おべんと あらため なんとなく?備忘録 -4ページ目

おべんと あらため なんとなく?備忘録

過去記事は下の娘の高校時代のお弁当。
最近は思ったことつれづれと。

前々回の記事で、宅配弁当をお願いしていた生協さんが

日数が足りず、受け付けてもらえなくなったことを書いた。

 

その後、新しいところが見つかり、

高齢者用宅配弁当専門の会社さんで、

週1日でも大丈夫ですよ。と、言って下さり、

サイトを見ると、今後、もしかしたら必要になるかもしれない

細かく刻んである弁当だとか、とろみをつけてある弁当もあって、

一安心もふた安心もした。

 

そして、そもそも生協さんのお弁当をお願いするには、

生協さんの会員になる必要があり、

父の名前で登録をし、父が食べる味噌汁だとかヨーグルト等と一緒に

我が家のものも買っていた。

 

お金のことだけは、あとあと誰からも言われないように

毎週のお届け明細書に父のもの、我が家のもので

マーカーで色分けしつつ保存し、父の口座から自動引き落としがされるので

我が家の財布から買った分だけ、現金で父の財布に戻すことを続けていた。

 

が、メインのお弁当がなくなったので、

一旦、退会して、必要ならば、再度私名義で入りなおしたほうが、

これまたのちのちのことを考えたときに良いだろう。と、

生協さんのサイトから退会申し込みをした。

 

で、小さな字で発見。

入会するときの出資金の返金は

毎年12月20日までの受付を翌年3月21日に指定の口座に振り込みすると。

 

今日、申し込んだということは2022年3月ということね。

長いなぁ。5日違いで、こんなに長いんや。

 

さて、昨日はクリスマスイブということで、

父宅で一緒に昼食。

それっぽく、サンドイッチとささみのナゲットとショートケーキ。

 

 

食べてる最中も、また傾眠が始まって、

お箸でお皿をつかもうとしたり、

ケーキの下に敷いてある紙を食べようとしたり。

「起きて~!」というと、

「起きてる!!」と、怒られるんやけど、

まぁ、それでも、

「ケーキ。美味しい」

と、言ってもらえただけ、正気に戻っていてくれて嬉しかった。

 

急激に会話が成立しないと同時に、

物の判別がどんどんつかなくなってきた。

 

今朝、コップに温かい飲み物を入れてテーブルに置いていたところ、

青と緑の蛍光ペンを突っ込もうとする。

「あかんあかん!!それは書くものや!!

 スプーンとちゃう!!」

と、言うと、

「違う!これはトイレで使うもんや!!」

 

自分なりに考えて正しいと思ってるんやろうけれど、

どんどん内容がおかしくなっていく。

 

これは目を離したすきに、そのうち何を口に入れるか分からない。

というか、数時間ですら目を離すのが怖い。

 

認知症の一つに異食という症状もあり、

本人はおなかがすいて、食べ物を食べている感覚らしいが、

まずは満腹中枢が壊れ、判別がつかなくなるので、食後すぐでも

ティッシュを食べたり(ふわふわしたお菓子と勘違いしてる?)

ペットボトルのキャップを食べたり(丸いから饅頭と勘違いしてる?)

というようなこともあるらしい。

 

下弟と相談をし、入居がいつになるかは分からないが、

もう何か所か、グループホームに申し込んでみることで一致した。

 

ケアマネさんも、いろいろと動いてくださるとのこと。

 

一昨日書いたもの。

 

昔はきちっとした分かりやすい字を書いていたのに

もう何が書いてあるかも分からない。

本人は書いた記憶すらない。

 

えらく北にこだわってる様子。

何があるんやろ。

いかだには乗ったことはないはずやけど。

 

先日、月に一度のケアマネさんの訪問日があり、

もう会話が全然成立しないことに、

「(認知症が)ものすごく進まれましたね・・」と。

 

9割がた、何を言っているのか分からない。

とりあえず「ふんふん」と言うようにしているが、

お漬物を見ては

「これ洗い流すんやろ?」

「ちゃうで。冷蔵庫に片づけるんやで?」

「なんでそんなことするねん!!」(怒)

などという会話にならない会話の果てに何故か私が怒られるというね。

 

言動と同じく、行動も先日のボヤのように、

何をしだすか分からない。

食器棚からいつ食べたか分からない林檎のカスがいきなり出てきたり。

毎日、食器を片付けているから、きっと別の場所に置いてあったんやろう。

 

カトラリーの引出しからは鉛筆が出てき、

押し入れには弟のどちらかが小学校でもらった

少年野球のトロフィーが飾られており、

 

紙パンツon紙パンツだったり、

もう本当に何がなんやら。

 

加えて多分更年期障害と思われる

動悸やめまいや頭の締め付け感や。

 

その状態のところに、泊まってくれている下弟の仕事の出発時間が早まり

ここんところ、連日、朝5時出発。

私も5時起きではあるけれど、主人を駅まで送っていって、

最速で父宅へ着くのが6時10分。

 

父、その時間帯は、寝ぼけながら

うまくいけばポータブルトイレで、ダメなら床も服も全部濡らしてしまう状態。

成功率4割ってとこかな・・。

 

冷えて風邪をひかさないように着替えさせようとしても、

本人乗り気になれないのか、「寒い寒い」を連呼しながら、

家の中を徘徊。

 

「だから、寒いんやろ? 着替え、温めてあるから、はよ着替えようや」

と、言っても、

「いやちゃうねん」

 

何がちゃうねん。

もう本当に訳が分からん。

 

下弟も早朝から夜遅くまでの仕事に加えての

父宅の泊まりで、互いに負担も増えてきて、

相談をして、週末のショートステイをもう1日延ばすことが可能か

ケアマネさんに相談してみた。

 

あっという間に調整してくださって、来月からなんとかなるとのこと。

ほんまに仕事早いし、こちらのしんどさもよくわかってくれるし、

若い男の子やけど、本当にしっかりしてて、頼りにしてる。

 

と、ここにきて、ひとつ落とし穴。

夕飯をお願いしていた生協さん。

週3日は数が少ないので注文をお受けできません。とのこと。

ワタミさんは週5日でないとだめって言われたので、

早々に辞めたんやけど、生協さんまであかんか・・。

 

新しいところを探さないと。

 

 

昨日はショートステイから帰ってきて、いきなり

「壊れた!」と叫ぶ父。

 

「何が?」と聞くと、

「あの丸い。あの冷たい」

指の差す方を見ると、ガスコンロ。

 

元栓閉めたままスイッチを押して火がつかないというね。

そりゃつかないわ。

 

「元栓閉めてるからつかないねん」

と、元栓を開けた。

 

荷物に入っていた洗濯物を出して洗おうとすると、

台所からピー!!!という警告音。

 

なんやなんやと思うと、やかん空焚きしてた。

おおおお。怖い怖い。

本人全然わかっておらず・・。

 

そして晩御飯を食べさせ、飲み薬に塗り薬にパジャマの着替えと

いつものルーティンを終え、帰宅した1時間半後。

 

下弟からめずらしく電話。

 

「仕事が遅くなって今来たら、ガスコンロにコップをかけてたみたいで

中が焦げて、部屋中煙が漂ってるねん。

すぐにガスコンロ外すわ」

 

さーっと冷や汗が出てくる。

 

そして今朝、下弟の仕事に出かける前に行って確認すると

真っ白のマグカップが、中は粉末の紅茶が焦げあがって

ガビガビに。

外もすす汚れて、どうにもならず。

 

 

よくぞ火事にならなかったもんや。

 

で、撤去したあとの40年の汚れは、いろいろと手を尽くしても

なかなか綺麗にならず。

家にあった100均の食器シートと養生テープでとりあえずカバー。

今後は電気ケトルと一口用IHを使ってやっていきます。

 

ああ、本当に良かった。

一生懸命、綺麗にしたガスコンロ跡を見て

「これ、昨日から僕が一生懸命綺麗にしてん」

と父。

 

いや私ですがな。掃除したのんww

 

そしてさっきまた気持ち悪いことが。

晩御飯食べたいと電話がかかってきたので、

「もうちょっと待ってな。生協さんのお弁当の準備しに行くし」

と、言うと

「もう食べた」

「え~。晩御飯のおかずだけ先に食べてしもたん?」

「食べたような気がする」

「ちょっと様子見に行くわ」

 

と、見に行くと、まだ食べてはいなかった。

食べてはいなかったが、テーブルの上に見たことないおかずが一品。

ピーマンとお肉を何か辛いものっぽいもので炒めた?っぽいもの。

でもピーマンはヘタがついたまま。

 

「誰か来はった?」

「誰も来てない」

「来てないのにお皿におかずが乗ってるの?」

「知らない間に誰か来たんやろか?僕は全然知らん」

 

いつもお隣さんからいろいろ頂くので聞いてみるも

「ううん。何も持って行ってないよ」

 

誰か分からず。

 

鍵を閉めることも分かってないので、

防犯のしようも無い。

お願い、せめて名前だけでもメモで置いておくとかして。

それも父が好まない物なので、どうしたものかと。

 

ここから追記

 

いやもう自爆です。

下弟にも画像を送り、

下弟も私と同じく、

ピーマンとお肉をくたくたになるまで焼いたもの。と

思っていたのですが、夕方行って、実際に匂って分かった。

 

多分、先週食べたであろう、リンゴの皮と種のついた軸周り。

食器棚以外のどこかに入れていたのを、引っ張り出してきたっぽい。

 

こんな色になるんや。

いえもう画像はさすがに自主規制しますけれど。

 

次回からはまず匂ぎます。

お騒がせいたしました。

 

先日、ガス屋さんが「期限が来た」ということで、

新しいガス警報器に交換に来られた。

5分ほどで取り換え終了。

 

そして今日、取り換え終了の案内葉書が届き、

今後5年間の月ごとのリース金額が記載されていた。

そうそう、毎月の使用量の紙にもリース金額載ってたなぁ。

 

と、ちなみに5年×12か月×月額でいくらになるんや?

と、計算してみたら、結構なお値段。

 

ダメ元でガス会社に電話をしてみて、

「これってリースしか選択肢無いんでしょうか?」

と、聞いてみたら、買取もあるという。

そして差額が7000円以上。

 

大きい。5年であっても7000円は大きいよ。

 

今からでも購入に切り替えられるか聞いたら

出来るとのこと。

 

すぐに買取変更でお願いしました。

 

この夏には、携帯のキャリアも格安スマホに。

そもそも夫婦ともども月に1GBも使わないので

全く問題なし。

 

月額が4分の1くらいに落ちました。

 

これからますます経済もどうなるか分からないし、

仕事だってどうなるか誰も分からない。

出来ることから、どんどん変えていかないとね。

 

長年、私が行ってみたい場所があった。

ひとつは京都北部、京丹後市の小天橋(しょうてんきょう)

天橋立はとても有名だけれど、同じように久美浜湾が内海になっているところ。

 

7月のはじめ、少しコロナが落ち着いていた頃に車で行ってきた。

 

 

内陸側から見ると、天橋立のよう。

松並木が続く。

 

 

 

砂浜もこのご時世。誰一人いない。

 

誰もいなくてもマスクを外す勇気がない。

大変な時代になったものや。

 

そこから南下していく。

 

明治40年生まれの父方祖父から生前聞いた丹後地震。

本当は北丹後地震と言うらしい。

昭和2年にこのあたりを襲った大きな地震。

 

祖父は長男だったけれど、弟妹?たちを地震で失って

兄妹では私の大叔母である一番下の妹さんと二人だけ生き残った。

と、聞かされたことがある。

 

その地震跡の石柱が網野町あった。

画像真ん中あたりの奥にある30cmほどの石柱と

手前の1m強の石柱がずれた幅らしい。

 

そして次に行きたかったのが、父が75年前疎開していた

同じく京丹後市の峰山小学校。

 

昭和4年に建てたらしいので、多分、当時のままの姿だと思うけれど、

父から「全く記憶に無い」と、言われる。

 

が、ここには載せていないけれど、学校裏の道や、学校前の下り坂は

「覚えてる!!」と。

 

すごいね。ショートステイから帰ってきたら、「明日は元旦やんな?」

と普通に言うのに、そういう道の形状とかは覚えていた。

 

そして近所のお寺さんも覚えていた。

 

 

ちょうど、疎開していたこの時、グラマンから機銃掃射を受けて、

10cmくらいの厚さの石の溝蓋がかぶせてある水路に友達と逃げ込んだのも

この近くらしいけれど、それはどこか分からず。

 

小学校横に時計屋さんがあって、そこに疎開していた。

と、言っていたので、通りがかった年配の方に聞いてみたら、

昔から小学校の近くに時計屋はありませんよ。

と、言われて、うーん。ここは記憶があいまいやったか。と。

 

そして、峰山から天橋立がある宮津に向かう途中の

大宮町にも、戦時中、予科練の飛行訓練のための飛行場があった。

と、聞いていたのだけれど、その滑走路なのかな?

滑走路と平行した道路だったのかな?

2kmほどまっすぐに伸びた道路。

 

 

格納庫が一つだけ残っていると、ネットで見かけていたのだけれど、

あった。

まだ残っていた。

 

トタンも張り替えられていたけれど、戦時中と形はそのまま。

すごいね。残ってるんや。

 

そして父方祖母に小学校低学年の頃、

この京丹後の峰山・網野・久美浜あたりに親戚がいたのだと思う。

私一人を連れてきてもらった記憶があるのやけれど、

丹後ちりめんの機織りの音があちこちで聞こえていたんよね。

 

泊まったおうちの人から、お土産に繭を頂いて「ちゃんと熱湯に通してな」

って、言われたのに、めんどくさくてそのままにしていたら、

後日、蛾が生まれて、気持ち悪くて半泣きになった思い出がある(笑)

 

で、調べてみたら、この格納庫がある大宮の隣の岩滝町に

丹後ちりめん歴史館があると・・。

少し寄ってみました。

織機や織り方のパターン原稿がちょこちょこっとおいてある。

販売コーナーもあると調べていたので、

エコバッグ替わりになる風呂敷も探しに来たけど、

ちょっと品ぞろえは少なかったかな。

 

ちりめんのマスクもと思ったやけど、

洗えない。って書いてあって諦めました。

残念。

 

ずっと父はクラシックが好きだったけれど、

それはここに疎開をしていたとき、

しゃべったら、イントネーションが違う。

と、いじめられて、とてもしんどかった。

 

そんな頃、一番の癒しだったのは、

NHKラジオ第2放送から流れてくるクラシックだったそう。

世の中にはこんな美しい音楽があるんや。

と、小学生ながらに思ったそう。

 

学生時代は一度は音大も目指したらしいけど、

「思ったほど上手にならんかったわ」

とも言っていた。

 

祖父母から

「長男は教員か役所勤めしかあかん」

と、言われて、1回だけ音大を受験したけど落ちたし諦めた。

とも話していたし、

祖父母の希望通り、役所勤めも頑張ったけれど、

50歳過ぎた頃から、この数年前まで、

ボランティアであちこちの老人の集まりで

童謡や昭和歌謡のピアノ伴奏を続けられたのは、

父にとって、一番の癒しの時間だったように思う。

 

今もたまにピアノを弾くこともあるみたいやけれど、

めっきりと減った。

楽譜が分からなくなった。

歌詞を見てもメロディが分からなくなった。

と、言っていた。

 

ま、それでもまたちょっと声をかけてみよう。

そんなこんなの父の昔話をめぐる旅でした。

前々回のブログに書いたけど、

忙しいながら少し肩の荷が下りて、

主人に何度もお願いされていたことに、ようやく決心がついて動いた。

 

 

準備物の一つがこれ。

買うと高いが、作るとハンガー代の110円のみ。

針金ハンガーがおうちにあればただやね。

 

 

肝はTシャツ。

 

涼しげなエアリズム。

主人のかおりwww

 

 

 

 

 

はい。

お迎えしました。

保護猫。

 

それも2匹。

 

 

撫でさせてくれるけれど、全く人馴れしてない2歳半~3歳の女の子

 

 

 

びっくりするくらい昔っからうちにいた?というくらい

人馴れしている10歳半くらいのおじいちゃん。

 

作っていたのは女の子用の猫ドームでした。

 

やってきた日はトイレから微動だにせず。

一晩明けたら

 

 

ドームに入ってた。

 

一日でも早く、家族と認めてねww

そして、これから長いお付き合いになります。

お猫様たち、どうぞよろしくお願いします。

 

 

かれこれ25年以上前に買った、お揃いの琺瑯の砂糖入れと塩入れ。

塩入れも以前から、内側に少し削れがあったけど、気にせず使ってた。

 

で、先日、砂糖入れのほうを洗って、カゴに移そうとしたとき手を滑らせて

床にがっしゃーん。

 

内側も外側も同じところが削れてしまった。

 

直す方法は無いかと調べてみたら、一液と二液を混ぜ合わせると

修復できるキットがあるらしい。

 

すぐに近所のホームセンターに電話をしてみて在庫を聞くとあるという。

 

が、店員さんから

「外側ならいいんですけどね。

 内側の人間が口にするようなものを入れる場所は補修もダメだそうです。

 内側が削れて金属が見えてるのも、あまり良くないようです」

 

が~ん。仕方ない。

じゃ、それに代わるもの。

 

ネットで探してみたけど、いまいちピンと来ない。

と、そうやった。前に100均で買った大き目の保存瓶が2つあった。

 

と、いうことで、砂糖も塩も保存瓶に移動し、琺瑯さんお役目終了。

 

お気に入りやったけどね。仕方ないね。

長い間お世話になりました。

どんどん進んでいく父の症状。

 

平日だけでなく土日祝も朝から晩まで1日3回~4回行く生活。

 

着替えだ、食事の準備だ、片付けだ。洗濯に掃除にとやりつつ。

朝行くと、夜中の間に便失禁だ。ああ、布団も床も汚れている。

あちこちにモノや服が移動して私も訳が分からなくなりつつ。

朝起きた後は傾眠で、食事にべらぼうに時間がかかり、

食事をこぼし・・。

そうかと言えば、夜中や夜明けに「今から晩御飯食べにいこうか!」

と、電話が入ることもあり。

 

私のほうが意図せず体のあちこちにおかしな症状が出てきて、

「もう一人でやるのは無理かもしれない」

と、春先にケアマネさんに相談したところ

「どうしてもの予定が無くても、ちょっとショート増やしたらどうでしょう?」

と、申し出を受ける。

 

父だけでなく、自分の仕事も自分の家のこともで、

身体だけでなく時間的にも本当にしんどかったので、

お言葉に甘えて5月からショートの日数を増やすお願いをした。

 

そして、空きがいつになるかは分からないけれど、

グループホームの申し込みもした。

 

その上で、

「もう一人で面倒見切れないから施設を考えます」

と、弟たちにLINEしたところ

上の弟は想定通り

「管理出来ないんやったら、勝手に預けたらええやんけ」

まぁそう言うやろね。

2019年元旦以来、父に会いにも電話も入れてないもんな。

ってか、管理って何?不愉快極まりない。

 

下の弟は

「俺が親父の面倒見る」

と、5月に10日ほど、下弟宅に父を連れて帰ったが、

結局、昼間弟は仕事だし、いない間の身の回りの世話が

家人の方では手を抜かれるというね。

で、父は自宅へ戻りました。

 

でも6月からショート以外の夜は、

下弟が父宅に泊まってくれるようになった。

 

かなりかなり精神的に楽になった。

父も随分落ち着いた。

何より夜中に電話がかかってこないことが一番ありがたい。

 

相変わらず、夜中、弟が父宅で寝ている間に、

多少、衣類等があちこちに移動していることはあるけれど、

本当に気が楽になった。

 

そして下弟に

「ありがとうな。ほんまに夜泊まってくれて助かってる」

と言うと

「いやいや、俺は寝てるだけやし、世話は全部お姉ちゃんがやってくれてるし」

とのこと。

 

随分救われた気がした。

 

そして父の現状もかなり分かってきた様子。

何年後かにグループホームの空きが出たときは

多分下弟も入所に反対はしないだろうと思う。

 

週の半分以上、父宅に泊まることによって、

下弟家族は夫であり父である下弟と過ごすことも出来ない。

 

とりあえず今は弟が朝、仕事に出る時間にタッチ交代で行くので、

早ければ6時。遅くても7時には父宅へ行く生活。

それまでに前日に持ち帰って干した父の洗濯物を畳んでおいたりの

準備がいるので朝は忙しいけれど、全然問題無い。

 

今までは朝8時に行っても、父は夜中うろうろと起きている分、

まだ寝ていることも多く、

私の仕事が9時からなのに、間に合わなくてイライラして

早く早くと急かせていたのが、落ち着いて対応できるので

本当にありがたい。

 

といっても、やっぱり日中の世話は一筋縄ではいかない。

言い回しは饒舌に話すが、話の内容が全く分からなくなってきた。

 

食べても食べても、ゲップしながら、

「まだ何も食べてない」

と、さらっと言う。

なので、食べ終わった食器と一緒にお箸も流しに運ぼうとすると

「今からご飯やから、お箸持っていかんといて!」

と、怒る。

 

父は下弟が見守りのために泊まりに来てくれていることも

何度説明しても、毎日同じ話をしても分からず

20年以上前の状態に戻って、朝仕事に行くと言っても、

「今から大学に行くんやろ?」

と、毎朝話している。

 

話しを正したところで、覚えていられる訳もないし、

「そうやそうや。大学や」

と、言ったところで、何か問題が起こるわけでもないのに、

私のほうが余裕が無いのか、やっぱりいちいち

「ちゃうで。仕事やで」

と、正そうとする場面が多い。

 

まだまだ修行が足りない。

でも気持ちは本当に楽になった。

 

3月後半かな。
気管支が細くなったような感じで、息を吸い込むのに
なかなか空気が取り込めない感じが始まった。

 

そしてふとした瞬間に続く咳。

息を吸うときだったり、吐くときだったり。

痰はほとんど絡まない。

 

朝に昼に夜中に。

時間関係なく、突然出る空咳。

そして呼吸のしにくさ。

もしかして、コロナかな。
いや、今は困る。
父の面倒誰が見る?

もしもそうだったら濃厚接触者としてショートステイも無理。

月末過ぎたら、仕事は1年で一番忙しい決算資料を作る時期。
これを作れなかったら税理士さんが本当に困らはる。

と、思いつつ、熱が出る訳でもなく、食欲が落ちる訳でもなく、

味覚障害が起こるわけでもなく。

大仕事は無事終わって、いつものルーチンに。

 

しばらく市販の液体の咳止め飲んでたけど、

ドラッグストアに勤める従姉から

「きついからやめといたほうがいい」

ということで、まだ体に優しい漢方に切り替える。

 

が、5月になっても変化なし。

 

なので、月初めに以前行っていた内科へ。
「肺の音も綺麗だし、全く問題ありませんね。

 気管支広げる薬出します。息苦しさや咳がなくなったら途中で止めてね」

と、飲みだしたが、全く変化なし。

 

内科は内科でも、呼吸器内科の先生にちゃんと見てもらおうと

セカンドオピニオンよろしく、今日は別の先生にかかった。

 

が、やっぱり

「気管支も肺も全然問題ない。喉も綺麗。

 喘息の薬出してみるけど、合うかどうか1週間様子見て、また来て。

 ところで、何か環境の変化とか、精神的にしんどいことある?」

 

あ・・・。

気管支やから何か吸い込んだとかかと思ってたけど。

もしかして父の介護やったりするのか?

 

あとは3月に入ってから、主人もリモートワークが始まったが、

うちは子供たちも社会人で子育ても終わってるし、

主人は別の部屋で、あちらはあちらで猛烈な仕事っぷりやし。

むしろ尊敬しなおしたくらいの仕事っぷりやし。

 

昼ご飯も冷凍炒飯とか、ささっと自分で炒めて私の分も作ってくれる時もあるし。

そこがストレスと感じたことは、あんまり無いけど。ないはず。


まぁ。少し空いた時間に録画してたのんを観ようかなぁ。と、思っても、

向こうが仕事中やと、イヤホンで音を出さないでいても気が引けたり・・。

 

そういった環境の変化もあるんかな?

 

とにかく原因不明で、どっこも音は悪くないのに、

主人いわく「めっちゃしんどそう」

人にうつす病気じゃなさそうなだけ幸い。