毎朝、庭を眺める。
 
 
 
今朝は、隣家の屋根でカラスが2羽
 
親子なのか夫婦なのかはわからないけど、とっても仲がいい。お互いに口の中に口ばしを入れたり、羽を口ばしでつつきあっていた。
 
世では嫌われモノのカラスだけど、それらの場面を見て朝からほっこりしていた。
 
私はそこに「愛」を見た。
美しい光景に胸がキュンとしたラブラブ
 
 
 
 
続いて見たのは
 
フェンスの上に小鳥
 
スズメじゃないし、なんだろう………
 
 
すぐに調べた。
 
 
 
『モズ』という名前らしい。
 
 
野鳥に詳しくはないけど、どんな鳴き声なのかも調べた。
 
 
あれはモズだったんだ~おねがい

鳥の鳴き声は美しく癒される。
 
今日も知らなかった事を知ることが出来た。
 
嬉しい発見である
 
 
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こんなボヤ~ッとした日常が豊かだな~と思う瞬間☝️
 
そして忙しい毎日に追われていた時には、氣づけなかったことである。
 
 
 
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頭の中にシーソーがあるとして
 
自分はいつも真ん中の位置に立てるように意識している。
 
真ん中はいい。居心地がいい。
 
 
自然もバランスを保つ為に自然の摂理が機能している。
 
 
 
良いか悪いか
正しいか正しくないか
 
 
と判断している時はシーソーがどちらかに片寄る。
 
片寄った時は何故片寄ったのかを考える。
 
 
すると心の中の引き出しに大事にしまい込んでいたモノを見つける。
 
 
 
~であるべき
~でなければならない
 
 
 
という名の付いた引き出しに、大量にあるモノたち。
 
整理にかなりの時間を要した。(現在も整理中)


 
シーソーの真ん中に立つと見える景色が変わった。
 
目の前に現れる現象を、素直に捉え、受け入れる。
そして、自分はその時にどう有りたいかを選択する。
 
 
私はそう有りたいからそうする。
 
 
息子でも親でも「そう有りたい」のだからその選択を尊重する。
 
 
尊重して貰いたいから尊重する。
 
 
 
 
目の前に起きる、見せられる現象は
 
「氣づかせる」為に起きている。
 
○府や国家議員がやらかしていることすら
 
「氣付かせる」為なのだと思う。我々国民に……。
 
 
世の中で起きていることは全て氣づく為にある。
 
 
正しい、間違い
 
と判断を止め、常に真ん中の状態にいると
 
実はこの地球は豊かさだらけなのだと
 
氣がつく
 
 
そして自分はどう在りたいかの選択があるだけ。
 
 
 
いつも「氣づき」をありがとうございます🤗