私の生き方とは | 春はあけぼの 女は美学

春はあけぼの 女は美学

50過ぎた女が感じたこと、考えたことを書いてます

こんにちは。渡邊美帆子です。



アラフィフオンナが、
感じるままに綴るブログです。

 

————————————————————
 
昨日、さまざまなことが起こって
ようやく言葉にすることが
できるようになったと書いたが、
 
 
その続き。
 
今、私がコンサルを受けている
リンダさんこと林田眞美さんから、
先日、ビジネスだけではなく
自分の人生をもっと丁寧に考えていくことを
提案してくださり、
それに関してずっと考えていた。
 
商品をどうするかとか
集客とか
そういうことだけではない
アラフィフとして、
もう若い人のように先が長いわけではない。
これからどう生きていくか
それを考えるようにアドバイスしてくださる
リンダさんには脱帽である。
 
 
もともと、
将来のことなど
これからどうするかなど
まるで考えていなかった刹那的な私は、
 
これからの私が
どのように生きて
どのような価値観を持っていくのか
 
改めて丁寧に向き合うことが
とても大事であると実感した。
 
 
そんなことが頭にあって
悶々と自分に向き合っていた時
 
篠崎龍治さんの、沖縄リトリートシェア会で
聞いたお話が
何だかようやく時間をかけて
 

篠崎さんから、ご自分の体験に基づいた
心と頭の「自己一致」としての
お話を伺った時、
 
私のブログも読んでくださり、
アクセスが多いものの特徴を教えてくださり、
(此処では詳しくは話せないのだが…)
 
自分の中での
言葉と思いと感情と感覚と
全てが渦巻いた。




その時に思った感情は
本当は本当は言葉にできない。
思っていることって
 
いわゆる、
「快不快」「喜怒哀楽」に
 
「!」
 
をつけたもの。
だと私は思っている。
 
 
小さな頃から読者感想文が得意だったが、
感想文って、
本を読んでいる時は無心であるにもかかわらず
もちろん感情の揺れ動きはあるけれど
後からそれを付け加えていく
嘘っぱちの作業だと思っていた。
その嘘っぱちの作業で、
本の主旨に従って
大人が喜びそうなことを書いていけば
それなりのものが仕上がるんだなあと
子供心に思っていた。
 
 
 
今、自分が書いていることは嘘偽りない。
これだけはハッキリ言える。
幼い時の読書感想文とは違うのだ。
 
 
一つの言葉を必死になって納得するまで
とことん向き合う作業は
決して妥協してはいない。
 
 
 
そう、私は、
心と頭を一致させるために
文章を書いている!
 
 
心で感じたことを頭で考えて言葉にするのは
やはりそこには誤差が出てくるのは否めない。
 
だからこそ、
誤差が出てくるからこそ
近いものにするために
必死にその感情を頭で考えて
文章を書いているのだ。
 
 
こういうこだわり。
私の中で譲れないもの。
 
心(感情)と頭(理性)
そして身体(感覚)をも調和してこその文章。
自分の中での大切なものは
決して妥協しない。
 
でも、それを人には押し付けない。
ただ、
一人で呟くだけ。
 
自分と調和しつつ
集団の中でも調和しつつも
同化されず
自分の色は変えない。
もちろん、時に新しいものが入ってきた時には
自分のものとして受け入れることもある。
捨て去ることもあるかもしれない。
 
その取捨選択は
 
自分で決める。
 
 
篠崎さんから伺ったお話と、
リンダさんから教えていただいた
自分の向き合い方により、
 
私の中で、自分の生き方というか
人生の理想というか
そんなことが少しずつ固まりつつある。
 
 
同時期にお話を伺うことができたお二人には
感謝しかない。
これからどんな人生が待っているのだろう。
 
ワクワクしかない。
 
 
篠崎さん、リンダさん、
ありがとうございました。