「台湾国語」と「台湾華語」 その2️⃣ | 台湾華語と台湾語、 ときどき台湾ひとり旅

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しかし1990年代、民主化&「台湾化」に伴う「台湾語」の地位向上とともに「台湾国語」の地位も向上してきました。少なくとも台湾ナショナリズムを支持する立場からは「台湾国語」を擁護する議論が出されてきます。


洪惟仁氏は極端に「台湾語」っぽい「台湾国語」と、一般に使われている「台湾国語」とを区別し、後者は官話(マンダリン)の新しい変種であり、すでに「現在の各族人の共通言語」になっていると分析。仇志群氏も同じように、「台湾国語」はすでに一つの既成事実である、と指摘しています。


曹銘宗氏はその名も『台灣國語』という書籍の序で、「台湾国語」の社会の受容度を次のように分析しています。


以前は国語の発音が標準的でなければ恥ずかしい思いをしたものだが、その後逆に「親しみ」を感じさせるものに変わってきた。数年前、林洋港が台北市長になったとき、その「標準的台湾国語」で以ってテレビなどマスコミの注目を集めた。すなわち郷土の味わいの魅力を感じさせ、民衆の好意を勝ち取り、親しみに溢れた『阿港おじさん』になった。李登輝が総統になったとき、彼の言葉は「台湾国語」であったけれど、それまででもっとも「聞き取れる」国語を話す総統になった。(中略)(広告や CM で)「台湾国語」はアピールポイントであり、すでにかなりの「社会基礎」を持つようになったと言える。



そして、次第に一般の人の話す「国語」は「台湾国語」として意識されることが少なくなります。「台湾国語」とは、一部の人が話す、「台湾語」の影響を強く受けた特別な「国語」のみをさすようになってきました。それ以外は、たとえ台湾独特の、台湾的な「中国語」であったとしても台湾の中では特別視されることはなくなっていきます。


そして現在、多くの言語学者が指摘するように、その台湾的な「中国語」が、台湾の標準、台湾社会における既成事実としての「規範」となっていると言えるのではないでしょうか。(「規定的規範」の問題はまた別。詳しくは🈁過去記事






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【参考文献】


◯洪惟仁「直接教學法如何扼殺台語(1987)」『台灣語言危機』前衛出版社p140~143 (1992)  

◯仇志群「台湾五十年来语文规范化述略」『 语文建设』总99期p39~43(1996)第9期 

◯曹明宗『台灣國語』聯經(1993) 

◯曾心怡「當代台灣國語的句法結構」國立台灣師範大學華語文教學研究所碩士論文(2003)