ゼロ次元と無(前編) | 沈黙こそロゴスなり

沈黙こそロゴスなり

The Message from the stars that illuminate your life.

神は全てである、神は遍在するというマクロな視点とは対照的に、これが神ですって一言でいえるものはないのでしょうか。
もし神をミクロに表現するとしたら、それはプライムパーティクルというものに例えることができるのではないかと思います。

プライムパーティクル(Prime Patricle)とは、究極の粒子とでも訳すことができるでしょうか。
具体的には、0次元の点とも表現できます。
もしこれが神ですと言えるものがあるとすれば、それは0次元の点だと言うのです。
物質を構成するには次元という定義が必要になってきます。
ところが0次元には、大きさが存在しませんから、0次元の点を観測することは不可能です。
長さも高さも速度も0なのですから。

0(ゼロ)、つまり「無」です。

とある神学者が、もし世界が創造されていなかったとしたら、世界が創造される前の世界とはどんな世界だったのだろうと考えて、それを「神の絶対的孤独」という言葉で表現しました。
神の絶対的孤独の状態とは、0(ゼロ)、つまり「無」です。
待って下さい...
ということは、神が世界を創造しなければ、神はいないのと同じということですか?
そうなんです。

ところがここにパラドックスがあります。
0(ゼロ)すなわち「無」は、計測不可という状態を意味します。
計測不可とは差異のない状態、差異がゼロ、つまり「無限」ということでもあるのです。
つまり、0(ゼロ)とは、「無」であり「無限」でもあるのです。
聖書の中に「私はα(アルファ)であり、ω(オメガ)である」という神の言葉があります。
神社の前の狛犬の口が、一方が「あ」で、もう一方が「ん」なのと同じ意味です。
初めであり、終わりであるという意味の言葉ですが、それは「無であり、無限である」ということを意味しているのです。

近年、宇宙や物理学を研究している人々の間で話題になっているのが、ダークマターという概念です。「真空」には莫大なエネルギーが隠されているという理論です。そしてそれを実証すべく、研究が進められているのです。
これは、「無」だと思っているものが実は「無限」だったということを意味しているのです。

面白いことに、私たちはどんなことをしても神を見ることはできません。
少々スピリチャルな言い方になりますが、もし次元をどんどん上昇していって、どんどん位の高い神様に出会っていって、もうこれ以上位の高い神様はいないという、全宇宙で最高のスピリットに出会ったとしましょう。
そして、その方にこう質問をしてみるのです。
「あなたが神ですか?」
するとこの方はこのように言うことでしょう。
「いいえ、私は神の子です」と。
神は「無」であり「無限」であり、創造されたものと一切の差異を見いだすことができないため、私たちは絶対に神を見ることはできません。
「神はいない」というのと「神は在る」という言葉はどちらも正しいのです。

さて話をプライムパーティクルに戻しましょう。
この0次元の点は、ある時意識を発したのです。
ロゴスです。
ロゴスは具体的な運動として現れました。
プライムパーティクルはある方向に移動したのです。
それを「ゆらぎ」ということもできると思います。
その瞬間、立体を構成する最小単位である1~4次元が出現しました。
・1次元=距離
・2次元=面積
・3次元=容積
・4次元=時間(速度)
移動することにより、空間と時間が瞬時に定義されたからです。
それは完全な球をしています。なぜなら球は全ての立体を内包するからです。
そして球はプライムパーティクルによって満たされていました。

$沈黙こそロゴスなり

これが宇宙の原型です。
球の大きさは定義されていません。
なぜなら大きさは球が内包するものとの比によって定義されるものだからです。
プライムパーティクルからすれば、それがほんのちょっと動いた(ゆらいだ)だけで定義されてしまったのですから、あえて球の大きさを定義するなら、限りなく0に近い大きさであり、それは言い換えれば限りなく無限に近い大きさだということなのです。
この状態をメソポタミヤの人々は「混沌」とか「深淵」などと表現しました。
聖書にはこのように表現されています。
「地は形なく、むなしく、やみが淵のおもてにあり、神の霊が水のおもてをおおっていた」

次にプライムパーティクルは、次なる新たな創造として、球の中心から外へ出ようとしました。
つまり創造の次の段階です。
このため、同様にもう一つの宇宙の原型である球が、初めの球に重なるようにしてできました。

$沈黙こそロゴスなり

より複雑な次元の誕生です。それによって「光」が誕生しました。
二つの円の中心を結ぶ、瞳のような構造は、ヴェシカ・パイシスと呼ばれています。これは、√3(1.73205081...)によって描き出される波動と同じ形をしていますが、その波動こそが物理的な光の定義です。

$沈黙こそロゴスなり

聖書にはこう書かれています。
「神は『光あれ』と言われた。すると光があった。...神はその光とやみとを分けられた。...第1日である」
次の創造で、神は光を定義し、同時にこの世界の基本原理、つまり物質次元の法則を定義したのです。

さて、このヴェシカ・パイシスですが、何かに似ていると思いませんか。
まず、こうすると魚の形に似ていますね。

$沈黙こそロゴスなり

そう、キリスト教のシンボルであり、魚座の時代の印であり、シリウスのイルカのマーク...
そしてこうすると、目の形とそっくりです。女性器も含まれます。

$沈黙こそロゴスなり

この図形を次のように重ねていくと、各頂点が√3の値に一致します。

$沈黙こそロゴスなり


それを幾何学的に書き直したのが次の図形です。

$沈黙こそロゴスなり

これは光の波動と完全に一致するのです。
光の進み方を平面的に図式化すると次のようになります。

$沈黙こそロゴスなり$沈黙こそロゴスなり

これは人間の目や女性器が光を受けるための理想的な形をしていることを意味しています。

例えばテレビアンテナは、まるで魚の骨のような形をしていますが、あれは電波の波長に合わせて、もっとも効率よく受信できるように設計された結果です。
それと同様に、目や女性器は光を最も効率よく受ける為の理想的な形をしているのです。

次の段階でプライムパーティクルは、再びもう一つの方向に向かって移動しました。それにより同様の球がもう一つ形成され、球が3つになりました。

$沈黙こそロゴスなり


これは原子を構成する基本的な形であり、「物質」が誕生したのです。
聖書では2日目に「水と空」がつくられたと表現されています。
物質の最小単位であり、原子の基本形である「水素」の誕生です。
水素は互いに結びあって、いよいよ物質的な宇宙が誕生したのです。

私の敬愛する師匠の、トランヴァロ・メルキゼデク師は、この原理について詳しく教えて下さっています。その講義内容は『フラワー・オブ・ライフ』という本にまとめられていますので、詳しく学びたい方はそちらをお読みになられたらよいと思います。

師によれば、最初の球体が創造されてから、それが一つ一つ増えていき、シード・オブ・ライフという形になる過程は、聖書に書かれている創造の7日間に対応しているとのことです。

$沈黙こそロゴスなり
(シード・オブ・ライフ)

そして素晴らしいことに、この原理と全く同じことが、受精卵で起きているのです。受精した卵子の中で細胞分裂が起きていますが、その過程はこのシード・オブ・ライフの形成と全く同じです。受精卵では最終的に512個まで球が増えた後、その生物の固有の形へと進化していきます。
宇宙の誕生と成長の過程とまったく同じことが、女性の子宮の中で行われていると知ったら、生命が誕生するという出来事が、いかに崇高なことか理解できるのではないでしょうか。

$沈黙こそロゴスなり

つづく