こんばんわ![]()
昨夜は今年はじめての満月でしたね。
曇っていましたが、
8時半ごろやっと見ることができました。
いつ見ても満月には心躍らされます。
午後からC子ちゃんとFさんの支援に行ったので、
「満月見た?」の話をしましたが、
スルーされました![]()
3日に一回ほどニャンコがお散歩に入ってきます。
丸々と太っているので家猫だと思われます。
わたしの部屋の前で
いつも日向ぼっこしてくれるので、
ほっこりさせてもらっています。
のつづきです。
自分がイヤになったときの処方箋
自分は何も残せていないと思ったら・・・昆布の思考
自分の功績の無さを嘆く人がいる。
もし、みんなから「すごい」
と言われる人を羨ましく思ったら、
「昆布」のことを考えてみてほしい。
昆布出汁は「あ、昆布の味だ」ではなく
「なんかおいしい」と言われてこそ成功だ。
老子の言葉に
「善(よ)く行くものは轍迹(てっせき)なし」
というものがある。
これを著者なりに訳すと
「本当に優れた生き方、本当の業績、
功績というものはあとに何か遺物を遺すような
ものではない。
優れた生き方とは無為自然に帰するもの。
何か証を残すことを企てるようでは本物ではない」
といった意味合いだ。
昆布と同じで、偉業を為した人は
その功績をアピールしない。
アピール上手な人を見て悶々とすることが
あるかもしれないが、
そんなことを気にする必要はない。
そもそもあなたが日々やっていることは
必ず人の役に立ち、
回リ回って誰かを支えているのだから、
胸を張って生きればいいのだ。
「後れをとっている」と焦ったら・・・ハンモックの思考
元気がない休日、何もしないで1日が終わる
ことがあるだろう。
そんな日が続いて
「休んでいる間に、人に抜かれてしまうのではないか」
「自分は価値のない人間じゃないか」
と不安になったときは
「ハンモック」のことを考えてみてほしい。
つまり、「何かしなきゃ」と焦るのではなく、
あえて「何もしない」を選ぶのだ。
老子の言葉に
「無為(むい)を為し、
無事(むじ)を事(こと)とし、
無味(むみ)を味わう」
がある。
これは「余計なことは何もしないで、焦らずに、
『味気ない生活』をただ味わって暮らしていく」
といった意味だ。
エネルギーがなくなっているときには、
「自分は何もしてない」と焦るのではなく、
「『何もしない』をしているのだ」
と考えてみてほしい。
一日中、寝て起きて食べてをくり返してもいいし、
テレビやゲームを楽しんでもいい。
ただぼんやりするのもいいし、
近所をぶらぶら散歩するだけでもいいだろう。
じっとエネルギーが貯まるのを待つのだ。
天気のいい日に、そよ風に吹かれながら、
ゆらゆらと揺れるハンモックに横たわっている
イメージでのんびりしよう。
深く眠るふとんのなかとは違って、
少し休んで、元気になったらすぐに立ち上がれる。
なんだか思いどおりにいかないときの処方箋
認めてもらえないと思ったら・・・太陽の思考
いつもみんなのためにがんばっているのに
誰も評価してくれないどころか、
このがんばりに気づいてさえくれない・・・。
そんなときは「太陽」のことを考えてみてほしい。
お天道様はいつもあなたを見てくれている。
老子の言葉に
「天網恢恢(てんもうかいかい)、疎にして漏らさず」
というものがある。
これは「悪い人を捕まえるために天が張り巡らせた網は、
一見すると粗いように感じるけれど、
実際にはひとりも取り逃すことはない」
といった意味だ。
この言葉は「お天道様は見ている」
と似ている。
「悪いこと」も「いいこと」もすべて天が見ているのだ。
ただ、少し考えてみてほしい。
人知れずゴミを拾ったり、
机を拭いたり、
毎日家族のために料理や掃除をしたり・・・
そんな努力を、
誰かに気づいてもらえないからといって、
あなたは一切やめてしまうだろうか。
それらをやめればスッキリするだろうか。
おそらくしないだろう。
もしかすると「お天道様」とは、
ほかの誰でもない「あなた自身」かもしれない。
あなたのがんばりをいちばん見ているのは
「あなた自身」だからだ。
もし、あなたが自分の心にウソをつき、
無理をしてまで「自分らしくない振る舞い」をしたら、
あなたが見ているあなた自身が
自分のことを嫌いになってしまうかもしれない。
だからあなたは、ただ純粋に「自分が好きな自分」
として振舞っていればいい。
そうすれば、
いつか誰かが気づいてくれるかもしれないし、
まったく別の場所で、あなたの心の美しさに
気づいてくれる人が現れる可能性もある。
挫折したら・・・塩むすびの思考
がんばっても報われないことが何度も続くと、
前向きに生きていくことが難しくなる。
誰かが励ましてくれても
「私のことなんて何もわからないくせに」
「無責任なことを言いやがって」と、
さらに気持ちが荒むかもしれない。
そんなときは「塩むすび」のことを考えてみてほしい。
つまり、
今ある小さな幸せを噛みしめながら生きるのだ。
老子の言葉に
「足るを知れば辱(はずかし)められず、
止(とど)まるを知れば殆(あや)うからず」
というものがある。
常に「足る」を知り、
それ以上の名誉、お金、地位を求めなければ、
辱しめを受けることはなくなる。
「ほどよいレベル」というものを知り、
それ以上を望まなければ、
いろいろな危険性もなくなる。
幸せや満足はすべて相対的なものにすぎない。
もし、あなたが今
「私には、他の人よりも幸せが足りない」
と感じているなら
「はて、本当に足りていないのかな?」
と確認してみるタイミングなのかもしれない。
なぜなら「幸・不幸」は立ち位置によって
感じ方が変わってくるからだ。
たとえば、長期の入院が続き、
なかなか外に出ることができない人がいるとする。
その人が、ある夏の日にやっと退院できた。
輝く太陽を浴び、大空の下を散歩したら、
このうえない幸せを感じるだろう。
一方、毎日暑いなか、
長袖で仕事をしている工事現場の人からすれば
「今日は太陽が照って暑いなあ。ついてないなあ」
と不幸を感じるのではないだろうか。
人生は、現実そのものではなく、
「どう感じるか」によって決まる。
塩むすびを食べたとき
「なんて味気ないんだ」と嘆くのか、
「ごはんの甘みが感じられる」
「シンプルなおむすびが一番おいしい」
と小さな幸せを感じるのか。
日常の中にある「小さな幸せ」を感じながら生きる。
もしかすると、
それが「今、感じている不幸をストップさせる」
最善の方法かもしれない。
わたしのがんばりは、お天道様が見ている。
明日もわたし、がんばるわ![]()
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では、また明日^^




