こんばんわ![]()
今月英語教室ないなーと思ってたら、
先生はイタリアの家に帰ってますの。
なんで![]()
あー、冬季オリンピックやってるのイタリアだからか。
と今頃気づきました。
先生お元気でしょうか。
フィギュアのフリーを観たらお帰りかしら。
どうか元気でご帰国ください。
今日は暦の上では「雨水」なのに雨降らなさすぎ![]()
永松茂久著ー2025年11月発行ー。
令和で一番売れた本として知られる『人は話し方が9割』。
出版不況といわれ、書店の数が減り続けるなか、
なぜこの本は単行本の通算売上データで「令和で一番売れた本」
になるまで、売れ行きを伸ばし続けることができたのだろうか。
この本は『読まない人に、本を売れ。』は、
その舞台裏を著者自身の体験をもとに描いた、臨場感あふれる1冊。
たこ焼き屋、本を書く
ワクワクしすぎて借金4000万
2001年3月、26歳だった著者は地元・大分県中津市の
小さなスーパーに3坪のたこ焼き屋をオープンした。
オープン当初の大行列は長くは続かず、
苦肉の策として九州各県のスーパーマーケットを回る
「行商」を始めた。
いま思えば、悪気のない零細ブラック企業そのものだった。
スタッフから「辞めたい」という声が上がり始めた頃、
手に取ったのが、
『「惚れるしくみ」がお店を変える!』という本だった。
そこには「お客さん、そしてスタッフがワクワクできる仕組みを
つくることが商売繁盛の鍵である」と書かれていた。
早速、みんながワクワクできるたこ焼き屋の図面を考え始めた。
予算度外視で夢はどんどん膨らみ、
1階と2階で150席、総工費4000万円の図面ができあがった。
父に保証人になってもらうと、
借金を背負っての工事が始まった。
建物ができてくると、現実が重くのしかかってきた。
この店が失敗したらいきなり人生が終わるかもしれない。
不安に眠れぬ夜を過ごしながら、
2003年5月、たこ焼きダイニング「陽なた家」は開店した。
君、本を書いてみないか?
中津では珍しい店だった陽なた家は、
オープン当初から繁盛したが、スタッフ全員料理下手。
料理で勝負できないなか、
お客さんにあり得ないくらい喜んでもらえたのが
バースデーのお祝いだった。
営業中にいきなり電気を消し、
ハッピーバースデーの音楽とともに、
ろうそくを灯したたこ焼きを持っていく。
他の業務はすべて中断して、店全体でお祝いに集中する。
これが評判を呼び、年間3000件予約が入る看板イベントとなった。
常連さんから「陽なた家でウエディングをやりたい」
と言われるようになり、
2005年2月末、ウエディングを行った。
その日、著者は新婦のおじさんに気に入られ、
親族席で一緒にお酒を飲んでいた。
式が終わると、おじさんから「君、本を書いてみないか」
と言われて出版社の名刺を渡された。
これはチャンスだ。
その日から、手探りで原稿を書く日々が始まった。
そうして2か月、原稿を書いておじさんに送った。
ところが、おじさんが病気で出版社を退職したことで、
この話は立ち消えとなってしまった。
おじさんは申し訳なさそうにしながら、
「君は必ずいつか本を出せる」と付け足した。
伸びる人は書くと言ってから送って来るまでのスピードが速い。
著者はその条件をクリアしているというのだ。
本を出したいと本気で思ったのはこのときだ。
チャンスを拾い集める
著者は店を応援してくれていた米屋の社長の紹介で、
ある出版記念パーティを兼ねたイベントに参加することになった。
その二次会で出会ったのが、
出版社ゴマブックスで編集長兼役員をしていた遠藤励起さんだ。
意気投合した遠藤さんに、
持ち歩いていた原稿を見せると、その情熱を買ってもらえた。
そして、ちゃんとした原稿の書き方を教えてもらえることになった。
遠藤さんと出会った3か月後、
著者は人生の師と出会った。
日本の納税王にして大実業家、斎藤一人さんだ。
一人さんが大分に来ると聞き、
著者は会場に足を運び、懇親会の場でお願いして、
陽なた家にご飯を食べに来てもらえることになった。
お弟子さんの中に誕生月の人がいたので、
お家芸であるサプライズパーティーを決行。
これがウケて大いに盛り上がった。
この時の縁で、著者は月に1度一人さんのもとで
マンツーマンのレッスンをしてもらえることになった。
経営についても本の書き方についても大きな教えをいただいた。
商人として、本を書け
君は日本一になれるよ
最初の著作は、たこ焼き屋の物語に、
一人さんとの出会いと教えをプラスするかたちでできあがった。
帯には一人さんの推薦文が載り、
タイトルにも「斎藤一人」という名前を入れさせてもらった。
新人である著者の本は、
大展開されることはなかったが、
本の威力は絶大で、日本中から店に来てくれる人が現れた。
ところが、2008年にゴマブックスは倒産。
著者の本は絶版となった。
悲しい報告をすると、一人さんはベストセラーの並んでいる
書店の棚へ著者を連れていき、
「いつかここに君の本が並んだらいいな」と言ってくれた。
2009年の2冊目のオファーでは、
一人さんの言葉をありのまま書き、
読者のために自分の存在は徹底的に消すことにした。
「ここまで我を消せたのか」とその出来を見た一人さんは
「10年すれば君は日本一になれる」と言ってくれた。
つづく・・・。
『人は話し方が9割』
は読みやすくてわかりやすい本でした。
想定読者を具体的に設定し、
文字数、余白、行数、語り口に至るまで、
すべてを逆算して設計していったといいます。
今回の『読まない人に、本を売れ」も、
ビジネスの本質が凝縮されています。
「興味のない人に、どうすれば届くのか」は、
本づくりに限らず、アイデアを扱うすべての仕事に
通ずると思います。
わたしの人生も大いに励まされました。
では、また明日^^


