無限とはなんでしょうか。
よく無限の宇宙というような言い方がされることがあります。
宇宙は無限なのでしょうか。
宇宙を無限と言った時、それは無限に大きいことを意味することが多いのではないでしょうか。
例えば宇宙の大きさを例えてみましょう。

私たち人間の背の高さは、せいぜい2m前後がやっとです。
それに対して、地球の大きさは12,756km。つまり人間の約638万倍...
地球の表面の71%は水で覆われていて、残りの29%の陸地のわずかな地域に60億人もの人が住んでいます。
さて、この地球。太陽系の中ではどうなのでしょうか。

実は太陽系の全質量のうち、99.8%は太陽です。残りの0.2%の中に全ての惑星、小惑星などが含まれるのですが、その中の半分以上は木星で、地球は木星の318分の1しかありません。ずいぶん小さいですね。
でもその太陽系も、銀河系の無数の星々の一つに過ぎません。太陽を1とした場合、銀河系の質量は最大で3兆倍と考えられています。
ところが、そんな銀河はこの広い宇宙に無数に存在しているのです。地球から観測できる銀河の数は10万個以上と言われていますから、いかに宇宙が広いのか、そそしていかに人間は小さな存在なのかということが、なんとなくわかるでしょうか。

こんなに途方もなく大きく広い宇宙ですから、無限であると考えてもおかしくありません。
ところが、幾何学を学ぶとわかるのですが、無限に見せかけた有限の空間というのが存在します。その空間の中にいる限り、それはどこまで行っても無限なのですが、本当は有限で、ただそこに到達することができないという性質のものです。
そういうことをふまえて宇宙を見ると、物質的な空間には必いつか限りがあると考える事ができます。

となると、神の無限性ということはどうやら大きさではないようです。
そうなんです。大きさを定義しようとすると、必ずそこに差異が生じます。
差異が生じれば、そこから計測が可能となります。
計測可能なものは無限であるはずがありません。
無限とは計測不可能です。しかも大きすぎて測れないというものではありません。
実際、星々の光のスペクトラムの違いから、現在観測可能な宇宙の端は、地球から約137億光年先にあると考えられています(1光年は9.5兆km)。
つまり宇宙は測れる以上無限ではありません。

無限とは計測不可ということです。
計測不可であれば、そこに一切の差異を見いだすことができません。
差異を見いだせないということは、違いがゼロであるということです。
神の無限性とは「違いがゼロ」「差異がない」といえるのです。
つまり言い換えれば、神は私たちを含むこの世界の全てと完全に同一であると言うことができます。
自分自身、そして自分の目の前にあるもの、自分の周りを取り巻く世界、隣人、友人....、すべてが神と全く同じであり、そこに何の違いもないということなのです。
ゆえに神は「遍在する(どこにでもいる)」のです。
「え~、でも私とこの目の前においてあるプラスチック製のあひるのおもちゃとは、ずいぶん違うと思うのですが...、それのどこが無限で、神なんでしょうか...?」

このことをもう少し詳しく、プライムパーティクルという概念を使って説明したいと思います。
つづく