中国語を学んでおられる方はご存知でしょう。
泣(な)いて馬謖(ばしょく)を斬(き)る
《中国の三国時代、蜀(しょく)の諸葛孔明(しょかつこうめい)は日ごろ重用していた臣下の馬謖が命に従わず魏に大敗したために、泣いて斬罪に処したという「蜀志」馬謖伝の故事から》
規律を保つためには、たとえ愛する者であっても、違反者は厳しく処分することのたとえ。
長井さんは次のように説明されています。(中国語の翻訳文を先にご紹介します。)
“挥泪斩马谡”
“ huīlèi zhǎn Mǎ Sù ”
“虽非本意,但为了大局不得不割舍心腹。”
“ Suī fēi běnyì , dàn wèile dàjú bùdébù gēshě xīnfù . ”
◎ 心腹 xīnfù
[henchman;reliable agent;trusted subordinate] 亲信的人
「本意ではないが、大局的必要性から腹心の部下を切り捨てる。」
でご紹介したように、長井さんは通訳をする時に、その国の文化、特にスピーチなどで引用されるようなものについての知識(それも相当幅の広い)が必要だと言っていますが、「泣いて馬謖を斬る」というのは日本語の中で引用される言葉として紹介されています。
日本語として、この言葉を聞いてすぐに意味がわからなければ通訳することは難しいということですが、この言葉は中国の故事からの引用です。
長井さんは英語の通訳をする時には、聖書の知識が必要とのことですが、だとすると、日本語が母語ではない人が、日本語の通訳をするには、日本の文化として中国の文化も知っていなければならないということになる。
これは日本語を学ぶともれなく中国文化がついてくるようなもの。
だとしたら、日本語とは外国の人にとって通訳をするには酷なものになるでしょう。
中国語学習者としてはこんな事を考えつつ、引き続き、長井鞠子さんの『伝える極意』を読み進めてまいりましょう。
