親戚について考えた | うさブタ百面相絵日記
昨日のうさブタタウンの計画停電は夜でした。
夜の停電は初めてだったので、前日から怖いなぁ~と思い、
違うグループのエリアに出かけようかと考えていました。
そうしたら、富士川を越えた旧富士川町の親戚が
何かと不便だろうからおいでと声をかけてくれました。
(そちらは中部電力なので停電は関係ないんですよね。)

その後も、先日泊めてくれた近所の親戚が、
自分達も同じエリアでの停電なのにまた声をかけてくれました。

うさブタ、こんな歳になってまでも、
親戚から気遣ってもらい…
ありがたくてありがたくて。
おじさんやおばさんたちから見れば、
うさブタはいつまでも子供で、しかも家で一人でいるなんて、
放っておけないのかもしれませんね。

どちらの家のおばさんも、
『久しぶりに姪っ子と夕飯食べるの!』とか
『娘のつもりで、料理たくさん作ったからとりにおいで』と、
はりきって料理をしてくれ、うさブタが顔を出せば、
嬉しそうに、みんなでたくさんおしゃべりし合いました。

地震は怖くて怖くてたまらないし、停電も不便です。
でもこれが、とってもいい機会になりました。
普段から交流がある近くの親戚でも、
じっくりゆっくり話したり、
食事をご馳走になったり、
ましてや泊まったりなんていう機会は
めったにないんですもの。

遠慮して断ることも考えましたが、
うさブタにとってはうれしいしありがたいし、
母や妹にとっても安心できるし。
なにより、甘えることも『おじさんおばさん孝行』かな、
な~んて思ってね。

そんな今日このごろ…。

でも、こんなうさブタの幸せの裏に、
実は悲しい出来事も起こっていました。

福島に住んでいたいとこのお兄ちゃんが、
突然亡くなってしまったんです。

被災地とは少し離れたところに一人で住んでおり、
地震の直後は連絡もとれていました。

ところが、その数日後、病気で亡くなってしまったようです。

最初は震災の混乱で何かの間違いだと信じていました。
詳しい状況もまったくわからなかったし、
家族もすぐに福島へは確認に行けないし。

でもやっぱり本当で、でも信じられなくて…。

すべてのことに悔しくて悲しくて、
泣いて泣いて泣きまくりました。

どうしてお兄ちゃんがこんなことに?
どうしてこんな震災の時に震災のひどい県で?
どうしてこんな大事な時にお父さんはいないの?

考えても考えても、答えは『神の与えた試練』としか
思えません。

お兄ちゃんは小さい頃からとてもやさしくて、
年に数回しか会わないのでモジモジしている
うさブタにも、気さくに話しかけてくれる人でした。
うさブタの本当のお兄ちゃんだったらどんなに
うれしいだろうと、よく思ったものです。
大人になってからもそれは変わらず、数年ぶりに会っても
いつも如才なく、やさしく話しかけてくれました。
頭も良くてやさしくて、とにかくあこがれで自慢の
『いとこのおにいちゃん』だったんです。


震災の混乱もあって運べないということで、
遺体は現地で火葬することになりましたが、
今は斎場も大混雑だそうです。


うさブタは、もう骨になってしまったお兄ちゃんにしか
会えません。
寂しいよ、お兄ちゃん!
もう一度話がしたいよ!



親戚って、友達とも違うし、家族とも違って、
なにか特殊なつながりな気がします。
苦しみも悲しみも嬉しさも楽しさも共有できる、
関係の濃い親戚に恵まれて、幸せだなぁと思います。



父の事故を皮切りに悲しい出来事が続いて、
暗い記事ばかりでごめんなさい。

ここに書くことで、うさブタの気持ちが整理できて
落ち着けるとご理解いただき、ご容赦ください。