最近、とても惨い事件が増えてきているような気がします。
ニュースを見ていても、一昔前には想像できなかったようなことが現実に起きています。内容的には、まるで戦時中か、ハードボイルド小説の中身みたいな感じです。
またもう一つ気になるのは、それらの事件の報道のされ方です。
感情的な言葉遣いや、視聴者の感情をあおるような報道のされ方が増えてきたように思います。
ある意味、社会全体が、どこかヒステリックになっているような気さえします。
社会がこのようになってきた要因というのは様々あるのでしょうが、やはり時代の変わり目であるということも出来ると思います。
スピ系の世界ではよく話題になったりする、2012年問題もその一つ。
それに絡んで、フォトンベルトとか、マヤ暦とか、アセンションとか、水瓶座の時代とか...いろいろな解釈はあると思いますが、どれも共通して言われることは、今がその変わり目なのだということです。
そういった視点で見れば、確かに末期的とも言えるのかも知れません。
現在の社会情勢を、ローマ帝国の滅亡の顛末と重ねあわせて表現されることもあります。
このまま世界は終わってしまうのでしょうか?
実のところそういう末期的なイメージは、今までの価値観を基にした視点によるものだということを忘れてはなりません。
12月31日がくれば、2008年が終わるのと同じことなのです。
世界の歴史を振り返ってみるとき、私たちの社会が長い間、男性性原理によって運営されてきた事がわかります。
もちろん、細かい地域や時代単位での男性性と女性性との移行はあったと思いますが、少なくともここ数千年間は、主に男性性原理が世界を支配していたのではないでしょうか。そして15世紀以降、近代文明の発達とともに、男性性原理は強調され、世界の多くの国がそれによるシステムを採用し、運営されてきました。
それが今や限界を迎えようとしているのではないかと思うのです。
男性性原理とは、理論的、思考的、合理的、そして保守的、守旧的、保存的です。
貨幣経済やそれを基にしたビジネス構造は、まさに男性性原理の集大成とも言えます。社会はとても合理的に安定的にスピーディーに成長を続けてきました。
ところが、男性性原理の短所としては、なかなか小回りが利きにくい、融通がききにくいというところがあります。
一度大規模なシステムを作り上げてしまうと、方向転換がとても難しいのです。
今の世界を見れば、多くの経済、金融、産業、政治のほとんどのシステムが男性性原理にもとづいています。こんなに世界的な規模までに発達したシステムを変革するのは、ほとんど無理と言ってもよいでしょう。
現在、世界中で問題視されている、温暖化や食料危機。
みな危機感は持っているものの、なんと腰の重いことかと感じないでしょうか。
ある意味、それはもう仕方がないとしか言うことができません。
というのも男性性原理で動いているシステムでは、このような抜本的な改革を要する、変革は容易ではないからです。
そういうわけで、男性性原理で動くシステムは、やがて問題の大きさに押しつぶされていくことになります。
それに替わって出てくるのが女性性原理による社会です。
女性性原理とは、感情的、直感的、霊的、そして革新的、創造的です。
乙女心と秋の空というように、ころころと価値観が変化します。
感情的で直感的ですので、過去のデータを無視した行動原理です。
男性性原理の視点から見れば、このような社会は非常に不安定で、たよりなさそうに見えるものですし、今までのルールとか基準みたいなものからどんどん逸脱していくので、まるで無法地帯のようでもあります。
とくに変革期には、男性性の崩壊と女性性の台頭が入り交じる為に、ますます混沌とした雰囲気になるのです。
ニュースが感情的に見えたり、社会がヒステリックに思えるのは、女性性原理が台頭しはじめたということでもあります。
この混沌とした時代はやがて落ち着いて、やがて女性性原理にもとづいた社会が出来上がっていくことでしょう。
それは、自由で創造的で、感覚的な世界です。
感覚的な世界の中では、人は一つへとまとまろうとします。
世界は一つにまとまっていくのだと思います。