あなたには聞こえるだろうか?


あの得も言われぬ美しい鼓笛隊の音楽の音色が?




「ドーン、ドーン、どんどんどん!ドーン、ドーン、どんどんどん!ちゃから、ちゃから、ちゃから、ちゃ、ちゃ!ちゃから、ちゃから、ちゃから、ちゃ、ちゃ!ドーン、ドーン、どんどんどん!ちゃから、ちゃから、ちゃから、ちゃ、ちゃ!!」


また行進の足音が聞こえてくる。

彼らは誰だろう?

そうだ、彼らこそ、この星『ガイア地球』を『地上天国』に変える『神軍大天使』の15人!!

神の愛弟子!

武器を持たない「影武者」たち!

彼らこそ!人類大救世主大塚寛一先生の愛弟子!

彼らは、大塚寛一先生が鎮座される東京奥多摩の聖地万寿山の降臨閣に向け、行進を開始した。

ついに始まる!

「神の国の扉」が開く!

さあ、皆さんも、あの「行進の輪」に一緒に加わろうではないですか!

「神の国」がいよいよ始まるのでございます!

神軍リクルーター
ロニサランガヤ




Can you hear that? What is the tone of the music of the beautiful corps that is unspeakable? You can also hear the footsteps of the march, waving their hands wide and raising their feet, one by one, step by step! 

Who are they?

 Yes!they are the very angels of the Divine troop who turn this world into heaven on earth. 

15 Loved Disciples by GOD! Shadow warriors without weapons. They are the true disciples of the real God, Master. Kanichi Otsuka!

They just have started marching toward the Sacred Divine Castle of Mt. Manju located in the west part of Tokyo, Japan, the Divine Country! where Master Kanichi Otsuka is awaiting their arrival. 

It finally begins! The door of the kingdom of God opens! 
Come on, let's all join that march together! 

The kingdom of God is finally starting!

Divine Angels recruiter
 Roni Sarangaya
   


 


 




 

 

 

 

 

  

 



 

 



 

 


 

 



 

 



 

 


 

みなさん、おはようございます。今朝の人類の大救世主:現人神大塚寛一先生のみ教えのロニ如是我聞は下記でございます。「心の眼」で拝読されてくださいませ。大塚先生は1891年神国日本の四国阿波(あわ)にご降臨され、1972年に「神の座」にお戻りになられましたが、皆さまの心が神界に佇立される大塚寛一先生に通じますれば、素晴らしい幸福がもたらされると確信しております。下記は如是我聞ですが、大塚先生の教えの多くの原文は国会図書館へいきますと「鶏鳴新聞」(1984-1993)「神霊時報」(1984-2014)という2つの新聞で過去数十年の多くの教え原文を閲覧することができますことも申し添えさせていただきます。

神軍リクルーターロニサランガヤ


ときめきが続く、お花の定期便bloomee(ブルーミー)

 


■国民の覚醒を促す!物質科学による指導原理は全面にわたって矛盾を生ずる


最近、新聞・雑誌・ラジオ・テレビ等で、ガンの恐ろしいことを絶えず一般に伝えているため、大衆はガン・ノイローゼにかかりつつ戦戦兢兢としている。

ガンの手術には根本的な誤りがある。しかし惜しいことに、まだガンの原因が発見されていない。そして治す方法がない。結局現在のところ、悪いところを切って捨てるより術がなく、しかも切除して必ず治るとは決まっていない。ひどいのになると二度、三度と手術し、さらに高見順という人などは、莫大な金をかけて四回も手術して、亡くなってしまった。そして恐ろしいことには、この現代医学で不治の病と言われるガンは日増しに急増している。最近、ある町会で自主的に集団検診をやったところ、百人中ガンになる恐れの注意人物が十数人出ている。このように、全部の人が危険な立場に置かれているとすると大変な問題になる。現在この病を治そうとして手術する。そして、肝心の必要な内臓を惜しげもなく切りとってしまう。甚だしい場合には、胃袋をとって食道と腸を直結してしまう。また大腸等がガンでふさがってしまうと、横腹に穴をあけて腸をつなぎ、そして排便は横腹から定期的でなく不自然に出通しに行なっている。

■流行の外科手術も方法と手腕が問題

あるいは池田前総理のように咽喉ガン等になると、手術後には咽喉としての機能を失ってしまう。そのために、鳩尾(みぞおち)に穴をあけて、食べ物を噛んで流し込まなければならない惨状である。もし、手術がうまくいったとしても、その後は、割れた陶器類を抱えているように非常に不安定で、いつ再発して死ぬか分からない。全く生きた屍(しかばね)同様である。しかも、その手術をするのには莫大な金がかかる。手術も非常手段としては肯(うなず)けるが、洋服の仕立職人にしても、あるいは料理屋の板前にしても、綺麗に仕立てができ、万人の口に賞美されるだけの一人前の名人になるには、相当の年数をかけて訓練と経験を積まなければならないということを、手術に関しても考慮する必要があるだろう。仮にドイツか英国か、あるいは米国かで、名医が治療法をいろいろ研究して、その結果成功したとする。すると現在では、もう交通通信機関が発達しているから、その治療法がいいとなると、全世界の医学界に忽ち広まっていく。しかし、たとえその治療方法を用いるにしても、洋服の仕立ての名人や一流板前と同様に、十分の経験を積み、そして確信のある者が、それをとり上げてはじめて、いくらか安心もでき、また成功するかもしれない。また仮に、その治療方法によりガンが治ったと発表して、その時は成功したように見えても、ある程度の日数が経ってみなければ本当に確実とは言えない。と言うのも、この前にも人工心臓を入れていったん成功したように新聞に報道されたが、間なしに亡くなってしまった。故に、もしその成功した方法を採用したとしても、その手術に相当な経験と手腕と自信のある人によってのみはじめてそれがなし得られる。それからまた、非常に精力の旺盛な抵抗力の強い人にそれをほどこし成功したから、誰にでも同じ結果が得られるかというと、その点も疑問である。

■貴重な生命をまかす前に医者を選べ!

だから、どちらにしても、医者から診察治療を受ける場合には、その医者を先に診察して、そして信頼のできる人に治療を受けることが先決問題である。であるから、手術する時どういう方法にすればいいか、まず医者に聞いてみて、完全に責任を持って治してくれると言い得られる自信のある医者にかかることが必要であり、それが安全な方法と言える。自信が持てない、さらに、甚だしいのは、開いてみなければ分からないというような頼りない医師にかかることは、考えるのも恐ろしい。人間の大切な命は二つないのである。請け合うこともできず、自信もない医師に軽々しくかかって、そして開いてみたらもう手遅れと言われ、胃袋を取り、あるいは子宮を取ってしまったでは、後の祭りでどうにもならない。それならいっそ、手術をせずに天寿を待つ方がはるかにましである。しかし、そのような放任主義でなくとも、幸いここに、「最善最上の道」を神が残してくれてある。


■病を治すには原因を看破し善処せよ!

そもそも、万病いかなる病でも、生来のものでなく生まれて後の病は、何か「神の道・自然の法則」に反した結果生理機能に障害を起こし、そして健康を損なっているのである。故にその不自然な状態を正しい自然の法則にかなった正常な状態に引き戻していけば、神の偉大な力が流入して万病がたちどころに癒される。その妨げをしているのは何が多いかというと、先祖代々からの悪因縁である。人類が発生して今日まで、いろいろの良い因縁を残してはいるが、その反面にまた悪い因縁を積み重ねてきている。その悪因縁のためにものの判断を誤って、そして正しい軌道から外れて進んでいくとき、事故災難ともなり、悪質の業病にもかかる。そして苦しみ抜いてこの世を終わっていくことになる。その「過去の悪因縁」を断つことは、人間の力でどれほど努力しても不可能である。その努力をしていること自体が狂っている。それは、過去の悪因縁によって心の鏡に曇りや歪みを生じ、ものの正しい判断ができないためである。その狂った心眼でものを判断していくときは、旅先で方角を間違えた人のように、東へ向かって行こうとしているのに北や南へ行ってしまう如く、とんでもない方向に進んでしまうことになる。すなわち恐ろしい罠にかかって、ガンにもなり結核にもなり、災難にも遭って、そして再起不能の結果に陥ってしまう。その迷い苦しんでいる様相が、そのままこの世の地獄となる。


■迷いから覚めれば地獄が極楽となる

ものはどんな良いところにいても、迷い誤り用いたら、たちどころに災いとなる。悪因縁によって、自分の心に狂いを生じてきた場合には、全部のものが正しく映らない。一つ間違えれば、どれほど重宝なものでもみな災いと変わる。ものに固定した善悪はないが、その運用の如何によって善悪が生ずる。それほど日々のことは重大な岐路に立っていると言える。それを正しく見極めて、善処する時には、現代の迷える人類が最悪の地獄のような状態から一変して、この地球上が即極楽になり、天国の境涯となる。なぜならば、この地球は天体のどの星よりも結構で、住みよい星だからである。ところが、正しい道を自力によって看破するということは殆ど不可能である。が、「非常手段」として神の配剤によって出現している、本当の神の力を体得した偉大な指導者の指揮のもとに、疑わずしてついていく時には、その軌道に従い、太陽に照らされた霜や氷が融けるように、過去の悪因縁罪障がたちどころに消滅して本然のきれいな姿となって、そしてあらゆる矛盾が解消し、この世そのままが極楽となる。


■神の声に目覚めれば何人(なんびと)も救われる

キリストや釈迦はその理想の世界をはるか天の彼方に見て、キリストは東方の天国の理想郷に父なる神を認め、釈迦は西方の浄土に阿弥陀如来を認めて、それに近よらんとした。そして霊格の高い指導者は近よらしめる道を説いて、長い間努力してきたが、時来たって今は、その信仰の目標としておった神が地上に到達して、皆が直接接することのできる好機が展開したのである。それにふれていく時には、何人(なんびと)も労せずして救われる。太陽の光に照らされて植物が生育伸長するように、智者も愚者も、年寄りも幼児も、平等に救われる時代が展開しつつある。それが神霊教である。そこに入れば、今までガンで命を落としたり、神経衰弱になったりして恐ろしい思いをし、あるいはまた生体解剖同様の悪い結果に陥らんとしている人々が、皆救われる。そして世の中には、このような憐れな人がどれほど多いか分からない。そういう人に早く神霊教を知らしめて、この偉大なる神の御光のもとに連れ立って来たならば、たちどころに、その最悪の地獄から最善の世界へと出てこられる時期が来たのである。今は皆、全世界の人々が神を見失ってしまい、一枚の紙を隔てたならば向こうの見えないような肉眼、五感の常識をもって、そして事をしようとしているところに、いまだ人類発生以来経験したことのない恐ろしい地獄相が現われてきている。この際、すべての人々が早く「神の声」に目覚めて、もう扉が開かれている新天地の世界に入ることが必要である。そのことが、この人類の終末的な悩みを救う唯一の残された道である。

大塚寛一先生

禁転載/転送

 



 

 

 

 

 

 

 

  





皆さんこんにちわ!ロニサランガヤでございます。本ブログでは1936年に上梓され80年間、誰の目にも触れることなく眠っていた人類大救世主大塚寛一先生の秘蔵図書「暗夜の光明」を中心に発信しており、特定の団体にコピーライトのあるものは発信・公開を控えております。大塚寛一先生は、実は昭和38年(1963年)当時、半年間だけ、ラジオ番組にご登場され「今日も楽しく、大塚寛一先生真理教室」なる題目にて日本人に貴重なお話をされておられました。これは、その時の貴重な録音テープお越しでございます。一部、口頭表現にて、わかりにくい処は表記を変更しておりますが、すでに対外的に一般公開されたものということで、ロニのブログ読者の皆様にも公開させていただきます。「心の眼」で拝読願います。尚、本シリーズは全部で7 6回となります。(ちなみに「暗夜の光明」は、全48ページを23回に分けて皆様に発信しております。)
神軍リクルーター ロニサランガヤ


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ラジオ放送『今日も楽しく』<大塚寛一真理先生教室> (昭和38年6月~11月30日)

(50)「日本とアメリカに新時代の『国家社会組織』の雛形がある」


アナウンサー:昨日に続きまして、将来の世界の姿について真理教室の大塚先生がどういうふうにご覧になっているか、お話を伺いたいんですが。


総裁:これからは、国家を守る軍隊ではなくして、世界裁判所、世界警察というような大きな仕組みが出来て、そうして、統治していける。日本とアメリカにその雛形が既に出来ている。


日本は江戸時代には、各所に大名があったのが取り除かれて「廃藩置県」で、今は一つの国になっておる。


アメリカの国というのは、また各国の民族が寄り合って、そうして、円満に世界で最高を誇る一つの集団生活が出来ている。


だから、もう今日は、卵ん中のヒヨコが嘴(くちばし)もでき、羽(はね)もでき、そうして、一人前のヒヨコに出来あがった以上は、その殻を親鳥が外側からつついて破って、そうして、自由な天地に出て行けるような時に向いてきているのだ。


しかし、それを世界の指導者階級はいつまでも永遠にその卵の殻を維持して、旧観念にとらわれて固めていっておる。このままいくことは、ヒヨコが殻を破ることが出来ないで、窒息死するような状態に陥るおそれがあるので、国家社会組織というものは、時代に応じて進化していかなければならないところに追い詰められて、迫られているのである。


アナウンサー:大塚寛一先生、今日も貴重なお話、誠にありがとうございました‼️



 

 





皆さんこんにちは❗人類の大救世主大塚寛一先生1936年発刊「暗夜の光明」の抜粋です。この秘蔵書は現在、国会図書館にPDFだけが存在、80年間、人類の誰の目にも触れることなく眠っていました。ロニが、ある不思議なルートで情報を入手し、コピーを入手して友人と写経し80年ぶりに、人類に復刻、発信させていただきました。人類のアセンションの鍵、「神格化する」、覚醒する秘密が書かれています。心の眼で拝読されてくださいませ!


神軍リクルーターロニサランガヤ

ときめきが続く、お花の定期便bloomee(ブルーミー)

 11-12ページ:大日本教の理論的世界観:大極(神)は時空を超越するそのままの姿です。其のままの姿は即ち空でありまして、あるがままの空で―――あるがままの空とは一切の物が運動を停止した時です。時は、運動に依る変化の尺度に過ぎません。運動は又力を生じます。二対以上の力の交叉点に於いて、初めて物を生じます。力は放力と引力とを同時に生じ、他の二大力と相交叉して、他の引くものを放ち、放つものを引く、-------故に、停止することなく、無始無終に運動を引き起こして行きます。かくて如何なるものも、引力と放力との作用なきものはありません。故に一定の物質なく、一定の時間もありません。換言すれば、万物一切は、力の交叉点にして、交叉点の連続が存在となります。力を去って物なく、又時もありません。又変化無き所に力なく、変化は二物以上にて生じ、一物なる時は、即ち空です。空中に有の出現により、空と有の交叉点は、物を発生します。以上が此の一大霊光に依り照破せる大日本教の理論的世界観で有ります。本教は万物を照らし出す、霊光を本体と致します。 

 


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太極(神)は時空(じくう)を超越(ちょうえつ)せるそのまゝの姿です。

其のまゝの姿は卽(すなわ)ち空(くう)でありまして、有(あ)るがまゝの空で――あるがまゝの空とは一切の物が運動を停止した時です。

時は運動に依(よ)る變化(へんか)の尺度(しゃくど)を現すに過ぎません。

運動は又(また)力を生じます。

二對(につい)以上の力の交叉點(こうさてん)に於(おい)て、始めて物を生じます。

力は放力(ほうりょく)と引力(いんりょく)とを同時に生じ、他の二大力と相交叉(あいこうさ)して、他の引くものを放ち、放つものを引く、――故に、停止する事なく、無始無終(むしむしゅう)に運動を引き起して行きます。

かくて如何(いか)なるものも、引力と放力との作用なきものはありません。

故に一定の物質なく、一定の時間もありません。

換言(かんげん)すれば、萬物一切(ばんぶついっさい)は、力の交叉點にして、交叉點の連續(れんぞく)が存在となります。

力を去つて物なく、又(また)時(とき)もありません。

又(また)變化(へんか)無(な)き所に力なく、變化は二物(にぶつ)以上にして生じ、一物(いちぶつ)なる時は、卽(すなわち)空(くう)です。

空中(くうちゅう)に有(ゆう)の出現(しゅつげん)により、空(くう)と有(ゆう)の交叉點(こうさてん)は、物を發生(はっせい)します。

以上が此(こ)の一大靈光(いちだいれいこう)に依り照破(しょうは)せる大日本敎の理論的世界觀であります。

――本敎は萬物(ばんぶつ)を照し出す、靈光を本體(ほんたい)と致します ――






 

 



みなさん、おはようございます。今朝の人類の大救世主:現人神大塚寛一先生のみ教えのロニ如是我聞は下記でございます。「心の眼」で拝読されてくださいませ。大塚先生は1891年5月3日、神国日本の四国阿波(あわ)にご降臨され、1972年5月18日に「神の座」にお戻りになられましたが、皆さまの心が神界に佇立される大塚寛一先生に通じますれば、素晴らしい幸福がもたらされると確信しております。下記は如是我聞ですが、大塚先生の教えの多くの原文は国会図書館へいきますと「鶏鳴新聞」(1984-1993)「神霊時報」(1984-2014)という2つの新聞で過去数十年の多くの教え原文を閲覧することができますことも申し添えさせていただきます。

神軍リクルーターロニサランガヤ


ときめきが続く、お花の定期便bloomee(ブルーミー)

 

■人類も循環の理法に順応し真価を発揮す


■天地の理法に従い人類の危機を脱せよ

■東西文化の均衡を得て共存の道が開ける

物は、何でも相反したものが寄って、一つの物が出来上がっている。一本の磁針を見ても、一方が陽になれば、一方が陰になって、その働きをする。人間の身体を見ても、前と後ろとが相反している。それを縦に割ってみても、右と左は全くの正反対になっている。男と女でもその通りである。また地球について見ても、赤道の南と北とが陰陽相反したものになっている。それを縦に割ってみても、東洋と欧米は相反している。その相反したお互いの特長を生かし合い、欠点を、特長によって補い合って行くとき、そこに調和と平和、共存共栄の道が開かれてくる。相反しているからといって、それと対立摩擦を起こすことは、正しい道から外れている。物が生きて躍動するということは、相反したものが寄って、そしてそれが均衡・調和をとろうとするところに活動力が起きてきて、自転して行くのである。一家で言えば、夫婦のように相反したものが寄ってお互いの特長を生かし合い、そして欠点を補い合って行くときに、子孫が永遠に発展して行くのである。もし、同一のものばかりになってくると、それでもう運動は停止してしまう。現在の文化について言えば、西洋の物質文化が非常な速度、勢力を以て発展してきているが、それに相反した精神文化が躍動して、相互の均衡がとれたときに、永遠の発展と共存共栄の道が、そこに開かれてくる。


■二十一世紀は理想文化が完成する時代である

欧米とアジアとが、どういうふうに違うかというと、アジア、特に日本は、男尊女卑、家を継ぐにしても男系が継いで行くのが原則である。英国などは、その反対に女系が王位を継承して行くようになっている。顕微鏡もまだ出来ていない昔から、東洋では男性が家を継いでいるが、このことは、ものの道理にかなっている。すなわち、男の精虫が婦人の体内に入って、その卵子と寄って、その結果、次の人間が生まれてくる。だから、生命の本筋は男系の方から生まれるので、それを補助するのが女性だと言える。まあ、たとえれば、婦人が植木鉢になって、その中に植えられるものが男子である。そこに生命が永遠に続いて行く原則がある。それと、西洋の方は器の役割をし、東洋の方は中の役割をしている。それで、人から尊敬されて手を合わせて拝まれる中身はアジア人の方であり、またその殿堂やいろんな納まるところの器は西洋の方である。西洋の方は一つのものを微に入り細にわたって分析して進んで行って、有形的物質文化の方に重点を置く。東洋では反対に、目に見えない生命精神の奥へ、一元の究極のところへ入って行く。ちょうど、帯を締めるのに、へそのところから両側に分かれて行って、相反した方向に行っているが、後で結ばれてくるように、今やまさに西洋文化に相反した東洋の精神文化が表面に現われてきて、その調和がうまくとれて結ばれ、理想的文化が出来上がる前夜に迫っている。この理想的な文化が完成する時代、それが二十一世紀である。

■極端な彼我の相違もみな自然の摂理による


物事は、人為を加えるのでなくて、「真理の自然の法則」によって、みな、何もかもが動き出して、組み上げられている。ちょうど、男の子と女の子は生まれながらにして遊び方が違っているように、欧米とアジア人とは、根本的に相違がある。手紙を書くにしても、東洋の方は右上から下へ、そして左へ、西洋の方は左上から右へ横に書き、自分の名前を上に書く。そしてその書き方も名前、苗字、番地、町名、市、県というふうになっている。東洋では自分の名前を下に書いて、県、郡、町村、番地と書いてゆき、苗字、名前の順に書くようになっている。鋸を使うのでも、鉋を使うのでも、東洋では手前に引くし、西洋は前に押してゆく。裾をからげるのでも、日本では前の褄をからげるが、向こうの方は後ろを上げる。どれ一つ見ても、みな反対になっているが、これは、決して申し合わせてやるのでなくて、「自然の摂理」によってそういうふうに仕組まれてきている。故にそれを見ても分かるように、その両端相反したものが寄って調和がとれる。その相反したものが均衡・調和をとらんがために動き出して活動し、ちょうど時計の振り子のように中心から右に行くと、次は左の方へ動き出し、中心からまた反対に行って、常に活動が継続されている。現在は物質文化が左の方へ寄り過ぎてしまっているが、これからはまた再び右の方向に進み中心に戻ろうとしている。今から七百年ぐらい前には、蒙古から成吉思汗(ジンギスカン)というアジア人が出て、全世界の七割までも征服していたが、それから三百年ぐらいの間に、次第にその勢力が衰えて、今度は反対側の欧米の物質文明が活動し出し、今は中心よりもはるか反対の方向に来ているが、もうすでに限度である。それ故に今度はまた中心に戻って、アジアの精神文化が表面に躍動するその時期が来ている。そして、両方の調和がとれてゆくときに、今までの努力してきたことが実を結んで、「地上天国・現世極楽」が出来上がる。

■指導者は天の理法を知って責任が果たされる

故に人が知恵を用いるのは、その法則・原理に順応するように、一歩それに先んじて行くときに、人間が犠牲を最も少なくして、そして効果の大きな結果が得られる。それが一般の人は、右に行きかけると永遠に右に行き、左に行きかければ永遠に左に行くものと錯覚を起こしている。一年の移り変わりを見ても分かる。冬から節分になり、それから次第に暑くなって行って一定限度に行けば、今度はまた逆に秋になり、冬に戻る。そしてその限度に行けば必ずまた移り変わり、それが循環している。そこに四季というものが出来ているように、文化もその通りになる。この原理・法則をはっきり見つめて、その動きに全人類を順応させるように導いて行くことが指導者の責任であり、またそこにその価値が生まれる。今の文化もそこに起点を置いて行くときに初めて今日の最悪危険状態から脱して、逆に「最悪の裏に最善がある」その境地に到達出来るのである。それが原則だ。それを知って「神の道」に順ずるよう進めること以外には、現代の人間を救う道はない。

(大塚寛一先生)禁転載



 





皆さんこんにちわ!神軍リクルーター、ロニサランガヤでございます!

さて、空前の健康ブームを迎えている現代。マッサージ店や健康食品・サプリメントなど、健康をテーマにした店や商品が、街の至るところで目に付くようになりました!健康に関わる市場は6兆円に上りますが、この健康ブームの背景には、病気に対する不安があります!いまや2人に1人が「がん」にかかるといわれています。「がん」は再発の可能性が高く、末期がんと診断された場合、5年後の生存率は9%から30%と、大変厳しい状況です。実際3人に1人が「がん」で亡くなっています。次に多いのは心筋梗塞、脳卒中。ほとんどの人は、病気で死亡しています。老衰で亡くなる人はわずか2.7%にすぎません。日本「病気大国」なのです。心の病の問題も深刻ですね。1年間の自殺者は3万人を越えています。学校や会社にカウンセラーを置くことが当たり前となりました。 ところが、東京・赤坂に本部のある大塚寛一先生の設立された真の日本神道の帰依者には、健康や病気に関して驚くような奇蹟が起きています。

愛知県に住む I さん。平成12年に胃がんであることがわかりました。医者の診断は余命3ヶ月。末期のがんです。しかし I さんが大塚寛一先生に真一文字で祈念すると、悪性の腫瘍が良性に変わるという大奇蹟が起きました。今も元気に暮らしておられます。東京都内に住む、Mさん,小学4年生の頃、ネフローゼ症候群という重い病気にかかりました。これは、厚生労働省指定の難病で、全身がむくみ、特効薬はなく、場合によっては死に至ります。このMさんが健康を回復したのも、薬ではなく、人類大救世主大塚寛一先生の神の力による奇蹟でした。がんや、ネフローゼだけではありません。大塚寛一先生の帰依者は、現代医学を持ってしても治すことが困難な病気が、手術をせずに、薬も使わずに次々と治っているのです。そして、再発の心配もなく多くの人々が幸せに生活しています。にわかには信じられない話です。

しかし、この事実は今から50年以上も前に、日本でも権威のある医師団が、認めているのです。
昭和22年2月11日に人類大救世主大塚寛一先生は、真の日本神道を開教されました。大塚寛一先生が、起こされた奇蹟は、マスコミの知るところとなり、「超宗教現る」とラジオや雑誌にも取り上げられるようになりました。

その評判はやがて医学界にも伝わり、ある権威のある団体が調査に訪れることになりました。東京都医師会。第一線の医師が集まる団体で、日本医師会の会長を何人も輩出しています。政治の世界にも太いパイプをもち、強い影響力を持っています。昭和32年9月、東京都医師会の医師団が調査のため、大塚寛一先生がおられす赤坂霊南坂を訪れました。メンバーは日本大学病院・橋爪一男(はしづめかずお)婦人科部長、順天堂医院・田中憲二(たなかけんじ)外科部長、川瀬病院・川瀬潔(かわせきよし)院長、内科医・岡山巌(おかやまいわお)氏など、いずれも各科の権威ばかりです。医師団の団長を務めたのは精神科医・式場隆三郎(しきばりゅうざぶろう)博士です。式場博士は、放浪の画家、裸の大将こと山下清氏の才能に注目し、物心両面から支えたことで知られています。式場博士は美術や文学にも精通し、数々の本を出版、一方で新聞社の経営も行うなど、時代を代表する文化人ともいえる人物でした。式場博士は、てんかんやガンなど、治療法が確立していない病気が本当に大塚寛一先生ので治っているのか?大塚先生に問いかけました。
 


式場博士:手近かな例で、「てんかん」という病気がありますが、これは何千年も前から記録されている病気ですが、こんなものは今迄どういう風に治されましたか?


大塚寛一先生:今まで来た方は、早い遅いの差はありますが、早い方は1回で治る方もあり、時には3月、4月掛る方もあって、そうした差はあるが、今迄全部治っています。

式場博士:何人位治されました「てんかん」は…

大塚寛一先生:そうですな。まだ170、80人位です。

日大病院橋爪婦人科部長: 大塚寛一先生ほ、現代の医学を、どのようにごらんになりますか?

大塚寛一先生: 現代の医学のように内科・婦人科・耳鼻科などと人間の身体(からだ)を部分的にみては、病気の根本を把握することは出来ません。

「わしは人間の身体は全部が関連していると言っております。だから本当に病を治そうとするなら全身を総合判断して、病の原因がどこにあるかを究明していかなければならない。そしてあらためてゆくことによってはじめて治すことが出来るのであります。」

この日、赤坂霊南坂には大勢の大塚寛一先生への帰依者が詰めかけていました。医師団の顔ぶれを見ていた一人の帰依者が、突然声を上げました。

「自分はかつて痔が悪くて、あの先生に診てもらったが苦しんだあげくに治らず、大塚寛一先生のところで治してもらいましたた」というのです。その声に続き、あちこちから医学で治らなかった病気が、ここで治ったという人々が立ち上がり、その数は80人ほどに達しました。

大塚寛一先生は帰依者達をなだめ、次のように話されました。

大塚寛一先生:「まあ、そういう風にお医者さんをせめるのではない。お医者さんが悪いのではないのだ。今日の科学文化が幼稚なのだから、お医者さんがそれをこえることは出来ないのだ。お釈迦さんでもキリストでも、その当時地球が回っていることさえ知らなかった。人類が発生して幾百万年たっているかわからないが、未だに今日の科学は、がん、せんそく、脱疽、脳腫瘍、その他いろんな病を治すことが出来るところまで進んでないのだから、ここにいるお医者さんをそう責めないように。」

式場博士はさらに、医者の手に負えない難病が、なぜ治るのかたずねました。

大塚寛一先生は真の神の力によって、人間が本来持つ生理機能が回復すれば、病気は自然に治るのだと話されました。

人間は、元来健康でその人の天分を発揮できるような機能を完備している。処がその人の錯覚や心理状態、それから環境や肉体の動作等によって、その法則に反したことをやり、そのために、生理機能を妨げている。それが自然の正しい状態に復したならば、内在している偉大な神の力が発動し、病はものの本体が消えれば、その陰影がなくなるように速やかに消えうせるものとわしはみている。

大塚寛一先生の話を聞いて医師達は、赤坂にある真の日本神道では医学的に不治の病気が、本当に治っているという事実を認めざるを得ませんでした。赤坂霊南坂で起きている奇蹟現象は、医学界の権威である東京都医師会が認めるところとなったのです。

大塚寛一先生が1972年5月18日に神の座につかれた現在も、真の日本神道では奇蹟が次々と起きています。医学を超越した大塚先生の神の力。その偉大な御力により、帰依者は病気の苦悩から完全に解放され、幸せな生活を送っているのであります。尚、ロニは団体勧誘は行っていませんので、団体名はマスキングさせていただきました。

神軍リクルーターロニサランガヤ

 



 

 



大塚寛一先生御道話ロニサランガヤ如是我聞です❗
『日本精神復興促進会』設立に向けて大塚寛一先生が政財界の要人や文化人、著名人を前に御講演をされました!

戦争、政治、教育、病気、質疑応答など多岐にわたるー 昭和43年4月11日 パレスホテルにて ー

◎人間の力は範囲が狭い 現代社会は錯覚に陥り、すべてに狂いが生じてきた。そして今はもう混沌(こんとん)として、よりどころがなくなってしまっている。今日の日本の混乱もここに原因がある。なぜそうなるか。俗人(ぞくじん)は「谷の人」と書く。一寸先が見えない。朝作った規則を夕方に変えなければならず、朝の規則のまま突破していたら谷に落ちてしまう。俗人は紙一枚置いて向こうが見えず、皮一枚下の自分の病気さえ看破(かんぱ)できない。いわば「度のない眼鏡」のような目で見て事をするということであり、大きな間違いだ。そのような人類が、物質科学、人間の力に頼り過ぎているから、一昨年(おととし)のガン会議(第9回国際癌(がん)会議)に65か国の5000~6000人のガンの大家(たいか)が来ても、誰一人ガンの病原さえも看破できないで、すごすごと解散してしまっている。俗人の次は仙人(せんにん)と言って「山の人」と書いてある。山の上の人なら4~5丁先までは見渡せる。一昼夜程度の計画は立つ。その上に「神の道」「自然の法則」がある。人間の力というものは非常に範囲が狭い。地球が24時間の間に唸(うな)りを立てて自転していても、その音が耳に入って寝られないという人をいまだ聞いたことがない。また蟻が千匹万匹通っても、その足音さえも聞き漏らしている。それで世の中の動きを見破るということは非常に困難だが、そのような知恵をもって事を図るから、今日のような混乱状態に陥っている。

◎「厳正中立」を守らず大敗招いた日本日本にとって一番大きな間違いの表れは何か。日本人は「日本精神」によって生きていかなければならないにもかかわらず、よそ(外国)の「主義」に囚(とら)われている点だ。大東亜戦争(だいとうあせんそう)の時にも、ヒトラー、ムッソリーニが欧州(ヨーロッパ)で非常な勢力を張っていた。それで東條(英機)ら上層部はこれに幻惑(げんわく)されて、そうして欧州の戦争を独伊(ドイツ・イタリア)がやる一方、東洋の戦争を日本と独伊の両方が相交互(あいこうご)してやろうとしていた。けれど、そういう必要はなかった。すでに欧州はあと20年ほどで衰退するところであったし、アメリカも昼の3時ごろ、まさに日没を迎えようとしていた。こちら(日本)は昼に向かって伸びようとしていた。だからその時には戦わずして「不戦必勝」、時を待てばよかった。絶対戦いをしてはならない。戦えば3000年来ない大敗を招いて、焼き払われてしまい、世界から悪く思われて苦境に立たなければならない!ではどうすればよかったか。ドイツと日本とは、ソ連を敵にして防共協定を結んでいた。にもかかわらず、ドイツはソ連と不可侵条約を結び、日本に軍事同盟を申し込んだ。もし独伊と軍事同盟を結んだら、棺桶(かんおけ)の先棒を担(かつ)ぐようなもので、自分が火の中へ飛び込まなければならない。だからやってはならないと、わしが言っているうちに軍事同盟を結んでしまった。この上は仕方がないから、英米と不可侵条約を結ぶ。ドイツは日本と防共協定を結んでいるにもかかわらず、その相手国のソ連と不可侵条約を結ぶような国際信義のない国だ。ドイツとソ連の不可侵条約は、狸(たぬき)と狐(きつね)の条約だ。もしソ連を襲うことが有利になれば、ドイツはこれを破棄して、いつでもソ連を撃ちにかかる。しかしソ連もまた、日独両方に挟み撃ちにされるのを恐れているから不可侵条約を結んでいるのであって、日本が「厳正中立」を守ればソ連は英米と寄って独伊を潰(つぶ)す。それで平和が来るか。否(いな)その次には英米とソ連が対立する。その時も日本は「厳正中立」を守って、どちらへもつかない。そして、戦争もいよいよになってどちらかがひどい目に遭(あ)い、大変な敗北、憂き目(うきめ)を見るようになったら「指導者には責任があるけれど国民には責任がない。戦争をしようとしている国民は一人もない。あまりにひどいことをするのは人道上許せない。そこまでやるのなら、その弱い方の国民を守る」と言えばひとりでに応じてくるから、その手法をやれと言っていたのだが、そのまま戦争をして、とうとう大敗を招いた。

◎「神の道」に適(かな)えば共存共栄が実現 この中に政治家の方もおられるであろうが、今日、議会などを見ていても、より良い政治になるような発言をして、そして間違った者を抑えるのかというとそうではなく、相手の揚げ足ばかりを取って、何ら新たな進むべき道を出していない。それに、欧米の政治というのはもう時代遅れの政治である。支那(中国)を見ても、ソ連を見ても、台湾を見ても「一国一党」だ。いくつもあるのは、蛇に頭がたくさんあるようなもの。それが増えてくると、八岐大蛇(やまたのおろち)のようになって、国家は動きがとれなくなる。政党の頭になるような人はみな優れた人だ。そういう人が寄って「日本精神」を基本中心にして協議し、政治を行っていく時には、今日の難関を逃れることができる。そうしてこの「神の道」「自然の法則・天理」に適(かな)ったやり方をしていく時には対立がなくなって、みな共存共栄が実現する。それは日本以外では成り立たない。日本は皇室を中心として国民が集まり、一家は年長の親やお爺(じい)さんが中心になって組織立っている。これが自然に生まれた国柄(くにがら)だ。他の国は日本のようなわけにはいかない。武力で征服して強い者が立ち、次の強い者が出たらまたそれに倒されるから、上に立っている国王は国民を搾取する。国民と国王とが相反した立場に置かれているから共存共栄ができない。ところが日本の家庭はお爺さんやお婆さんを立てている。よそから入ってきてその椅子、地位を奪うということがない。国家が皇室を中心にして成り立っている。そして皆、今は欧米が進んでいるように思って模倣しているけれど、裏半球はもうすでに冬眠に入ろうとしている。世界の情勢というものは、700年くらいの間に1回転してくる。340~350年前に遡(さかのぼ)っていくと、アジア人が非常な勢力をもって、アフリカの辺りまで勢力を伸ばしていた。それが衰えてきて欧州の方に勢力が回っていく。その300年の間に今日の物質科学文化が進んできたが、アメリカに秋の木枯らしが吹き、紅葉し、そして落葉する時期が来てどれほど慌(あわ)ててもどうにもならない。その動きを看破して、そしてそれに順応してゆく時は、日本は結構な所に行かれる。「天の時」と「地の利」を得ているからだ。ところが惜しいことに、人を得ていないために混乱状態に陥っている。今ここで1億国民が本当の正しい「神の道」を見出して結束しなければならない。その「神の道」に従うと労使が一緒になる。買い手と売り手の利害が一致してくる。

◎日本人はまず「日本精神」で精神の成長を知識というものは肉体を育てる食物と同じで、自己を育て、民族を立派にするために取り入れるべきものだ。それが日本は、取り入れることは入れたが、不要な物を排泄(はいせつ)することを忘れて鵜呑み(うのみ)にしてしまった。そして共産主義思想が入ってくるとそれにかぶれてしまって「ソ連祖国」と赤旗を振り回し、自己を見失った。ソ連の共産主義は、ソ連に必要があって生まれたのだ。アメリカの民主主義も国情、自然の要求によって出来上がった。日本の国には3000年続いている「日本精神」というものがあった。これを立派に育て上げるための思想は取り入れ、不要なものは捨てるべきものが、出すことを忘れて全部を受け継いでしまった。尻に栓を挿して食べ物を上から詰め込んだり、豚を食べて豚になったり、魚を食べて魚になったりしてしまうようなものだ。植物を見ても、同じ肥料であってもスイカにやればスイカになり、キュウリにやれば立派なキュウリになる。それが日本人は万物の霊長の人間でありながら、共産思想のマルクスやレーニンを取り入れると、自分がそれになりきってしまって自己の本質を失っている。これは若い人に責任があるのではない。人間の肉体が成長するのに食べ物を要求するのと同じこと。また精神も、成長する時に養分を要求する。その養分の選択を誤っていろいろなものを取り入れ、そして共産化している。取り入れ方が大いに誤っているのは指導者に大きな欠陥がある。日本の政治家はまず日本人になければならない「日本精神」を十分に、満腹するところまで国民に与え、そして精神の成長を図らなければならないのに、大正時代にすでにその道を脱線しかけて、その後、昭和は40年が経った。今日では「日本精神」が入らずによそ(外国)の思想が入り込んでしまっているから、国内に共産主義、民主主義、いろいろの主義があってバラバラになってしまっている。これを一個人に例えれば精神分裂症に罹(かか)っている。

◎心の奥底に眠る「日本精神」を呼び起こせ国があり、経済が発達しているように思っているけれど、精神が狂ってしまった者は精神異常者となって精神病院に入れられてしまうように、精神が狂ってしまった国は崩壊するよりほかない(聴衆より拍手)

だから今からでも遅くはない。これを復活せしめるのには皆が、奥底に眠っている「日本精神」を呼び起こし、それに目覚めて立ち上がり、そして結束することだ。日本がもし立ち行かなかったなら、世界はこの動乱によって潰(つぶ)れることは火を見るより明らかだ。日本の「神国」というものは自然に出来上がった国柄である。だから階級闘争などもってのほかだ。資本家があって労働者が立ち、国家があって国民が大手(おおで)を振って世界を歩くことができる。その国家と国民が対立をし、労使が争いをしている。そういうことをしていたら支那にやられてしまう。支那は日本人よりも学問はしていないけれど、実に社会が巧妙に、合理的に出来上がっている。それが足元に迫っているにもかかわらず、日本は自国を忘れてしまっている。日本では昔から「三尺下がって師の影を踏まず」と言う。それが、明日の国家を背負って立たなければならない大学生が共産主義思想の活動に振り回され、崩れていっているのに国はひとつも手を打たないでいる。これは大きな間違いだ。わしが見るに、大学の先生は7割方は良いと思う。ところが、あとの3割は共産主義の徹底した訓練を受け、それが指導者階級の中に混じっている(聴衆より拍手)。そして純真な生徒が角棒を持って鉄兜(てつかぶと)を被っている。それは純白な者が、色が付いて染められているのだと思う。だからその者自体に罪はない。韓国でそれがすでにはっきりしている。李承晩(りしょうばん)が立った時に共産系の者が学生を先導して、そして、とうとう失脚させてしまった。その後に今の大統領(朴正熙=ぼくせいき/パクチョンヒ)が立ったが、あれも学生が3~4回暴動を起こして失脚させようとしていた。が、朴大統領は見る力が鋭いからその原因をはっきり見つけて、背後で学生を操っている400人ほどの者を捕まえ、投獄してしまった。すると今は学生も国民も皆、国家の方針と一緒になっている。この間、北朝鮮から来た30数人の決死隊が朴大統領官邸を襲撃しようとした時(青瓦台襲撃未遂事件)、学生も国民もみんな団結してたちどころに抑えてしまうことができた。それを見ても、学生そのものは純白・無地・白紙の者だ。

◎憲法は国家のためになる憲法に 恐ろしい者が後ろにいる。けれど日本ではそれを排除することができない。後ろには日教組(=日本教職員組合)という組織があり、大学の先生がどのようにしてもこれを取り除くことができない。それはちょうど、敗戦のために外国の圧力によって、日本の国に自壊作用を起こさしめるような憲法をつくり、その憲法に縛(しば)られてどうにもならなくなっているのと同じだ。けれどあの憲法は、真珠湾(しんじゅわん)を宣戦布告(せんせんふこく)もせずに爆撃するという犯罪を犯してアメリカの東洋艦隊を潰した、そのしっぺ返しだ。これは「因果の法則」当然のことだ。それによって課せられた憲法を被(こうむ)っているから動きがとれなくなる。実に巧妙にできた策略だ。けれどもその講和が成れば、囚人の年季が明けたのと同じであり、赤い囚人服の如(ごと)き憲法は脱ぎ捨ててしまって、平服の憲法に代わるべきだ。憲法というものは国家のためになる憲法でなければならない(聴衆より拍手)。憲法のための憲法であってはならない。それを改めようとしないでいるのは、皆、外部の謀略(ぼうりゃく)によって血迷ってしまっているのだ。
◎今の教育では傑物は生まれないそれから学校にしても、日本は世界で類のないほど大学を多くこしらえているが、大学はそれほどまでにいらない。大学をこしらえるのなら、明日の国家を背負って立たなければならない人を教育するのだから、教育される者よりも教育する方がはるかに偉くなかったら教育はできない(聴衆より拍手)。今から300~400年ほど前に遡(さかのぼ)ると、手のひらで抑えられるほど狭い所に、豊臣秀吉、織田信長、徳川家康の三傑(さんけつ)が出ている。彼らは大学へ入っていない。独学自立によって上の地位へ上がっている。日露戦争当時の人口が3000万であるから、その当時まで遡っていけば人口は非常に希薄(きはく)だ。その狭い所に出現したあの三傑の足跡(あしあと/そくせき)すら今は見えない。教育によって、堕落(だらく)してしまっておる(聴衆より拍手)

自然生え(しぜんばえ)の中にはあれだけの傑物(けつぶつ)が、今の人口に比例しただけの数で日本に生まれていることは明らかだ。しかし、学校が経営のための学生集めにばかり汲々(きゅうきゅう)として、本当に教えるべき「日本精神」がそこにこもっていないから、今日のような混乱状態に陥っている。だから、大学の先生にはもっと多くの給料を出さなければ駄目(だめ)だ。あの野球の金田(正一)の1割の金も出さないで、良い人材が集まるはずがない。もう少し立派な、生徒が尊敬できるような先生を集めてやればいい。それと、今はあらゆるものが非常に進んでいるから、今日の青年・学生諸君を良くしようと思ったなら、テレビがある。大学でも、生徒の多い学校はテレビを利用して、先生が直接教えていない学校さえある。政府が金を出して放送局をつくり、中学校・高校・大学と、自分の家庭にいながら勉強ができるようにして、年に2回の国家試験で資格を与えていくようにするとよい。

◎大事なのは「財」ではなく「精神」 今は学生をキャンパスに集めていて、そこへ共産主義者が、ちょうど釣堀(つりぼり)へ魚釣りに行くように活動している。これほど赤化するのに便利な環境はない。昔の言葉で言えば人生50年、その半分の約25年、親のスネをかじって学校へ進み、徒食し、そして赤化してしまっている。これは非常に大きな間違いだ。 それから、昔の徳川時代には学校はなかったけれども、浄瑠璃(じょうるり)や人形芝居を見て、70歳、80歳になっても、津々浦々(つつうらうら)までその義理人情や勧善懲悪(かんぜんちょうあく)の内容によって国民教育をしてきたから、忠君・愛国(ちゅうくん・あいこく)の念は今日(こんにち)の人とは比較にならないほど立派に育っていた。今、日本は経済が非常に発展して、戦争に勝ったアメリカや英国が経済的苦境に陥っている。戦争に負けた日本が欧米を凌(しの)ぐほどに進んでいる。けれど、大事なのは「財」ではない。「精神」がしっかりしていなかったら何にもならない。だから今、日本の国が独立しているように皆思っているが、わしの目から見たら、日本はもうすでになくなっている。ユダヤ人は国がなくても精神力と民族の誇りで結束し、世界の思想・経済を動かしていた。今日の日本が今やっていることは全部精神異常者の行いだ。◎「日本精神」に立ち返れば、今日の難関を突破できる 東洋には「道」というものがある。道はどの方面でも通じる。あなた方人間がこしらえた道でも、山奥へ行く道も大道(たいどう)に通じている。まして神の創った道は森羅万象(しんらばんしょう)全部に共通して働いている。その「神の道」に従ってゆく時、天分を最高に発揮し、究極まで生き抜いて、そして最後には「大安楽往生」(だいあんらくおうじょう)ができる。
 


その道を見いだしてゆく一番の近道は、今、共産主義だとか民主主義だとかいろいろ取り入れたよその主義・思想をいったん洗い流してしまって、自己を反省し、自己の本質の「日本精神」に立ち返ることだ。そして1億の国民が団結する時に初めて、日本は本来の姿に立ち返ることができる。原子兵器も化学兵器もいらない。何よりも強いのは「精神力」である。アメリカは進んだ化学兵器を持ち、世界で一番強い力・権力を持っておりながら、わずか3000万の、兵器を製造する設備もないあのベトナムを抑えることができない。それは精神力にある。日本は明治時代に3000万弱の人口で6億の中国と戦い、これを抑えた。またソ連の3億の国民とも戦って、それに勝ち抜いた。その日本を支えた「日本精神」が、取り入れ方を誤って異国の文化を取り入れたため、今日のような状態になった。「日本精神」とは何かと聞いてみても、今日の若い方に、その答えを出せる人は1人もいない。牛は牛でなければならず、魚は魚、ニンジンはニンジン、ゴボウはゴボウ、日本人は日本人の精神でなければならない。それが、よその精神を取り入れて、そして自分を忘れているということは大きな誤りである。これではもう滅亡するよりほかに道がない。しかし、根がニンジンであったものは多少削り取ってもやはりニンジンである。3000年続いてきた、内在・潜在しているその「日本精神」に外部の思想を適度に加え、そうして「本然の姿」に戻って結束すれば、今日の難関を突破することは大した困難ではない。それが一番楽に、早く理想に到達できる近道だ。
 


◎新しい時代の中心指導原理は「神の道・真理」社会というものは文化の発達程度に応じて形成され、その中で組織が次第次第に発展し進歩していくものだ。いつまでも旧観念の国家組織が続くと思ったら大きな間違いだ。今の世界が国家ごとに固まっているのは、その「時期」が来るまでは人類が、ちょうど卵の中のように流動体・半流動体であったからだ。それが、今日は文化が進み、卵の中でヒヨコが完成している。人間はもう羽が生えて飛べるようになってきている。国家の殻を取って中のヒヨコが、つまり全人類が寄り合って生活できるのだ。その中の指導原理の中心は「神の道・真理」である。それを中心軌範とする時に初めてこの地上が救われる。キリストも「天国は近づけり」と言っており、もう間近に来ている。お釈迦(しゃか)さんも、正法(しょうぼう)1000年、像法(ぞうぼう)1000年、その5・5の100年の2500年後、ちょうど今がそれにあたるが、その時には、仏教で救い得られなかった人が皆救われると言っている。

◎人類の文化は「神の偉大な力」によるもの 今日このように文化が進んでいることを、皆は人間がつくったように思っているが、そうでない。偉大な神の働きがあってこのような文化が発達したのだ。それがもし人間の力によって発達したものなら、人類が発生してから何百年もの間に徐々に発達すべきもの。ところが、ここ40~50年の間に急速に人類の文化が発達したことは、これは「神の偉大な力」「神の摂理」によるものだ。今からちょうどひと月ぐらい前までは桜の木が花も何もなかったが、先日満開になっていた。あれは桜が自力で咲かせたように思えるが、桜の力と、もう一方には太陽の力があり、その力が影響してきて、野も山も全部の木が一斉に開花・満開したのである。人間も、力が内在はしていても「神の力」がなかったなら文化の花を咲かせることができなかった。それが40~50年で開花・満開になったということは、それをもっても明らかだ。もうすでに世界が、16時間ほどあれば端から端まで行けるようになっているのに、国家の殻(から)に閉じこもっていると窒息してしまう。正しい真の指導原理が出て、その組織の下に秩序整然として結束することだ。

◎悪因縁が取れると、きれいな姿になり大安楽往生する 今は戦争も恐ろしいけれど、大勢の人が病で死んでいることが恐ろしい。一昨年のガン会議の年の12月であったか、その当時にガン戦争と言っていた。最初は4分間に1人ガンで死んでいた。それからしばらくしたら3分間に1人死んでいる、と言うようになった。欧州大戦(第一次世界大戦)の4年間に死んだ戦死者よりも、ガンで4年間に死んでいるほうが、その当時にしてはるかに多いと言っていた。ところが病はガンばかりではない。脳溢血(のういっけつ)や高血圧で死んでいる人もいて、全部の人が天寿(てんじゅ)を全うせずして死んでいる。そしてその見分け方を、過去の宗教家なりお医者さんたちが皆気づいていない。だから、わしの所に医師会(東京都医師会)からも訪問があった。まず最初に式場隆三郎(しきば・りゅうざぶろう)君と放送のための対談で話したが、あの人の意見では「人は病に罹(かか)らなかったら死なない。死ぬ人は皆病によって死んでいる。それが今の医学の常識になっている」ということだった。ところが、柿でも何年も落ちないでいる柿はひとつもない。稲にしても麦にしても、先の実が円熟したら殻は枯れて、そして倒れてしまう。それが人間ではどういうふうになるか。その見分けが分からなかったのだ。その見分け方は、人間の場合、死期(しき)が分かる。自分の死が迫っているということを悟(さと)る。そして何の不安もない。皆と心持ちよく挨拶をして、そして眠るように息を引き取る。息を引き取って1時間半ぐらいすると、痩(や)せた人は肉が付いてくる。腫(は)れている人は腫れが引いてきて、体温が20時間も30時間も冷めない。そして体が絶対硬直(こうちょく)しない!  


万物の霊長(ばんぶつのれいちょう)である人間が一番結構な最期(さいご)を遂(と)げなければならないのに、人間は自分の知恵のために邪道に陥っている。そうしていつまでも生きられるもののように思って、病気をすると無理矢理に周囲から栄養やら何やらを詰め込もうとしている。けれど蚕(かいこ)を見れば分かるように、蚕も蚕の時代が済めば、もう桑(くわ)を食べない。そうして体は透き通るようになり、藁(わら)の中へ入って自分でちゃんと繭(まゆ)を作る。そのように、人間は悪因縁が取れてくると、煩悩五欲(ぼんのうごよく)がなくなってきれいな体になり、食事も貪(むさぼ)り食べない。そして、きれいな姿になって死ぬ。これが「仏さんになった」ということだ。だから、七転八倒して苦悶して死んで地獄へ落ちる、そのような人が仏さんになったなどと思ったら大きな間違いだ。 お腹からこの世へ出てくる時も同じこと。悪因縁が取れてくると、お産に15分以上かかるという人はほとんどいない。そうして立派な子どもができて、臍の緒(へそのお)の太い、頭の丸く発達した子どもが生まれてくる。

◎真の日本神道である神霊教は他のどの宗教とも対立しない 

人類が発生してからの長い間に、お釈迦さんやキリストあたりは霊覚が鋭いから、今日のような「時期」が来ることを感知し、楽しみにして、そして多くの人に説法した。今日までの間に合わせに、言わばアヘンやモルヒネでその時の苦しみを逃れるような話術をもって、自己満足によって導いてきた。それで今までの宗教は、死んでから極楽へ、天国へ上がれる、それを楽しみにして信じてきた。けれど本当は、現世で悪因縁罪障が取れてきれいな体にならなかったら、向こうでは絶対、結構な所に行かれない。ただ、今はもう時が来て、地上の人が真に大安楽往生の境涯に入られる時期が来ている。だから「神の道」が表面に出て、日本人が「日本精神」に立ち返り、結束していけば人類は真に救われる。ちょうどわしは、今このように「神霊教」をやっているが、神霊教だけは仏教ともキリスト教ともマホメット教(イスラム教)とも、どれとも絶対に対立しない。なぜ対立しないか。みな理想は立てているけれど、言わば富士山の八合目までしか上がっていない。だからそこに宗派的差別がある。もう一歩踏み切って頂上に行って初めて、どの宗教にも共通し、もう宗派的差別がなくなる。そうして理想を立てても得られないで滅亡していたものが、神霊教では全部その理想に到達できて救われる。それと、キリストの奇蹟くらいは神霊教の信者が実現している。このことを外国の人が知れば、「日本精神」が世界の八方から招かれて、共存共栄の道が開かれていく。そして初めて地上天国が実現する。言葉ではなかなか理解しにくいであろうが、言葉や文字というものは非常に粗雑(そざつ)なものだ。その人がそこまでの境地に行って初めてそれが分かるのだが、神霊教ではそれが事実として皆の身の上に表れ、境遇が一変して救われている。その事実を、わしが朝から晩まで常に話していることを聞いて、若い者はじっとしておられず、街頭に出て布教宣伝した。その中の、今ここにいる少年が皆さんにお知らせして、今日のこの催しが実現した。

◎真の日本神道神霊教では言葉が必要なく、現象が現れる!今までにないことをお話しするのだから、非常に分かりにくいかもしれないけれど、わしが言っていることは全部事実である。どれほど立派な話をされても、事実の伴わないものは無価値だ。それを信じたら迷信になる。迷信に陥ると滅んでしまう。それが「神霊教」では言葉が必要なく、ハワイにいる信者にも、今この霊南坂の支部(現本部)にいる人にも、同じように現象が現れる。今の医学は、ガンや肺の空洞などは手術するが、元来人間の体というのは実に立派にできている。その立派に働く力に「神の力」を加えていくと、悪いものはみな体外へ押し出してしまう。体の上側にあるものは口の方へ出る。また耳から出ることもあり、鼻から出る人もいる。そうして悪いものが出れば、胃ガンなどでも切らないで元の「本然の姿」に戻ってくる。生まれながらの奇形児でも本然の姿に戻る。それは因縁によって発育が不自然になっているのだ。だから小児マヒで片足が細く短く、冬など氷のように冷たくなる者も、会堂へ数回来ると温かくなって、良い方の足よりも温かくなる。細い、鶴の足のようになっているのが、太くなって長さがそろってくる。ここ神霊教では、今どれほど悩み苦しんでいる人でも、来られると、性格が悪く欠陥のある人は脳の格好(かっこう)が変わって、そして性格が一変する。酒乱の、大酒するような人でも皆治る。性格の欠陥は過去に積み重ねた因縁によって出ている。その因縁による力の幾倍(いくばい)もの強い力が働けば、性格が変わって平常状態に戻ってくる。

◎皆、神の力によって生かされている 皆には神がついている。こうして皆が生きて健康でいられるのは、自力でない。皆、神の力によって生かされている。その神を忘れてしまって浅薄(せんぱく)な人智に頼るところから、ますます間違った方向へ深入りをしている。だから、そこにお気づきになったなら、神霊教はこの霊南坂でずっと活動しているから、いつでもその実体をご覧になると良い。良くなっている人が体験を話している。身をもって体験している。だから今日の医学にしても、教育にしても、政治にしても、肉眼の他に「心眼」を開いてものを見ると真相が映る。そして正しく判断して、実行していく時には、いかなる災難でも逃れて、結構な境涯に入られる。あまりに範囲が広いから、細かく話をすると飛び飛びになって分かりにくいと思うけれど、事実が証明しているのだから、いつ何時(なんどき)でも、研究がてら教会においでになられたら、よくお分かりになると思う(一同拍手)。聴衆の質問に答える質問者1 先ほどの「日本精神」というものをもう1回お話しください。「日本精神」とは自然に出来上がったものである。国家社会でも、世界組織にしても、何でも世の中の事を合理的にしようと思うと、自然の姿を見るのが一番よく分かる。皆さんの体の組織を究極まで突き詰めていけば、その中にきちんとした合理性がある。一番理想的に出来上がっているのが皆さんの体だ。一輪の花を見ても分かる。真ん中が雌しべだとすれば、雄しべがその周辺にあり、さらに花弁があり、萼(がく)があって、雌しべを囲んでいる。一軒の家でも、お爺さんやお婆さんが中心になって、子どもたち、娘や息子が寄って、そして真ん中を守るように出来上がっている。日本は皇室が中心になって、そしてその周囲に国民がある。これが初めからずっと続いているのは日本だけだ。そこに国家と国民との利害が一致する。お爺さんやお婆さんと息子の利害が一致する。利害が一致しないというのは、よそから間違った思想が入り込んで狂いを生じているのだ。ものは言葉をもって表現できるものと表現できないものと、二つがある。肉体のほうは物質的に試験管や物差し等で測れる。ところが、一方の精神と生命は測っても測れない。試験管でも捉えることができない。そういうものが、陰陽両方の均衡が取れて、生存できている。だから人間の体ひとつはっきり掴(つか)むことができれば、国家の政治など問題でない。労資などを取ってみても、頭が資本家なら足は労働者だ。人間の体は均衡がちゃんと取れている。だから、そのものそのものに応じた立場に満足すれば、働いたら働いただけちゃんと配給が来るようになっている。手足ひとつ動かしたら、それだけの養分が行き渡る。だから資本家と労働者を人間の体の組織のように組み立てていけば、何ひとつ文句なしに出来上がる。けれど人間の組織というのはみな利己主義になるから、資本家の中には下の方へ栄養を与えるのを渋る者がいる。そんな会社は潰(つぶ)れる。 労資が対立、争いをしている情勢だと、労働者は「資本家と労働者は対等だ」と叫んで、資本家に「わしに一生楽をさせてくれ」などと言われたなら、「お前のような奴」と言って資本家の頭を長靴の中に入れて歩かせ、自動車に轢(ひ)き潰されてしまうだろう。理法に即応していった会社は栄え、家も栄えて、国は富んでいく。質問者2 なぜ物質だけ進んで、精神との均衡が取れないのですか。

 皆さんは肉眼でものを見ているが、肉眼ではものの表面しか分からない。「心眼が開く」と言っても、その心眼はいろいろの因縁によって歪(ゆが)みが生じたり、濁(にご)ったりしているから、良いと思ったことが間違っている。縄と間違えて毒蛇を握っているようなものだ。その証拠に、皆さんがやっていることの目的と結果とが違ってきてしまう。本当に心眼が開いてものの真相が分かってくれば、目的と結果が一致すべきものだ。だから動物は、人間よりもはるかに理想的に生存している。たくさんの動物がいるが、胃袋を切られたり、横腹へ人工肛門を付けたり、そんなことをしている動物はひとつもない。まして富の上にもいろいろの問題を起こしているのは人間だけだ。そのように知恵が誤り用いられているのは、因縁によって心の鏡が歪(いびつ)になり、心眼が狂っているからだ。物を見ている人が色盲にかかっているのと同じことである。――――人間というものの組織、機能が、実に良く出来ているので、毎日神に感謝しています。そういう面から見て、お話はよく分かります。よく分かるというのは当たり前のことだ。ただ、普通の人は当たり前のことを見逃している。皆さんにとって世の中で一番大切なものは金か、ダイヤか・・・一番大切なものを皆忘れている。「奇蹟」というと、たまにあるもののように思っているけれど、花一輪咲いても偉大な奇蹟である。卵が20日ほど温められて、半流動体のものから羽が生え、クチバシが出て歩き出す、これは奇蹟だ。歯が生えてくる、爪(つめ)が生える、髭(ひげ)が生えてくるのも、目が見えるのも、みな奇蹟だ。奇蹟でないものはひとつもない。慣れてしまって鈍感になって、誰もがそれを見逃しているが、世の中は奇蹟によって充満している。だから人間は、知恵よりも自然の姿を見て、それに対して素直に自分を見つめていく時に、最も良い道を得る。質問者3 全世界における自動車の無制限な生産によって、人が殺されている。現代の交通戦争をどう考えますか。 今日は車の1輪を失って、芯棒(しんぼう)を地べたに引きずって走っているようなものだから、それが起きている。原因はどこにあるか。物質科学文化ばかりで精神文化が伴っていないところに今日の災いがある(聴衆より拍手)。皆は自動車が大変便利だと思っているけれど、ますます生存競争を強めているだけだ。一方だけが自動車を使っているのならよろしいが、一方が使うと、金持ちがよりいいのを使う。日本ができれば外国もできる。よそがやるからこっちも、それが競争になってしまう。その争いに没頭する。それは精神が足りないからだ。文化が発達する根本にある精神指導原理を失っているからだ。今の政府は、税金を取れるから良いということか、どんどん車を増やして事故を起こして、運転手ばかり罰している。車を増やしていたらそれだけ良くなるか。その次がそれ以上の物を売り出しているから、いつまでも競争していって、昔の弥次喜多道中(やじきた・どうちゅう)の当時と大差ないまま災いのみが重なってきている。それは精神的方面が遅れているからだ。その均衡が取れてくれば、これはみな解消してしまう。そして大勢死ぬと言っても、それはただ時間の違いだ。早く死ぬか遅く死ぬかの差で、いずれは皆その関門を通らねばならない。だから、いかに運営していくかということ。今日の文化の発達に応じて精神面を育てて発達していけば、交通戦争はひとりでに解消してくる。質問者4 先生の御力の発揮は、気合いをお放ちになるのですか。 

最後の究極の一歩になると、所作(しょさ)や一切のものは必要なくなる。一切のものが本源の姿になり、霊体霊子(れいたいれいし)になって一つのものになる。物が運動を停止すると、三種の神器の鏡の姿になる。有って無く、無くて有るところ、そこまで行くと、静動一如(せいどういちにょ)、有無一如(うむいちにょ)になって、ここで思うことがどこまでも通じていく。 だから神霊教は加持祈祷(かじきとう)などの類(たぐい)は一切しない。そのようなことを行っても、ハワイやアメリカやブラジル方面の信者は理解する耳を持っていないから分からない。かえって人間よりも動物のほうが敏感だ。わしが電車に乗ったりバスに乗ったりしても、隣の人は一向に何も気がつかない。ところが、付近の犬や猫や動物はわしの力を感知(かんち)しているから、病気になるとやって来る。1週間くらい日参して、良くなったらまた帰っていく。いろいろの所作によってやることを「術」と言う。術というものは限界がある。そして、「合う」「合わない」によって功罪が分かれてくる。術では必ず全部が良くなるとは言われない。度を過ぎ、用い方を誤ると、空気が口を塞(ふさ)いでいて、ポンプでそれ以上に空気を入れると肺が破裂(はれつ)するように、禍(わざわい)を起こす。けれど、「神の道」「神の力」というものは過不足なしに通じていくから間違いが起きない。為さずして成り、無為にして化す。だから何事でも、加持祈祷などの類は一切用いない。 

大塚寛一先生

(下記は、信者ではない友人マイケル様のブログから引用でございます。尚、ロニは団体への勧誘は致しておりませんので、あしからず。ご自分でご判断願います。神界佇立の大塚寛一先生に貴方の祈りが届けば、奇蹟現象を体験させていただけます。実証を見てから、ご判断願います。)
http://blog.livedoor.jp/mysticart/archives/1820026.html



神軍リクルーターロニサランガヤ

皆さんこんにちわ!ロニサランガヤでございます。本ブログでは1936年に上梓され80年間、誰の目にも触れることなく眠っていた人類大救世主大塚寛一先生の秘蔵図書「暗夜の光明」を中心に発信しており、特定の団体にコピーライトのあるものは発信・公開を控えております。大塚寛一先生は、実は昭和38年(1963年)当時、半年間だけ、ラジオ番組にご登場され「今日も楽しく、大塚寛一先生真理教室」なる題目にて日本人に貴重なお話をされておられました。これは、その時の貴重な録音テープお越しでございます。一部、口頭表現にて、わかりにくい処は表記を変更しておりますが、すでに対外的に一般公開されたものということで、ロニのブログ読者の皆様にも公開させていただきます。「心の眼」で拝読願います。尚、本シリーズは全部で76回となります。(ちなみに「暗夜の光明」は、全48ページを23回に分けて皆様に発信しております。)
神軍リクルーター ロニサランガヤ


ときめきが続く、お花の定期便bloomee(ブルーミー)

 


ラジオ放送『今日も楽しく』<大塚寛一真理先生教室> (昭和38年6月~11月30日)



(49)「『国家』という枠を離れ、『超国家的時代』へ


アナウンサー:昨日に続きまして、将来の世界の姿について真理教室の大塚先生がどういうふうにご覧になっているか、お話を伺いたいんですが。



総裁:まあ、植物にたとえて言えば、欧米の方が麦なら、東洋の方が米のようなものである。麦の全盛のときには米の方が衰微しておる。米が全盛のときには、麦の方が衰微しておる。


今から700年ほど前には、蒙古に、あの未開原野にジンギスカンが産声を上げて、鬨の声(ときのこえ)を上げて立ち上がったために、地球の上の7割も征服したのである。


それは「天の時」によって、必要に応じて人物が生まれてきて、今のように汽車も自動車もなければ飛行機もないときに、人間の足と馬のな力を借りて、地球7割を征服したことは大変なことであった。


それから300年ほど近く勢力を張っていたが、それが衰微してきて、その次の周期には、いま欧米の物質科学文化が非常に勢力を得て、今日の文化が出来上がっているのである。


けれど、それも、すでに頂点に達して、そうして、今度はアジアの方に向かっていく。そうして、時が動いてきておる。


だから、今までの熱帯の砂漠で何もなかったようなところへ石油ができ、またアフリカの方までが、みな夜明けになって、目覚めてきておる。それと、西洋の方は女性的であるから、物質科学であるが、こちらの方(東洋)は男性的精神科学である。


それが出なければ、今日の文化の理想文化が出来上がらないで、破壊、滅亡の直前に迫られておる。東洋の、まあ言えば、米が芽生えてきて、そうして西洋の物質文化に伴い精神文化が発達、成長してきて初めて両方が相まって、ちょうど向こうの方(西洋)は陰性で女性、こちらの方(東洋)は男性。陰陽が相まって、そうして初めて理想文化が出来上がる。


それから、国家社会組織というのも、みなは固定観念にとらわれてしまって、過去からの現状維持を守ろうとしておる。


けれど、この国家社会組織というものは、文化や交通通信機関の発達に応じて成長していく。ちょうど着物にしても、三つ身から四つ身、本身というふうに、ちょうどお蚕さんが初眠、二眠、三眠とそのたび着物を脱いで、そして成長するようなふうに。


初めは人間も一人でしてい たが、それが家族的になり、それが部落的になり、日本でも明治になるまでは、各所に大名がおり、そして政治をしておった。


それが明治に「廃藩置県(はいはんちけん)」になって一つとなったようなふうに、これだけ、その明治時代よりも交通通信機関が非常に発達した今日、なお国境があるということは、時代の進化とそれと社会組織と、そこのずれがきて、それが社会の大きな悩みとなっておる。


ちょうど、言わば、国家というものは卵のようなもんで、中身が独り立ちして飛べるようになったら、国家の殻を破って、そうして、ヒヨコが寄って仲良く生活する。


その中に、また雌雄(しゆう)が融和して、そうして次の卵が出来るようなふうに。


もう今は、国家社会という殻を離れて、そうして「超国家的時代」に直面してきているのである。


アナウンサー:大塚寛一先生、今日も貴重なお話、誠にありがとうございました‼️