ヌードな貴方が目覚めるセルフオーガナイズ            ~もっと深く、もっと奥へ~ -3ページ目



こんにちは。官能美オーガナイザー蓮澤直美です。





今、しあわせ?と息子にきいてみたら、

瞬発いれずに『しあわせだよ!!』と答えてきた。







「…じゃあ、もし今の彼女を失って、会社の経営もうまくいかなかったら幸せっていえる?」

「うーん………、どうかなあー…」

「なら、今のしあわせは理由のあるしあわせなんだね」

「そりゃそうだよ。24歳で理由もなくしあわせだったら、悟りの境地になっちゃうよ」と息子。

「あーー…、じゃあママは理由なく今しあわせだから悟ってるんだあ♡」

「かーちゃんみたいに、しあわせだあ〜なーんにもしたくなあ〜い!とか言ってたら、俺、なにも行動しなくなって男としてどうかと思うしね」







がーん… そんな感じにみえてたとは…と思いつつ私はこう返した。

「なにもしない息子はめいわくっっ!あと、行動って葛藤があるからするっていうもんね」

「そうだよ。守るものがあるから行動したり、理由のあるしあわせのほうが男として最高だと俺は思うけどね」

「…なるほどねー。パパもそうだったのかなあ。
男がそうなら、女は反対でバランスがとれてるのかもね」







息子と暮らしていると、

このような学びのセッションタイムが

何度も突然!訪れる。







日常のありふれた生活の中で、

わたしは官能美オーガナイザーと化し

息子や友人達から、恋愛やセックスの相談なども数多く受けるのである。

特に息子と性について語る時間は濃厚なので

YouTubeでライブ配信したいくらいだ!







恋愛やセクシャリティーに限らず、

性は、どう生きたらいいのか全ての答えがある原点である。

性が開くと

しがらみや執着が強い家族関係の問題も、

自然と勝手に解決する流れが生まれる。

日常的な出来事(親子関係、お金、経済、健康、食事、etcなど)が、

性と根源的に深く繋がっていて

人の在り方の本質を浮き彫りにすることを

夫を亡くしてこの数年の間に、

わたしは何度も体験した。

なので感覚で『性的にむしずがはしる』ときは、

その場その人からとっとと去ることが

得意中の得意となった。(前からだけど)







ところで、この会話のしばらく後、

息子は大切な彼女と

とても哀しい状況で別れた。







かーちゃん…ちょっと相談にのってくれない?
と、彼は何度も話してきた。

状況を聞いたわたしの目に涙が浮かんだのを見た息子は、

いつもの自信溢れる表情が激しくゆがんで

泣きはじめた。

あかちゃんの頃から

息子が泣くと抱きしめてあやしていたけど

この時ばかりは

彼に触れることは許されない自立の涙だった。







わたしを遥かに超える身体をした24の男が

愛しい女性を失って泣く姿を見ている

母の自分は

胸が張り裂けると同時に

『理由のあるしあわせ』を

ひとつ手放そうとしている彼の将来が

明るいと確信して疑わなかった。






男性とはこうである、

女性とはこうである、

というよりは

自分の中にある女性性と男性性を統合して

人生のあらゆり波を乗りこなすことが大切だと

知っているからだ。





誰かを救おうとする男性性の純度が極まると、

誰も救わなくていい。

起きることは全て完璧で、

救うべきは

助けたいと思う他への信頼感が欠如している自分自身。


だと目覚めるので

哀しそうな、不しあわせそうな息子の姿を見るたびに

ほっておく!わたしでいられるのが

とても居心地がよかった。







そしてこの数日間、

息子は何故か自然と

理由がなくてもしあわせそうに見えてきた。

TVを見ながら大笑いしていたり

お風呂に入って鼻歌をうたったりしている。

「みんなマスクしてるから、ナンパができないーーー!」


とまで言う…。







ライブな息子の日常のおかげで

ほんとうに、

息子や全宇宙を創造(性の統合)を生みだしているのは

わたしの在り方ひとつなんだと

感じる。







そして、あいかわらす私の好き嫌いは激しく

したくないことはしない、

したいことは自然にできてる♡という、

理由のないときめきを堪能する日々である。










































こんにちは。官能美オーガナイザー蓮澤直美です。





性は、私を抗えない魅力で惹きつける。

性なしには、私の人生はカラフルな彩りを失ってしまう。







ブログに『官能美=性』を書かなくなって約2年間、私のテーマは性の本質を追求することだった。

もし性がセックスや男女関係だけならば、

愛する夫や次々と看取った愛する者達の死や、

私自身の体の変化などで

わたしの性は、とっくに終焉している。







でも性には、もっと深い何かが隠れてている。

性は、死や病気や災害の奥深くに潜んでいて、

わたしをもっと深く底へ底へと

ずるずるとひきづり込む魔力がある。







恋愛や男女関係の性は、考えなくても肌で感じる。

だが、性と死がどうつながっているのだろう。

性と自然災害、経済問題がどうつながっているのだろうか。

それをわたしは感得したかった。

観念ではなく肌で、体で、わかりたかった。







夫の死の哀しみがあまりにも深く、

わたしは心を閉ざし、身体を閉ざし、官能を閉ざした。

性がわからくなり、死の哀しみに沈んだ。

1年が経ち、タオの師のもとで舞踊を始めたが

こんどはずっと寄り添ってくれていた二十歳の愛猫、珠ちゃんが他界。

わたしの腕の中で息をひきとった彼女の最後の唸り声が、まだ耳からはなれない。

喪失感でまた動けなくなった時期に、

こんどは息子が国際レベルの経済問題に巻きこまれた。

寝れないことなど一度もなかった私が

心配と不安で何ヶ月も不眠症になった。

そして次に…

大好きな父が、これからという時にとつぜん他界した。







夫の死後2年の間、

これらのことと性が、どうつながっているのか
全くわからなかった。

官能美とか性とか言ってる場合じゃないし、

生きるだけで精一杯の私に

性を語る資格もあるはずがない。

性ってなに!?って

空にむかってなげかけたが

答えが外にあるはずもなく…

心は無性にむなしく、なぜかくやしかった。

生と死の狭間にいるときに

性などなんの役にもたたないじゃないか!と

怒りさえ湧いた。







ただただ、潜在意識のクリーニングとインナーチャイルドのケアをして

合間合間の落ち着いた時期が訪れると

性とは何かをまた考え始める。







ずっとずっと、悔しかった。

性を言葉にできないことが、哀しかった。

性を語るには、哀しみの記憶があとからあとから溢れてきて身体が拒否した。







時が経ち、

夫の死後はじめて私は

このブログを満たされながら書くことができているのは

性の本質を少しずつ体得しているからだ。

極地において潜在意識のクリーニングをつづけて

潜在意識と顕在意識の統合と、

生と死の統合を体感しつつあるからだ。







性エネルギーは

あらゆる意識の合間を流動し

身体のなかの対極にある性器と脳の中枸をつなぎあわせ、

身体と宇宙万物の合間を流動しつなぎあわせるワンネスのエネルギーだ。






性エネルギーは、生と死の合間も流動する。

巡り巡って循環し、万物一体感、ワンネスに目覚めさせる。






性が開くとか、性に目覚めるとかは

もっと脚を開いてセックスしましょう〜…

ではなく(そうであってももちろんいい)

対立する二極化をつなぎあわせて

万物一体感のワンネスに目覚めることなのである。

ワンネスの瞬間的な擬似体験が、セックスのエクスタシーというところであろうか。

生死、善悪、正しい間違ってるなどという対立のエネルギーを統合し

陰陽二つを上昇させ

本来もともとの姿であるワンネス、光にもどるプロセスである。






性を淫乱なこととして封印してきた歴史は根深すぎて

わたし達は問題(と見えるありがたいこと)の奥底に潜んでいる性エネルギーを目覚めさせず、

循環させないまま

すぐに感情の渦に巻き込まれてしまう。

そしてどっちかよくてどっちがちがうなどの対立のエネルギーで

重い体をひきずってしまう…

……忘れたくないのはそんな時にも

性エネルギーは、わたしたちの奥底で小さく小さく渦をまきながら上昇する準備を始めている。

森羅万象全てのものに宿る精霊達(風、光、木々、花etc)が

わたし達に性エネルギーを送りながら

優しく応援してくれている。

小さな蕾が花開くときは、ディバインタイミングで必ず訪れ、

時と空間が

性エネルギーを必ず開花させる。







いま私は、

性を概念で語ったり、伝えたりしたいのではなく

ただ性を生きたい。

生きたいと気づけば、わたし達は性をすでに生きている。






万物は死と再生をくりかえす。

死と生は性エネルギーそのもので

どちらかに執着しているかぎり、性が開くはずもない。






性の本質を体感し、

肌で感じ、

わたしのリズムとペースで生き

そして魂の源に還っていく。

死と生を、性と共存していく。

悦びも哀しみも悔しさも怒りも

カラフルな感情を味わい尽くしてから手放し、

光にもどっていくプロセスが

わたしの雰囲気、色気、ことば、装いとなり

目の色ににじみ出る。






命は永遠だから

何かあっても大丈夫だと頭で理解するより
(いざ何かあったら大丈夫ではいられないのだ!)

体で、

肌で、

何を体験し、感じ、手放し、循環させているかが

自分だけの物語になる。

そのオンリーワンの物語が

自分にとっての最高の人生なのだと感じている。





























こんにちは。
官能美オーガナイザー蓮澤直美です。






夫が亡くなってから

ずっと側にいてくれた親友&愛猫のたまちゃんを
私の腕で看取り、

一人息子が事故にあい、

数ヶ月前に
愛する父が天国へと旅立ちました。

現在は大好きすぎる母の命が
尽きるかもしれない瀬戸際にいます。

…自然災害や、ウイルス騒動なども含め

激動の2年間!!!






夫の真っ白な骨を拾いながら、
性器にも骨ってあるのかな。
って思ったりとか、


たまちゃんの骨を拾いながら、
爪だけキーホルダーにいれて
あとの骨はミキサーの中にいれて
ガーーーーっと粉状にしてる係の人をぼーっと
見るしかできなかったりとか


父の骨を拾いながら
泣きじゃくって
なんで夫の時は涙一つ流さなかったのにとか



真っ白な骨の儚さ、
カラダってはかない…
からこそ生きてるパーツの一つ一つが美しく見えるんだとか。


生きてるからこそ、
性とか
官能美とかがあって


死があるからこそ
生が美しく


善悪双方の清濁な官能を味わえるんだとか


体験からの
言葉を紡げるようになってきました。







愛する魂の死や事故は

問題なんかじゃない。

自然の摂理。

哀しみで眠れなくて、

心配で胸がかきむしられて

もがけばもがくほど

身悶えれば悶えるほど

官能美が奥から目覚めてきて

わたしの色気になる。

服装やしぐさやメイクではだせない、

目に宿る色気になる。

死と性がつながると

存在するだけで

色気を放つんだ。









今のわたしは、

前にも増して自由。

哀しみの扉の向こうには

何にも執着することなく

全てを手放すことができるホンモノの自由な人生が開いている。







と同時に

ただ生きて
感覚に従って動くだけで

お金や人脈が
豊かに舞い込んでくる。

性とお金って深く繋がっている!








体感がなくて
前は言えなかったこと。
セッションではお伝えできなかったことがあります。

それは…

また次回に書きますね。




































こんにちは。
官能美オーガナイザー蓮澤直美です。





わたし達女性が、

オンナで在る前に何か他の性であろうとするとき、

恍惚感を忘れるとき、

気持ちよく生きることを我慢するとき、

悦びを選択しなくなったとき、

美しい女性でなくなります。





再投稿です。










朝日を浴びて、想う。

こんな日が私にもきたのだと。









目の前で、

苦しみ、悲しみ、痛み、張り裂けそうな胸の内を

泣きじゃくりながら全開で開示する、

あなたの側にいる私。








その悲しみを、昇華したい。

ただ見守るしかできないもどかしさがあるけど

全力で、全身で、祈る想いで包むことしかできないけど、

その痛みを変わってあげることはできないけど、

私は知っているの。

あなたの行く先を。









あなたと同じように、私も、もがいた。









素敵なパートナーが欲しいって。

綺麗になりたいって。

何か、達成したいって。

能力と実績が欲しいって。

お金を稼ぎたいって。

愛して欲しいって。

守って欲しいって。

どうしたら、幸せになれるの?って。

もっともっと、頑張らなきゃいけないの?って。

これ以上、何をしたらいいの?って。








言葉にできない、

声にもならない虚しさを抱えこんで、

(方法論)や、知識を溜め込んだ。








でも、今ならわかるの。

世の中に出回っている情報や知識は、

ほとんどが、【男性性社会】を中心に廻っていることを。








本物の幸せや自由は、男性性社会の情報では得られない。

だって、私たちは、オンナだから。

官能を敏感にし、関係性=エロスを本質とするオンナで在るから。








オンナであること。

女性性を慈しむこと。

命の根源である、性的エネルギーを理解すること。

そして1人のオンナとして自立し、

自由を謳歌すること。









今この一瞬に、【全てがある】と知るのが、

オンナの底力。

それは、ないものではなく、既にあるものに目をむける力。








幸せは、過去でも未来でもなく、

毎瞬、毎瞬、与えられるもので満たされるのが

オンナの生命力。








女神の官能美は、

私たちの不愉快な状況を

ありのままに受け入れて、昇華する。






女神の官能美は、オンナとして、

突き抜ける覚悟をした者に

寄り添い続ける。








女性性を護るのよ。

オンナを生き抜くのよ。








そして、男を英雄にするのよ。








私達が、いちばん近くにいる人の頬をそっと撫でる優しい風になる時に。

いちばん近くにいる人を、無条件に愛した時に。








オンナで在る喜びが目覚めるのよ。

オンナで在る自信がつくのよ。

オンナに生まれた意味があるのよ。

そこから、私達の男性性も開いていくのよ。








女性性を受け入れることで、全てが変わる。









受け入れることで、

全てに変化が起きる。

このパラドックスを謳歌するのが、女神の官能美。






{144A2555-1912-4DA7-AB69-47FDB31C56B3:01}



こんにちは。官能美オーガナイザー☆蓮澤直美です。





パリの有名デパート!

今頃は、クリスマスで綺麗ですね。










目をつぶると、夫の存在を感じます。

亡くなっても、

目をつぶるだけで

一緒になれる。

目を開いて、

外に夫を見ようとすると

とたんに哀しくなるのですが。








やっと体験できたのです。

愛する人と分離する体験が、

わたしの孤独を昇華する最高のパフォーマンスなのだと。








わたし達オンナは、

誰かと一緒にいても

いつも孤独を抱えています。

底知れない哀しみは、

いつもつきまとっていて

外の誰かを求めたり

外の何かをしたりすることでは

決してうまらない孤独。








愛する人と

死によって分離することで

全身が引き裂かれるような痛みを体験することで







愛する人と一緒にいても感じていた

かすかな孤独感が

一気に昇華していくプロセスを体験しています。








だって、感じるのです。

じゅうぶんに愛されているのだと。








分離を体験して、

はじめて



本当は離れていないと

感じるのです。







孤独感は、

愛されていない不安や

分離しているという幻想が生み出した妄想なのですね。







目をつぶると、

圧倒的な愛に包まれて

もうじゅうぶんだよ〜ってほど

夫から愛されている。

護られている。







クリスマスイブに

ひとりでいられるのは

きっと

愛されている自信があるから。


それが、

オンナの勲章という

夫からの

最高のクリスマスプレゼントなのでしょう。






パリの教会。