神功皇后は、三韓征伐から帰国した後、粕屋の宇美邑にて応神天皇を御出産遊ばされ、その翌年の春、粕屋と嘉穂の郡境にある大口嶽(大口嶽の乳呑坂)を越えて当地に至ります。神功皇后は、当地にて引率していた軍士を解隊し、それぞれの故郷に返します。その大分から大分と称されるようになったと伝えられています。
 
5月2日に旧伊藤伝右衛門邸で神功皇后関連のを見て、3日に香椎宮に行ったから、じゃあこの流れで大分八幡宮にも行かなきゃだよね?って思って、(4日は一日家でゆっくり香椎宮の振り返りと神功皇后について読み漁ったりしてから)5日に大分八幡宮に行った。
一の鳥居をくぐると
狛犬さん達がお出迎え。
阿の狛犬は逆立ち。
吽の狛犬は二本足で立ち、身体を捻ったポーズ。
どっちも可愛い😆😆
入って右手の大きめの木たち。
左もなかなかのもの。
うねうねした枝がスゴい。
既にテンション上がる⤴️
一の鳥居の左の方、柵に向いた祠が。
どちら様の祠かな?
…誰?
大分八幡宮のHPを見ると、事代主(=恵比寿)だそう。
左は誰だろう?
神功皇后と事代主の関係も調べると面白かったので、おいおい掘り下げたい。
そしたら左の人物の事も分かるかも。
(10/8追記。ミホツヒメと思われる。)
藤棚があり、鳥居には「市杵島神社」の文字。
もう少し早くに来ていたら藤の花が綺麗に見えたのかなー。
市杵島姫は宗像三女神の1人。
宗像ですよ宗像!こちらも福岡ゆかりの神様。
水の神様だからかな?
賽銭箱には魚の形。可愛い🐟
 
市杵島姫も神功皇后に関わっている神様なので、おいおい掘り下げたい。
そのお隣にある池は放生池。
「殺生禁断」と書かれた石碑が池の中に生えている。
HPには「澄んだ水を湛えて広がっています」と書いてあったけれど、めちゃくちゃ濁ってた😱
この濁りは一時的なものなの?そうなら良いなと思うけど、どうなんだろな。
 
 
 
このままメイン会場に行っても良いのだけれど、右側のエリアにも色々あるので行ってみる。
まずは大きな木!
見てこの太い幹。モコっと丸っとしてて味がある🌳
こちらの碑も、恵比寿社と同じで外を向いている。
きっと元々、赤い柵はなかったんだろうな。
柵に張り付いて見てみると、「猿田彦大神」の名前。
(近過ぎて収まりきれなかったので2枚に分ける。)
猿田彦と神功皇后の繋がりはよく分からない。
関係ないかも知れないし、猿田彦時代がかなり多岐に渡る神様だからなんともいえない。
順番逆になってしまったけどこんなのも、より鳥居に近い場所にあった。
こちらの木も立派。
このこれ。
入っていったらトトロがいる所だとか何だとか、どこかに繋がりそうな穴が楽しい。
こちら。
太い幹からにょきにょきと、三叉に分かれているの楽しい。
「日清 日露 日独」の文字。
日清戦争、日露戦争は学校で習った覚えがあるかけど、日独?
どうやら、第一次世界大戦の事をいうらしい。どうかな、習ったかも?どうだろう。
 
 
 
大分八幡宮は筥崎宮の本宮」の記載あり。
えっ、あ、そうなの⁉︎
多分、読んだはずだけど、分かってなかったわぁ。
大分八幡宮の存在をまず知らなかったしね😅
 
ついでに言うと、筑前大分が飯塚に含まれる事もつい先日まで分かってなかった😅😅😅
飯塚広し、侮り難し。
応神天皇産湯の井戸ですってよ!
あれ?応神天皇って、宇美で生まれたんじゃなかったの?
なんて思ってしまったよ。
産湯って、出産直後とは限らないのね。
3日目のを言ったりもするそうだけど、この場合はもっともっと日が経っていると思われる。
ちなみに、入口からの位置関係。
右奥に見えるのが産湯の井戸。
 
 
 
本日1冊目が届いたので、ちょこちょこ読んでいこうと思う。