おべんと あらため なんとなく?備忘録 -3ページ目

おべんと あらため なんとなく?備忘録

過去記事は下の娘の高校時代のお弁当。
最近は思ったことつれづれと。

父は自宅の中でも迷うようになった。

いやそんなに大きな家でも無いし、

複雑な造りでもない。

 

「歯を磨きに洗面所に行こうか?」

「それは遠いとこか?」

「ここは台所やから、この壁の向こう側」

「遠いん違うん? 行きたかったらあんた一人で行ったらいい」

 

キャッチボールが出来てるようで出来てない会話のやりとり。

 

トイレもどこか分からなくなって、手を引いて連れていくことが多くなった。

そしてトイレに着くと

「ここで何するんや?」

「お父さん、トイレに行きたいって言ったよ」

「どうやったらトイレ出来るんや?

 一回もやったことないから、やりかたが分からへん」

 

トイレに行きたいと言った直後からもう忘れている。

トイレの仕方も忘れたと言い出す。

 

どんどんいろんなことに時間がかかるようになって、

ショートの日数を増やしてもらって、

仕事への影響は随分軽減されたのだけど・・。

 

一方、それはそれで私は逃げたのじゃなかろうか?とか

もっと大変な思いをして面倒見ておられる方々が

世の中にいっぱいおられるんじゃなかろうか?とか思うと

やっぱり預ける日数を減らしたほうがいいのじゃないか?とか

 

ゆらゆらゆらゆら気持ちが揺れる。

一体誰の目を気にしているんだ私?

 

そんなことを考えている私の足元で

まったり眠るお方。

 

 

いらんことは考えんようにしよう・・。

 

 

 

 

植えて3年目の台湾レモン。

去年は7つ出来たけど、今年は3つだけ。

娘たちのところに1つずつ送り、

残る1つをホットレモンに。

完熟で果汁がオレンジ色。

去年はレモンにしてはかなり甘くなったなぁ。という記憶があったので、

はちみつ少な目にしたら、めっちゃくちゃ酸っぱかった。

やっぱりレモン。

 

さて、父の足のむくみはどんどんひどくなる一方。

足首がしまりません。という靴下はつま先からかかとまでがかなり硬くて

父はもう履けない。

 

冬用のホカホカ靴下にすると、靴下上部のゴムが食い込んで

むくみの腫れはひどくなる。

 

どっかにいいのんないかな?と正直期待せずに行ったしまむらで

はきぐちゆったり靴下なるものを見つけた。

全体が柔らかい。

サポートすれば父でも履けた。

夜、パジャマに着替えるときに脱ぐとしめつけた跡も無し!

これはオススメです。

 

うん。もう服を着替えるのも一人で出来なくなったので、

サポートは必要。

 

と、いうか、とうとう自分の名前も漢字で書けなくなってしまった。

 

この前の朝は仕事に行く下弟とタッチ交代で着いた私と父が揃ったリビングで

下弟も私も施設の職員さんと勘違いされ、

父は下弟に私を「この方、よく会う方なんですよ~」と、紹介してくれてた(笑)

 

そうよね。よく会うよね。私達3人(笑)

2月初め。父のやることが一層いろいろになってきて

下弟もグループホームの入居申し込みに同意してくれた。

 

ケアマネさんとも相談し、1か所は去年5月に申し込んでいたが、

とりあえず他のところにも申し込めるだけ申し込んでみましょう。

と、言ってもらえたので調べてみると、市内に20か所弱あることが分かった。

 

3か所ほど電話連絡をし、伺って申込書を頂く。

中にはその場で書き込んで申し込みが済んだところも。

 

そしていずれの施設でも施設管理者さんから

「お父さん、その状況では要介護1じゃなくて3は行きそうですね」

と、言われる。

 

昨年9月の時点では、認知症の主治医から

「2に上げようか?」と、言われていたけれど、

2に上がるだけでは、各介護サービスの使用金額が上がるだけで、

正直、特養に申し込みも出来ないし、1のままでと保留にしていた。

 

その時に

「次、受診したくなったら、また予約入れてね」

と、言われてたので、ずっとそのままにしていたのだけれど、

ケアマネさんに

「グループホームに伺ったら、皆さん要介護3かな?って

おっしゃるので区分変更出来ますか?」

と相談してみたら、

「そうしましょう!」ということで、

受診予約の電話を入れた。

 

そしたら主治医の先生が電話口に出てこられて、

父の現状を聞かれ、異食が始まったことを話すと

「他にも見えないものが見えたり、聞こえたりしますか?」

と、聞かれたので

「よく猫の鳴き声が聞こえるとか、うちの家に犬はいるやろ?とか

 テーブルの模様を食べようとしたりします」

と、話すと、まさかの

「アルツハイマー型だけでなくレビー小体型認知症も発症してる感じがするので

処方箋出すから取りに来て」

とのこと。

 

ダブルで罹ることもあるのか?

知らなかった。

 

1週間ごとに経過連絡をし、薬の微調整をしているが、

なかなか厳しい。

効きすぎると無気力無反応のようになってしまう。

減薬すると2日か3日ごとに夜中じゅう家の中を歩き回る。

 

ショートステイ先で夜中うろうろしている分には

施設のほうからも「大丈夫ですよ。心配ないですよ」

と、言ってもらえるが、自宅のときだと下弟が寝られなくなる。

 

この前の在宅時は夜中にあちこちの電気を点け、

寝室に置いてある新品の紙パンツを10枚ほど取り出し、

トイレに持って行って全て開いて床置きし、

何度もご飯食べに行こう!とか、外に出て行こうとし

かなり厳しい状況だったとのこと。

 

その話しも先生にすると、

「処方された睡眠剤ではゆっくりしか効かないから不穏がひどかったら飲ませて」

と、頓服の導入剤も処方された。

これは自宅のときだけ使おう。

父だけでなく、下弟も倒れたら全く話しにならない。

 

そんな途中で減薬になったときに1/2錠を1/4錠に割るとかね。

もう最近はほぼ使わなくなった出刃が役に立ちました。

小さいのにものすごく効くということは劇薬ということよね。

仕方ないのやけど。(バナナは大きさ比較用)

 

そしてびっくりしたのが、去年申し込んだグループホームさん。

9人待ちだったのが、何人待ちになったか聞いてみたら

9人待ちのままだった。

 

どこのグループホームも満室。

まだまだ道のりは遠い。

父の悪化スピードが速いだけに、

今後、私より下弟のほうがより一層大変になるのではなかろうかと

戦々恐々としている。

 

それだけは避けたい。

 

 

歳と共に、急にガタガタになるとは

ほんの数年前まで全く想像してなかった。

 

去年の秋の終わりごろ、

右ひじの内側がしくしく痛いなぁ。と、思っていたら

1か月ほどで外側が痛みだし、

そのまた1か月後には上腕部外側が痛みだし。

 

そのうち、マグカップ持っただけでも

まな板持っただけでも、時折、上腕部全体に激痛が走ることがあり、

なんだこれ?と思っていたら・・。

 

最近は夜中も1~2時間おきに痛みで目が覚める。

こりゃあかんわ。と思い、整形外科に行ったら

典型的な50肩だと言われた。

 

50肩。

聞いたことはあったけれど、そんなに痛いものやろか?

ジンジンするくらいなんかな?くらいに思っていたから、

痛みにびっくり。

 

レントゲンでは骨に異常はなく、

エコーで見たら炎症を起こしてるのが見えて

「注射にしますか?飲み薬にしますか?」

と聞かれ、

「注射はヒアルロン酸ですか?」

って聞いてみたら

「違います。ステロイド剤です。今回飲み薬だけで様子を見ても良いですよ」

って言われたので、飲み薬で2週間様子を見ることになりました。

 

更年期と言い、通る道なのやな。と、思いながら、

すっかり後半戦に突入やと認識しました。

朝御飯時の傾眠(うとうと)は80%以上の確率。

ご飯粒こぼすくらいなら可愛い。

 

ご飯茶碗落とす

味噌汁着替えたばかりの服にぶちまける

コップのお茶をこぼす

テーブル天板の模様を箸でつかもうとする

口をふいたティッシュを食べようとする

椅子から転げ落ちる

 

食事中は全く目を離せなくなった。

起きててくれれば、ポータブルトイレのバケツを掃除したり

他の作業が出来るけれど、

ずっとじっと見ていなければならない。

 

そして今まではうとうとしだすと、

声をかけたり、少し肩をトントンと叩いてみたり。

 

しかし怒るのよ。

 うるさいな!!

 起きてるわ!!

 なんべんも同じこと言わんでいい!!

 

言いたくないわ。私かって。

他の用事したいわ。

そのあと自分の仕事もあるのに。

 

と、いっそのこと放っておいたらどうなるんかな?と

試してみた。

 

そしたら5~10分くらい、うとうとして、

少し目が覚めて、自力で食べ始められる。

 

この状態がいつまで続くかわからないけど、

とりあえず、うとうとしだしたら、椅子に座ったまま寝かせることにした。

 

声をかけ、肩をとんとんしていた時より、

思った以上に早く食事が済む。

と、いっても30分以上かかるが。

 

昼間もテレビを見ながら、今までは肘置き無しのパソコンチェアに座り

しょっちゅう寝ぼけて落ちてたらしく、あちこち青あざが出来ていたので、

ダイニング用とテレビ用に椅子を購入。

 

 

すっかりこけなく、落ちなくなった。

めでたしめでたし。

 

と、これがいつまでキープ出来るのやら。

 

 

 

父のショートステイの持ち物は全て記名の上、

持ち物一覧リストを毎回提出することになっている。

 

色や柄も記入するので、チェックだのストライプだのと

その都度書くのは、そこそこの時間がかかる。

それも各種3組ずつとなると量も多い。

 

そこで、制服化してみた。

 

まず一番名前が書きにくいのはタグの無い靴下。

なので、これを薄い灰色にし、足裏面に記名。

 

少しは色のコントラストをつけたほうが、メリハリがついて見える?

と、ズボンは紺色に統一。

 

長袖シャツは、また灰色系で統一。

その上に着るフリースジャンパーも青色系で統一。

パジャマも上下紺。

 

肌着は白で、バスタオル・フェイスタオル類は父の好きな緑で。

そして着るもの・タオル全てを無地に。

 

と、これら一式全てをお泊りセットにしておくと、

毎回、引出しから選び出して、色柄を見ながらリストを書き込まず

記憶だけで書き込めるので、ぐんと時短になった。

 

 

 

昔は家族で一番服装に気を遣う父だったけれど、

今ではもう何を着ているのかすら分かってない。

申し訳ない気持ちもあるけれど、

時間に追われることも多いので許してほしい。

 

 

着替えに関しては、朝、パジャマから昼間の服に着替えるだけでも

軽く30分はかかるようになった。

「パジャマのズボンを脱ぐよ~」

と、私がズボンに手を添えると、立ったり座ったり、

棚の引出しを開けたり、台所に行ったり、

違うことばかりしだす。

 

パジャマのズボンを脱ぐよ。だけで10回は声掛けするだろうか。

それに靴下(寝るときも履きたがる)、パジャマ上・肌着・紙パンツ。

これだけで合計50回(笑) 

それもすぐに繰り返していうとイライラするから、

少し時間を置いて様子を見ながら。

 

そりゃ30分はかかるわね。

 

脱いだものも、すぐに父の視界から外さないと、

私がふと横を見た瞬間に脱いだものをまた着ようとし、

首から手が出てたり、ズボンの片方に両足を入れようとしたり、

数か月前には考えられなかったような、服の着替えの難しさが

新たに加わってきた。

 

汚れた紙パンツの中にも、すぐに手を入れようとするので

「あかん!!」と、手を払いのける私に

「何するねん!!」と、怒鳴る父。

 

自分の思ったようにさせない私にイライラしていることが多々。

 

なかなかね。難しいね。

本人はちゃんとしてるつもりやから。

先週木曜19時半。

父宅から帰宅後。なんだか気分が乗らない。

晩御飯を作る気力が今一つ。

 

30分後には主人が帰宅。

生協さん頼みの出来合いものと作ったものを出していく。

鯖の甘酢、冷ややっこ、舞茸の味噌汁、大根サラダに

漬物だったか・・。

 

冷ややっこまずい。味噌汁まずい。

悪寒がしだす。

食後のプリンだけが美味しかった。

 

21時。悪寒止まらない。

床暖に背中を当てて温めてみるも、ひとっつも温まらない。

お風呂で湯船に15分ほどがっつり浸かるもやっぱり温まらない。

汗はそれなりに出るのに背中ひやひや。

 

もしやと思い、室内干しの部屋に布団を敷いて自主隔離。

と22時半ごろから強烈な下痢。

 

スマホでググる。

コロナ。下痢からって場合もあると。

ひぃ。明日(金曜)から父、ショートステイの予定やのにどうする?

 

下弟にLINEを送る。

「体調が急に悪くなった。明日の朝5時に具合悪ければまた連絡する」

と。

 

結局、夜中じゅうトイレに通いまくりだった。

食べたものに具合が悪くなりそうなものは思いつかない。

買い物も最低限。いつもメモして最短時間。マスクは不織布。

 

父も悪くなってたらどうしよう。

 

夜中2時ごろ。体温がおかしいと思い、熱を測る。

37.5℃。

微熱から始まる場合もあるってあったよな。

 

5時。やっぱり熱下がらず。

下弟に電話をする。

 

たまたま金曜の仕事時間が短いらしく、土日も対応できるとのことで

父のことは見てもらえることになった。

何より、父には何も症状が出ていない。

 

良かった。

 

嘔吐が無いので、ノロではなさそう。

嗅覚障害や味覚障害も無い。

下痢は結局、朝8時回るまで10時間つづいた。

 

主人には出社せずに在宅で仕事をしてほしい旨を伝えると、

誰も来ないうちに仕事用のパソコンだけ自分の机に取りに行ってくる。

と、6時過ぎに自家用車で取りに出かけた。

 

その間に、私も自分の仕事の当日分のどうしてもの部分だけを手配し、

会社に連絡し、パソコンだけは枕元に持っていくので何かあれば

メールかスマホに連絡をお願いする。

 

そしてコロナかもと思ったら、

まずはかかりつけ病院へ連絡。とネットで調べた。

 

9時に電話をしようと思っていたら、

また8時半ごろから悪寒がひどくなる。

 

目が覚めたら9時20分は過ぎてたか・・。

2年前に肺炎で入院した病院に電話を入れたところ

府のコロナ相談センターに電話をしてくれ。と電話番号を言われる。

 

が、想定通り、つながらない。

と、30分ほどかけて、15回目くらいでつながった。

多分、ものすごくラッキーだったんじゃなかろうか。

 

かかりつけ病院からこちらの電話番号にかけてほしいと言われた。と話したところ、

担当者の人。

「そういう丸投げする病院もあるんですよね・・。

 こちらの府医師会から病院を紹介しますので、しばらく電話待ってください」

 

と、いうことで電話を待つこと15分。

医師会から電話があり、車で5分ほどの開業医さんを紹介してもらう。

下痢もおさまっているし、5分くらいなら運転も大丈夫。

 

開業医さんに電話して、午後の一般診療の無い時間帯に駐車場で受診することになった。

13時45分。小雨の降る中。駐車場に着くと、私より前に1台車が停まっている。

 

それと高校生くらいの女の子が外で立っている。

体調が悪いだろうに、寒い中、傘を差して立ってるのんつらいやろな・・。

といって、こちらの車に乗せるわけにもいかず。

 

看護師さんが問診票の記載をお願いに来られる。

まだ熱が37.5℃から引かない。

 

病院と駐車場の間の敷地に簡易テントがあり、透明シート付き防護壁の向こう側に

防護服の先生。

 

「喉は赤くないですね。下痢の風邪も多いですけど、下痢からのコロナもあるので

 PCRの検査しますね」

 

ここは唾液法で検査やった。

規定の量をためるのに結構時間がかかる。

結局、帰宅したら1時間後くらいやった。

 

そこから節々の痛みと微熱と全くの食欲がわかないうちに

あっという間に一日が過ぎた。

 

結果は24時間後。と、言われてた。

金曜13時ごろ開業医さんから電話。

 

「陰性です。ゆっくり寝て治してください」

とのこと。

 

良かった。

 

そして今はすっかり元気になっている。

下弟の報告によると、父は輪ゴムを口に入れて食べようとしていたり、

ティッシュを食べようとしたりもあったらしい。

 

私からそういうことがあると報告はしていたけれど、

自分の目で見るのは初めてやったから、かなり衝撃的やったみたい。

ますます目が離せなくなったと互いに実感。

 

とりあえず明日から通常に戻る。

無理だけはしないように気をつけないと。と、思った。

阪神淡路大震災から26年。

ついこの前のようにも思えるが、

もう四半世紀以上経ったとニュースで知る。

 

防災の準備品は、とにかく切れて困るものから優先順位をつけるようにしている。

一番は飲料水。

夫婦二人と父の分を合わせて3人分。

 

1日大人一人3リットルとあちこちに書かれているが、

ローリングストックで、最大量で2リットル6本入りを8箱ストックするようにしている。

それでもだいたい10日分。

 

生協さんだと玄関先まで持ってきてもらえるので、

ひじや腰が痛い私でも、比較的短い距離だけ運べば良いので助かる。

 

そして、以前、わんこのケージを載せていたキャスター付き台車が

100kgまで耐荷重あるので、これに載せはじめてから

先出し後入れがめちゃくちゃ楽になった。

 

 

レトルトカレーやカップ麺も、たまに食べながらローリングストックしている。

でもこれはコロナにかかることも想定して、もうちょっと在庫を増やしておかないと。

 

新聞は日々、新聞紙とチラシを分けて古紙回収用の袋に入れて、

前月分だけ新聞紙のみストックをしている。

 

断水で水洗トイレが流れなくなっても、新聞紙があれば、

水なしトイレが出来たり、寒い時は断熱材にもなるので、

最低限と思って残している。

 

あとは20年選手だったカセットコンロを先日処分したので、

これは準備しないと。

カセットコンロも寿命があるらしい。

ボンベの繋ぎ口のパッキンが劣化するらしい。

 

それと、父の薬は全て名称・容量・飲むタイミングを紙に控えたが、

主人のんの最新版がまだになっているので、これも準備しておかないと。

 

使い捨て容器もゼロなので、これもちょっと準備しておかないと。

もう一度、東京防災でリスト確認しよう。

 

あと、耐熱ポリ袋クッキングも試しておこう。

コロナのせいか、そうじゃなくてそもそもそうなるはずだったのか

父の症状は今年1年で一気に進んだ。

 

先日のクリスマスケーキはお皿をお箸で持ち上げようとしたり、

ケーキに敷いてある紙を食べようとした。

私は時折、父の妹になったり、妻になったり。

下弟はショートステイの施設の方とごちゃまぜになったり。

 

何より、火を扱うことがとにかく危なくなった。

そして目が離せなくなってきた。

ショートへお願いすることが増えそうです。

 

自分の仕事や家のことで面倒見切れない自分に歯がゆさもあるけれど、

少しほっとしたのは、下弟も預けることに対して賛成してくれたこと。

父には本当に申し訳ないけれど、私も私の。弟も弟の生活がある。

 

それを保持するのに、来年も他のプロの方々の手をお借りさせて頂こうと思う。

 

そんないっぱいいっぱいの日々を癒してくれるのは

夏にやってきた保護猫たち。

 

人馴れしていない白黒姫は、ケージの外側からなら、

ご機嫌さんのときには撫でさせてくれるようになった。

 

たまにリビングで人の足先の匂いを少しかぐのが精いっぱい。

すぐに離れていくが、一緒にやってきた虎柄おじいちゃん猫が大好き。

とにかく一緒に居たい。

 

隙さえあれば姫はおじいちゃんとこにくっつきに行く。

こっちに甘えてくれたら、いっぱいなでさせてあげるのになぁ。

と、主人と言いながら、そのうち近づいてくれるだろう。

と、その日を心待ちにしている。

 

何年かかるか分からないけれどね。

 

 

会話がままならないということは、

当然のことながら機械類の操作もかなり厳しい。

 

今のところ、あちこち押して、間違えながらも

電灯を消すことは出来る。

 

電話は固定電話から私の家にかけるのが、

もう最後となってしまった。

 

まぁ、うちの家の電話番号が簡単というのもあるし、

電話機に番号を貼りつけてあるというのもあるが、

大好きな下弟宅へすら、かけることが出来なくなってしまった。

 

と、いうことで携帯電話も2~3年前からON-OFFの意味が分からなくなり、

父から誰かへかけることはすでになくなっていた。

 

また、父へかけるとすれば、私か下弟だったが、

もう電話をかけるより、父宅に行ってしまうことがほとんどで

開いては待ち受け画面に表示される孫の画像を見て楽しむだけと

なってしまった。

 

そこで下弟と相談をし、携帯電話を解約することにした。

 

ドコモさんは、本人の意思確認が出来なければ、

代理人の身元確認の免許証類と、持ち主本人の身元確認書類、携帯電話の

この3つが揃っていれば、解約してくれる。

 

ただし、このコロナ禍なので、予約は必要。

数日前に電話で予約した。

 

当日、1時間弱で解約終了。

機械はそのままあったほうが良いだろうと下弟と相談し、持ち帰ってきた。

 

使ってなくても、古い携帯でも、そこそこの月額料金は発生する。

ひとつひとつ、今からでもやれることはやっておこう。