたかったんだ



そして、
だから私は、子供達を守ろうとして、お父さんになろうとしてたのかも!とも思えた。
だって、「役に立って、守るための理想像」がお父さんだったのだから、
「お父さん」になって、強くて、厳しくして、子供達を守ろうとしていたのかもしれない。



だけど、mamaマスのメーリスで、
優しくて女の子でも守れるものがあると知り、
優しくても、お母さんでも、子供達を守れるんだ、と思えたら、
私の中の「お父さん」が、小さくなったように感じた。



お母さんの役に立たなくていい!
お母さんの役に立とうとしなくていい!

お父さんにならなくてもいい!
お父さんになろうとしなくていい!
だけど、
お父さんの要素があってもいい!

私は、カワイイ女の子♡
守ってもらっていい♡



最後まで読んでいただいて、ありがとうございました
おわりつながるうさぎ