撃鼓神社
福岡県飯塚市中1368-2

まだもうちょっと先って思いながら歩いていたら、鳥居があってビックリ。

ここから社殿まで、結構な距離がある。

 

こういう、灯籠の上にいるちょっと小ぶりの狛犬も好き☺️

 

写真撮ってる時は何書いてあるか分かってなかったんだけど、撮った写真をよくよく見てみると「夫婦杉由来記」って書いてある。

それらしき木が見当たらないけど、何の事だろう。

 

 

やっと2番目の鳥居⛩

撃鼓宮とあり。

 

 

階段をのぼった先には複数の鳥居が。

 

 

どういう順番で行こうか悩んだけれど、撃鼓宮と書かれたこちらへ。

 

橋あり。

最初気付かなかったけど、

灯籠の下のこれはライオン?

 

雰囲気が良いところだなぁ☺️

この場所、好きだ。

 

 

 

ここは、今も使われているの?

空き家?

お守りの事が書いてあるけど、ここで買えるんだろうか。

 

 

 

 

あ、この紋、許斐神社と一緒だ❗️

『伝右衛門邸近くの許斐神社』以前、旧伊藤伝右衛門邸に行った時に前を通りかかって以来、いつか行ってみようと思っていたこちらの神社。旧伊藤伝右衛門邸に行った時↓『端午の節句 飯塚2021〜旧…リンクameblo.mom

 

祭神

 

天太玉神(アメノフトダマノミコト)

天児屋根命(アメノコヤネノミコト)

天鈿女命(アメノウズメノミコト)

 

 

 

同じだ❗️

てか経緯は分からないけど、多分、撃鼓神社がその三神を祀ってる関係で、元々は違う神様を祀ってたはずの許斐神社もそれって事になったんじゃないかな、きっと。

 

 

 

撃鼓神社で調べているとFacebookを発見し、

 

撃鼓神社と許斐神社の宮司は兼任だと判明❗️

おー✨✨

もう、ほとんど正解みたいなもんだよね?😆😆😆

 

 

 

ちなみにこの三神は天の岩戸の話に出て来る神様で、アメノフトダマとアメノコヤネは陰が薄くて私もよく分かってないのだけど、アメノウズメ!

アメノウズメは知ってたよ❗️💃

彼女は、岩戸の前で踊った女神。

その踊りを見て盛り上がってる様子が気になって、アマテラスは岩戸から顔を出した、というのが天の岩戸のお話。

 

ちなみに、そっと顔を出したのを見計らってこじ開けて岩戸を放り投げたのが、立岩神社に祀られていたタヂカラオノカミ。

『巨石信仰と神仏習合の立岩神社』『立岩遺跡群の上に鎮座する熊野神社』熊野神社福岡県飯塚市立岩1380熊野神社緣起社伝に曰く、その昔神武天皇が九州より大和に攻め上られた時この地にて嵐に遭い停滞…リンクameblo.mom

 

ただ、筑前国続風土記や嘉穂郡誌には、上宮の「皷打権現」と下宮の「笛吹権現」の社があったとあるらしく、うーむ。

単に太鼓と笛の神様って事だったのが、アメノウズメ達にとって変わられた?

 

いずれにせよ、神功皇后が三韓出兵の際にここで神楽奉納をしているらしく、それにまつわる神様が祀られている!というのがここ、撃鼓神社。

 

筑前国続風土記附録などの記録によれば、江戸時代に、一時祭神を改め、熊野権現社と改称したが、祭神を旧に復し、社号も再び旧称に因む「撃皷神社」に改めたとされる。

ってあって、ああっそれは❗️

 

立岩熊野神社もそうでしょ⁉️

絶対そうだ。

で、撃鼓神社はその後、改名したけど、立岩熊野神社の方は、たまたま元の名前が「熊崎」だったからとかもあって名前を戻さないまま今日に至るってところなんだろう。

 

次々に繋がっていって嬉しい😊😊😊

楽しい😆😆😆

 

御神木。

やっぱ木の御神体良いわー。

 

…って。これが夫婦杉か⁉️

社殿の横に祠が並ぶ。

 

何か分からない。

人の形だというのは分かるけど…

あ、魚だからエビス様だね🐟

 

「貴船社」と書かれた鳥居。

貴船神社に祀られているのが誰って、名前をなかなか覚えられないんだけど、高龗神(タカオカミノカミ)っていう水の神様らしい。

これがその姿なのかな。

こっちは何だろう。

穴だか亀裂だか入ってるの気になる👀

ここが、乳の池❗️

神功皇后新羅征伐より御凱旋の後 筑紫の蚊田にて皇子(応神天皇)を挙げさせ給ひ大分宮を経て発幸時、親しく当宮に白旗八流を納め報斎し給ひ

 又産衣を奉り 池水を汲み授乳の祈願遊ばさる以来、此の池を乳の池と称し 産婦の乳少き時 池水を汲んで祈願をなせば直ちに霊験あり 古より遠近祈願絶えざるなり。

 
朝鮮に出兵する前にここでお祭りをした後。
帰国して、筑紫の蚊田で応神天皇を産んで…って、蚊田ってどこ?宇美じゃなかったの?って思ったら、蚊田=宇美であったり諸説あるらしい。
大分宮(大分八幡宮の辺り)を経由し、
そしてここに白い旗を8つ納めた。(撃鼓神社のある山=白旗山の名前の由来。)
また、池の水を汲んで乳の出が良くなるよう祈ったりしたそうな。
これは何だろう?
屋根のところの模様がヒントになりそうだけど、何が描かれている?
池の奥、紙垂が下がっているから、ええっと、乳の池を祀ったもの…池の神様が祀られているって事でよろしい?
社殿の逆サイドにも祠が沢山。
この距離から見るだけで良いかなって思ったけど、やっぱり、どんな石が入っているかも気になる。
何か書いてある?模様?
人為的なものなのか、天然なのか。
あ、何か顔がある。
さっきのもここも、石が2つ。
おー何か、特徴的な石!
こっちは地味な普通っぽい石。
 
今まで、こういう風に祠に祀られている石って、本当に本当に、「なーんだただの石か」って思ってたんだけど。
この石に力が宿っていると感じられたから祀られているのかな?って思うと、全然感じ方が違う。
いわゆるパワーストーンってやつ。
 
どうだろなー、私にもそういうのを感じる事が出来るだろうか?
でも、祠が出来た当初にそういう神的なエネルギーが宿っていたとしても、今もあるかどうかは分からないよね?
 
…いやでも、ここならちゃんと、日々チャージされてそうな気もする。
そういう良い気がここ一帯にあるような、そんな感じがする。
この狛犬は対になる子がいなかった。
寂しい。
こちら、奥はお馴染み猿田彦ぞろり。
稲荷社は分かるけど、今宮社とは?
調べたら、京都の今宮神社が出て来た。
この2つはどっちも京都から来たんだろうな。
違う風に置かれた2つの石。
この違いは何だろな。
この石畳を進んで下りてみる。
お墓があった。
お墓の手前には祖霊社。
ご先祖様を祀っているのね。
 
引き返す。
これは何かな。
うーむ、何か字が書いてあったようだけど、読めぬ。首塚社?
 
他人のサイト見たら、これを貴船宮って書いているものあり。
え?本当に?私には全然読めないけども。
てか、貴船神社はさっきあったから、それと写真を間違えたのかな。
 
すごく沢山いろいろ祀られているわけだけど、これでやっと撃鼓神社の下宮終わり。
次回、橋を渡る前の場所に戻って、他の神社&上宮へ!
 
 
 
撃鼓神社のFacebookページに、参道入口の碑について書いてあった。
 
      夫婦杉由來記
當社ノ參道口ナル三月田ニ今ヲ去ルコト七百六十年文治年中二本ノ杉ヲ植エ中古迄ハ樹間二間余リニシテ社參ノ通行路ナリシモ歳月ヲ経ルニ從ヒ何時トナク接近シ遂ニ抱合ス幹ハ宛モ一本ノ如ク見ヘ目通リ二丈高サ五丈余ニモ達セリ抑ゝモ此ノ名称ハ當社ヨリ西北三十町ヲ隔タル所ニ笠置山アリ宗像ノ枝城タリ城主乘手岩見守兼武ハ隔年ノ神幸式ニハ馬場先ノ所ニ棧敷ヲ設ケ參拜ナサレ其ノ處今尚小字棧敷野トアリ城主ハ參道口ナル杉ヲ見テ是コソ正シク夫婦ノ杉ノ如シト言フ後人誰言フトナク縁結ノ杉トモ言傳へ良縁ノ契ヲ結ビシトゾ如斯由來深ク老樹ノコトナレバ遠近問ハズ態ゝ參詣スル者多シ産子相語リ天然記念木トシテ申請中昭和五年七月十八日ノ大暴風雨ニヨリ轉木昔ヲ偲ブ老樹モ遂ニ空シ然レ共幸ナル哉當社神樂組轉木ノ前年木ノ實を採リ若苗を植へ尓來幾星霜巡リ來ルニ皇紀二千六百年ノ佳キ年ヲ迎ヘ石文ヲ建立ス
      昭和十六年十月十九日
            社 司 佐伯 重之
裏面ニ
大正十年當社前社司佐伯重贇氏神樂組創設アリ尓來二十有一年今日ニ至ル組員相議リ由來記ヲ建立
 
佐伯重贇は三代前の宮司で、佐伯重之はその長男で二代前の宮司だそう。