人生は、あなたが主役であるべきだ | SC神戸中国語スクール 京都校

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『頭に来てもアホとは戦うな!』
Method with the stress of human relations as power.
不争辩的智慧

bù zhēngbiàn de zhìhuì

 

第5章 他人の目を気にするな

走自己的路让别人说去吧

zǒu zìjǐ de lù ràng biéren shuō qù ba

 

人生は、あなたが主役であるべきだ

人生应由自己主宰

rénshēng yīng yóu zìjǐ zhǔzǎi

 

人はもしかしたら誰もが他人の目を気にして生きているのではないでしょうか?

 

著者もそうだったと言いますし、私もそうです。

子供の頃は親から、そして先生から「いい子」だと見られたい。

異性からは「かっこいいと」思われたい。

「優秀だ」と思われたい。

「すごい!」と思われたい。などなど。

 

アドラーは「他人の人生を生きてはいけない」といいますが、多くの人が他人の目を気にして、他人から期待された生き方をしようとしているのではないでしょうか?

【永久保存版】他人軸でなく、自分軸で生きるって…こういうこと⁉︎|アドラー心理学サロン

 

自分勝手ではいけない。

 

他人に迷惑をかけるようでは問題です。

でも、他人に迷惑をかけず、そして自分が本当に生きたいと思う人生を送るというのは人生の最後に思うことのようです。

 

他人の期待に応えようとするばかりの人生ではなく、自分が真に生きたいと思う人生を生きる勇気を持っていたかった。

I wish I'd had the courage to live a life true to myself, not the life others expected of me.

真希望自己能有勇气为自己而活,而不是一味地去迎合别人

zhēn xīwàng zìjǐ néng yǒu yǒngqì wèi zìjǐ ér huó , érbùshi yīwèi de qù yínghé biéren

 

迎合 yínghé
[ cater to;serve the purpose of;fawn up;meet] 逢迎,猜测或揣度别人的心意以便顺从或投合

 

げい‐ごう〔‐ガフ〕【迎合】
[名](スル)自分の考えを曲げてでも、他人の気に入るように調子を合わせること。「権力に迎合する」

コトバンク「迎合」とは

 

 

これは2012年2月1日に英ガーディアン紙に掲載された、スージー・スタイナー記者による、多くの死者を見送ったオーストラリアの看護師ブロニー・ウェアさんの話の中にでてくるそうですが、ブロニーさんが緩和ケアに働いていたときに見聞したことをまとめて『死ぬ瞬間の5つの公開(The Top Five Regrets of the Dying)』という本があり、その中のトップがこれだそうです。

 

著者は、

 

しかし、死の間際に、残された人生がわずかなものと悟ったときに「何のために生きてきたのか?生きるべきだったのか?」を考えずにいられない。

このトップ1の後悔からわれわれは学ぶべきだろう。

但到了行将就木、时日无多之际,人们会不由自主地去深入思考一些问题。

比如“我活一辈子图个什么”“我这辈子是不是活出了价值”。

我们或许能从五大憾事之首中领悟出一些道理。

Dàn dào le xíngjiāngjiùmù 、 shírì wú duō zhījì , rénmen huì bùyóuzìzhǔ de qù shēnrù sīkǎo yīxiē wèntí . 

Bǐrú “ wǒ huó yībèizi tú gè shénme ” “ wǒ zhè bèizi shìbùshi huó chū le jiàzhí ” .
Wǒmen huòxǔ néng cóng wǔdà hànshì zhī shǒu zhōng lǐngwù chū yīxiē dàolǐ .

 

と言います。

葉隠では、

 

武士道とは死ぬことと見つけたり

武士道,乃求取死若归途之道

wǔshìdào , nǎi qiú qǔ sǐ ruò guītú zhī dào
「武士道と云うは死ぬ事と見つけたり」

 

とあり、まるで死ぬことが目的のように誤解している人もあるようですが、これは人が「死」というものを意識した時に人はもっとも客観的になり、冷静になり、正しい判断や行動ができるということだと私は思っています。

ちょうど「今日が人生最後の日」だと思って生きるのと同じです。

 

とは言え、人は「死」というものに直面しないと、「死」はいつか来るものであり、まだまだ先のことだと思ってしまいます。

 

人は死ぬ。

だからこそ、今を大切にして、今この時代をともに生きている人たちとともに学び合うことが大切だと思います。

そしてこの世を去る時には満足して「これでよかった」と思えるように生きようではないですか。