第5章 他人の目を気にするな | SC神戸中国語スクール 京都校

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『頭に来てもアホとは戦うな!』
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不争辩的智慧

bù zhēngbiàn de zhìhuì

 

第5章に突入します。

 

第5章 他人の目を気にするな

走自己的路让别人说去吧

zǒu zìjǐ de lù ràng biéren shuō qù ba

 

中国語は、

 

自分の道を歩め、他の人が何を言おうが言わせておけ

 

「他人の目を気にするな」

 

では、少々抽象的、日本語が持っている特徴「できるだけ少ない単語・表現で伝えたい意味を察してもらう」がよく出ている表現なのでしょう。

 

日本語が母語の人(私も含め)がこの文を読んだら、この表現から自分の体験したこと、それから本で読んだことなどが浮かび、「うんうん、わかるわかる。そうだよね~」となるでしょうが、日本語が母語ではない、つまり、共通した認識、情報を持っていないと、「え?何が言いたいの?」となる。

だから中国語にする時には具体的に「自分の道を歩め、他の人が何を言おうが言わせておけ」という意味だとくだいて説明しなければ意味が通じないのです。

 

最近、よく考えるのはこの日本語の特徴です。

 

「説明不足」

 

思えば、中国との付き合いの中で、日本語が母語である人の「説明不足」が原因で起きた問題は数知れません。

いえ、日本語が母語である人どうしても「説明不足」がよく起きているのではないでしょうか?

 

「みなまで言うな」

 

日本語の世界では、例えば道を教える時にでも、相手がどこまで知っているかを探りながら、そして相手が知っている事をさらに説明することを避けながら説明するのではないでしょうか?

そして、このこと。

つまり相手がどこまで知っているかを探らず、一方的に、全てを説明すると「くどい!」ということにならないでしょうか?

 

このような「腹芸」が求められ、そして一般的な日本語。

 

私たち日本語を母語としている者は、外国人と接する時に、日本語の文化の中では当たり前のことを理解し、外国人には通じないということを理解した上でコミュニケーションしなければ誤解や摩擦がでます。

とは言え、日本語の文化では幼い頃から議論の仕方や相手を傷つけず自己主張する方法を学んでいません。

 

外国人研修生を初め、外国からの旅行者などが多くやってきている今の日本。

外国人との付き合い方について幼い頃から教える必要があるでしょう。