量子が波動であるということの持つ意味は非常に大きなものです。
なにせ波動自体は物質でもなんでもなく単に「運動」だからです。
残念ながら「何が」「運動」しているのかは、いまだにわかりません。
ですから科学者たちは、それを仮に「エーテル」と呼んだり、最近はダークマターや、ダークオブジェクトなどと呼んでいるわけです。
さて物質の基本となる量子が波動であるということは、まず、私たちが物質だと思っているものが、ほんとうに幻影でしかないということを意味しています。
もともと実質的に10万分の1しかない物質の本質が、さらに波動という「何か目に見えないものの運動の結果」でしかないというわけですね。
あえて本質が何であるか定義しようとするなら、前述の、私たちの目に見えない何かとしか言えないのです。
そしてこのことはもう一つの意味を示しています。
それはすべての物質は、自分も含めて、それぞれの場所に点在するのではなく、波動という形で空間全体に満ちているという事実です。
例えばテレビ放送などの電波は、発信源となるアンテナを中心に、半径数十キロにも拡がっています。
しかし実際は電波はもっと遠くまで拡がっており、高性能な受信アンテナさえあれば、数百キロから数千キロ先からでも受信することができます。なぜなら、電波という波動は遮蔽物さえなければ、無限にどこまでも拡がっていくからです。
私たちも波動です。
テレビ電波のアンテナのように自分を中心として、どこまでも拡がっているのだとしたらどうでしょうか。
そこになんらかのアクセス方法があれば、宇宙のどこからでもアクセスが可能だと言えるのです。
たとえそれが、数億光年離れた別の銀河からでもです。
さてここでアインシュタインの相対性理論に慣れてしまっている人は不思議に思うことがあります。
仮に物質が波動として無限に拡がっているとしても、数億光年先で受信できるのは、数億光年後のことでは?
その頃にはその物質は存在しないのでは?
という疑問です。
それは、相対性理論が光の速度を絶対的な最高速度であると定義しているからに他なりません。
しかし光より速い伝達速度があったら、相対性理論は成り立たないことになります。
さて「波束の収縮」という論理実験があります。
ここに中の見えない箱が一つあり、その中に量子が一つ入っているとしましょう。
量子は波動なので、この時量子は、この箱の中全体に満ちていることになります。
ここで箱の真ん中に仕切り板を差し込みます。中を見ない限り、量子は波動ですので、板でしきられても、同様に箱全体に満ちていることに変わりありません。
さてここで、箱の真ん中に刺さっている仕切りの中心を綺麗にスライスして、箱を開けることなく、箱を2つにしてしまいました。
量子は? 波動である限り、箱が2つに分かれても両方に満ちているのです。この場合、箱と箱の空間は仕切りの一部でしかありません。
では2つに分けた箱の1方をロケットに積んで、数光年離れた隣の太陽系までもって行ったとします。
量子が波動である限り、箱と箱の間の距離は関係ありませんから、この時点でも量子は両方の箱に同時に満ちていることになります。
ではここで質問です。
どちらか一方の箱を開けた時、量子はどのように振る舞うのでしょうか?
ヒントは2つのスリットの実験です。この実験結果から推測できることは、一方の箱を開けた瞬間に量子は波動から粒子に姿を変えるということです。
そしてどちらか一方の箱の中から発見されるのです。
さらに、どちらの箱から現れるのかは、観測者次第ということなのです。
この量子の振る舞いを「波束の収縮」と言います。
波動として2つの箱に満ちていた(正確には箱の間の空間にも満ちている)量子は、一方の箱を開けた途端に、瞬時にして1粒の粒子に「収縮」するからです。
そしてもう一つわかることは、その収縮にかかる時間が限りなくゼロであるということです。限りなくというのは、ゼロではないかも知れませんが、少なくとも量子が波動から粒子に変わる瞬間を観察できた研究者がいないからです。なぜならそれは見たときにはすでにどちらかだからなんですね。
この収縮にかかる時間が限りなくゼロであるという法則は2つの箱の距離が、数光年だろうと数億光年だろうと変わらないということです。
つまり超光速どころか、瞬間移動の世界です。
すべての物質に、この原理が適用されるのは間違いありません。
なぜならミクロの世界では物質はそのように振る舞っているからです。
この波束の収縮という量子の原理を理解するということには重要な意味があります。
先ほどの例のように、個々の人間をテレビ放送局の送信アンテナと見立ててみると、宇宙のどこからでも、瞬時に今のその人にアクセスできることを意味します。
さらには過去にさかのぼってもアクセスできることをも意味します。
そしてもうひとつのポイントは未来です。
実際のところ、量子の振る舞いは時間に関係ありません。過去にさかのぼれるなら、未来にはどうだ? というわけです。