魔女とレヴィ 第5話 桜の行方 


長い準備の果てに、ジャンとアルはついにその時を迎える。

庭の古い桜の前に立ち、両の手を幹へと添えた。

空気が震え、花びらが一枚、風もないのに舞い上がる。


レヴィとエルは、少し離れた場所で静かに見守っていた。

若い二人の背中に、言葉よりも深い祈りが宿っているのを感じながら。


やがて――淡い光が桜の根元に集まり、そこから人の形が立ちのぼった。

霞をまとうような姿。春の陽だまりの中に溶けるような笑み。

現れたのは、どこか懐かしさを湛えた穏やかな男性の姿だった。


その優しい眼差しを見た瞬間、百合夜の胸がきゅうと締めつけられる。

「……正樹」

震える声が零れる。


その名を呼ぶ彼女の横顔を、レヴィは黙って見つめた。

瞳の奥に、ひそやかな痛みが走る。



百合夜は目を閉じ、静かに息を吐いた。

そっと開いた瞳が、懐かしさに揺れる。


ジャンとアルは桜の妖精の前に立ち、真剣な面持ちで言葉を紡ぐ。

「今から大地の力を送ります。少しでも元気になりますように」

ジャンが両手をかざすと、柔らかな光が土から立ちのぼった。

アルが続けて祈るように呟く。

「優しい雨の癒しを――」


だが、桜の妖精は静かに目を閉じ、首を横に振った。

その頬に浮かんだ笑みは、どこまでも穏やかで、少し切なかった。


「なんでだよ!」

ジャンの声が、春風を震わせた。

「少しでいいから、百合夜さんに花を見せてやってくれよ!」


その言葉に、アルも必死に手を伸ばす。

「百合夜さん、ずっと寂しそうだったんだ……!」


「ジャンくん、アルくん……」

百合夜はふたりを見つめ、微笑みながらも目を潤ませた。

「ありがとう。でも――もう、いいの」


それでも二人は力を注ぎ続けた。

光が強くなり、桜の枝がわずかに揺れる。

けれど、妖精はただ微笑みながら、その光の中で薄れていった。


レヴィがそっと二人の肩に手を置く。

「……もういい。もう、休ませてやれ」


ジャンとアルは息を詰まらせ、静かに手を下ろした。

エルが穏やかに言葉を添える。

「ジャン、アル。病は癒せても、寿命までは変えられないんだよ」


百合夜は二人を抱き寄せ、柔らかく頭を撫でた。

「ありがとう。本当に、私のために……」


振り返ると、桜の妖精が微笑んでいた。

その姿は春の光に溶け、花びらとなって散っていく。


風が吹き抜ける。

ひとひら、またひとひらと舞う花が、空へ帰っていった。

残されたのは、やさしい香りと、静かな温もりだけだった。





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