今回は
\実家の整理での気づき/
義母が残した記録と家族の思いの整理について
几帳面に残されていた「日々の記録」
日記、家計簿、雑記帳など
日々の出来事や気持ち、旅行、
食べて美味しかったモノ、
季節の歳時記、読書の記録、
新聞の気になった記事について。
さらに、新しく購入したモノや
修理したモノの記録、
お祝いごとや香典の記録なども
キチンと残されていて、
カテゴリーごとに分けられた
その記録帳は、何十冊もありました。
年賀状は家族ごとにまとめられ、
孫ひとりずつのアルバムまで
丁寧に作られていました。
(息子のアルバムは持ち帰り、フォトブックにしました)
「いつ書いていたのだろう」と思うほどの量
義母は長く保育の仕事に携わり、
退職後は民生委員として
義父の病気がわかるまで働き続けた人です。
その生活の中で、
これだけのモノを
「いったいいつ書いていたのだろう」と
ただ驚くばかりでした。
今でいう「手帳づくり」のような
感覚だったのかもしれませんね。
きっと義母の楽しみながら
ひとつひとつ書き記していたのでしょう。
自分だったら読まれたくないから
その気持ちの深さが伝わるからこそ
義姉も夫も最後まで手をつけられず…
いちばん感傷的にならずに済む立場の私が、
まとめてクリーンセンターへ運びました。
義母は病気ではなく、ヒートショックで
なくなりました。
突然この世界から旅立つことになるなんて
義母自身もまったく
予想できなかったことでしょう。
そして、きっと日記は誰にも
見られたくなかったのではないかと…
私だったら読まれたくありません。
だから、義母の日記には目を通さず
そのまま紙袋に入れてガムテープで留めて
クリーンセンターへ運びました。
家族にも他の人にも見られたくないモノは
元気なうちに手放しておくことを
心からおすすめします。
クリーンセンターに運んだ量は「400㎏」
業者さんに買い取ってもらったり、
引き取ってもらった量はわかりませんが、
クリーンセンターに持ち込んだ量は
「400㎏」ありました。
もし家に残したモノを
全て出すことになっていたら
相当な量になり、
滞在日数も限られていることから
自分たちだけでは解決できませんでした。
「片づいて見える家でも侮れない」
しみじみ感じました。
東京に戻ってから私たち自身も整理を開始
東京に戻ってきてからも
夫と私の片付けスイッチは入ったまま。
それぞれ少しモノの整理をしました。
例えば、実は結婚式の出欠席のハガキが
まだ残っていたり、
アメリカ赴任前に出かけた
京都旅行でつくった花器も手放しました。
夫は「おふくろの思い出のモノで苦労したから
同じことにならないようにしよう。
今やるのか、もう少し先かの違い。
だったら自分たちでやろう」と言われました。
私よりもアドバイザーっぽい??
私は一気に思い出のモノを手放さなくても
良いと思っています。
ただし、収納する場所を確保し、
何が入っているのか分かるようにラベリングし、
定期的に見直すこと。
これはマストだと思っています。
勢いも必要で大切だから
気持ちが乗っている時は
今がタイミング!と思って
すすめてみてくださいね![]()
心地よい空間と豊かな気持ちは
豊かさを引き寄せます
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