そこで“口頭禪(口癖)”の話になって、台湾には“~~的説”があるよね、と若い台湾女子が言っていた。この“~~的説”だが、知らないと、ホントなんのことかわからなくて、中国語学習者は、「なんでこんな簡単な文章が分からないんだ!?」と自分で自分を責めたくなるのだ。
でもだいじょうぶ。この“~~的説”、まず、何の意味もないことが多い。“的説”を無いものと考えて訳せばふつうに意味がとれる。“他吃過飯了的說” はつまり、“他吃過飯了”であり、“的説”は無くても全然いいのである。
ただ、「~なのに」というニュアンスがある場合もあるようで、それはお約束、台湾語の影響である。
だいぶ前の記事で、台湾語の「続きがあるんだよ」マーカー(中国語で言うと“意猶未盡的言談標誌”、訳すと「まだ言い尽くしていないことを表す語用的マーカー」くらいな感じ?)のことを書いた。(→台湾語の文法②続きがあるんだよマーカー) その言葉で終わっていると、実はまだ言いたいことがあるのだ(言わないけど)ということがわかるしくみである。マーカーにはいくつかの語があるが、華語の“説”にあたる“講(kóng)”もそう。“講(kóng)”で終わっていると、「~なのに」というようなニュアンスが出る。例えば、
柳丁足甜的講。
だと、例えば後ろに“無人欲食”(誰も食べない)とか、“賣成俗”(とても安い)といったことばが隠されている可能性があるということ。「オレンジはとっても甘いのに・・・(誰も食べない/とても安い)」と言った意味になる。或いは、
彼間店的物間足貴的講 (生理則好/逐個愛來這買 )。
あの店の品物はとっても高いのに・・・(商売はうまく行っている/みんなここによく買いにくる)。( )の中は実際には言わないセリフである。
これが“~~的説”の起源なのである。なるほどね。
でもだいじょうぶ。この“~~的説”、まず、何の意味もないことが多い。“的説”を無いものと考えて訳せばふつうに意味がとれる。“他吃過飯了的說” はつまり、“他吃過飯了”であり、“的説”は無くても全然いいのである。
ただ、「~なのに」というニュアンスがある場合もあるようで、それはお約束、台湾語の影響である。
だいぶ前の記事で、台湾語の「続きがあるんだよ」マーカー(中国語で言うと“意猶未盡的言談標誌”、訳すと「まだ言い尽くしていないことを表す語用的マーカー」くらいな感じ?)のことを書いた。(→台湾語の文法②続きがあるんだよマーカー) その言葉で終わっていると、実はまだ言いたいことがあるのだ(言わないけど)ということがわかるしくみである。マーカーにはいくつかの語があるが、華語の“説”にあたる“講(kóng)”もそう。“講(kóng)”で終わっていると、「~なのに」というようなニュアンスが出る。例えば、
柳丁足甜的講。
だと、例えば後ろに“無人欲食”(誰も食べない)とか、“賣成俗”(とても安い)といったことばが隠されている可能性があるということ。「オレンジはとっても甘いのに・・・(誰も食べない/とても安い)」と言った意味になる。或いは、
彼間店的物間足貴的講 (生理則好/逐個愛來這買 )。
あの店の品物はとっても高いのに・・・(商売はうまく行っている/みんなここによく買いにくる)。( )の中は実際には言わないセリフである。
これが“~~的説”の起源なのである。なるほどね。