北海道胆振東部地震から今日で6年………
私の住む地域はほぼ地震がなかった。
台風も、北海道まで来ることは少なく私も含めこの辺りの住民は、災害がない地域と認識していた割合が多いのではないかと思う。
だからこそ、6年前のあのブラックアウトが私にとっては貴重な体験となった。
私の地域は、震度2だった。
当時、早朝5時からの仕事に就いていたこともあり、自宅で眠っていた私は目を覚ました時にすぐに違和感を感じた。
部屋のライトがつかなかった。
スマホで地震を知り、札幌に住む友人に連絡した。
札幌は早朝に揺れたものの、当日の夕方に電気復旧したらしい。
が、田舎に住む私の地域は翌日の夜にやっと電気が復旧した。
私が1番に困ったことは、スマホの充電であった。会社との連絡をとる為にも家族の安否を確認する為にも、スマホは必要不可欠だった。
だがラッキーなことに、向かいのおじさまが庭で発電機をまわしていたので、ちゃっかり充電させてもらえた。
2番めに困ったこと
それは、冷蔵庫と冷凍庫に入っていた食材の管理だった。
冷蔵が必要な食材を取りだし、発泡スチロールに保冷剤と共に入れた。
日中は会社に出向き、同じように食材を発泡スチロールに移動。(給食関係の仕事)
ガスは使えたから栄養士さんと相談しながら対応した。
会社の行き帰りは、どこのガソリンスタンドも30台ほどの行列を成してした。ビックリした。
ホームセンターに行った友人は、一例に並ばされ2.3人ずつ店内に入れて買い物をしたと言っていた。
コンビニに行った兄は、ほぼ全ての食材がなくなっていたと言っていた。
そして私は………
ガソリンスタンドにもコンビニにもホームセンターにも行かず、夜は息子の自宅前で冷凍庫の食材でバーベキューを楽しんだ。
忘れられないあの夜空✴️
亡くなられた方々もいるので、決して良かったとは言えないが自分にとっては人生の分岐点だったのだと思わざるを得ない出来ごとだった。
何もかもに依存していた自分を省みるキッカケとなったから。
まずは、働くことを少なくした。
お金は少しあればいい。
国に依存や期待するのもやめた。
だから、年金もあてにしていない。
遠い未来の心配などするならば、今この瞬間と今日1日をどう生きるかを考えたい。
現に彼らは国民を見てはいないし、『もう我々に期待しない方がいい』と見せられている気がする。
働いてお金を稼ぐほどに絞りとられ、自然も汚染、破壊されている。
とはいえ、国がこうだからこそ自分の生き方を変えるキッカケになったのかも知れないから、感謝すらしている。
これまで、常識やルールに忠実に従い真面目に生きてきたが、税金は益々搾り取られどこをみても問題は増える一方で、あべこべな政策ばかり発てて金だけ今だけ自分だけの輩たち。組織というモノは腐敗しているようにしか見えない。
アホくさ、もうや~めた、自分で動いた方が早いわ!
と、彼らを自分の世界から除去したのだ。
私の視界と思考に新たに取り入れたものは、大自然だった。
自然は私からは何も取らない。
ただ、与え続けてくれる優しい母のような存在だ。
だからこそ、地球に優しい生き方をしようと決め、それを行動に移し今がある。
そういう風に動き出すと物事もそういう風に加速した。おもしろいほどに。
必要なモノはあちらからやって来たし、信頼できる人たちも引き寄せられた。
情報や書籍なども、まるでコレ読め、と言われんばかりのその時に必要な情報が入ってきた。
本を読み、ひとりで考える。そして行動する。
閃くことをひと通り試す、動く。
ある時、自分は何かに導かれているのではないかと考えた。そのくらい、やること成すことがおもしろいほどに動き、偶然の一致が重なる日々。
あれから6年………
確実に自分なりの道を歩んできた。
時には泣きじゃくりながらも。
でも何も後悔はしていないし、これからも決して後ろは振り返らない。
歩いて来た道のりが全て良かったんだと思えるかどうかは、今からこれから自分からが全てなのだと確信している。
『テンちゃん🌱は、何も無くても生きて行けそうだね』
最近よく言われるけど、私にとっては最高の褒め言葉なのである。
当の本人は早くあの世へ行きたいのだが(笑)
備蓄は何もしていず、冬の為の保存食のみ。
私には大自然という素晴らしい味方がいつも見守ってくれているから不安や恐怖は全くない。
※今まで制作したもの
最高傑作はやっぱりコレ↓
頑張ってるな、自分(笑)
ブラックアウトに今だからこそ感謝である
知識と知恵、そして体験をありがとう😊














