こんばんわ![]()
運動したらいけないと言われ、
でも運動しないと老化していくのがわかりすぎるくらいわかるので動く。
でも動いたらしんどいので、また横になる・・・。
健康っていいですよ、みなさん大切にしてくださいね。
集中力に欠けるので、今日も過去記事を。
プラセボ製薬代表取締役・水口直樹さんの『僕は偽薬を売ることにした』から。
プラセボ製薬が目指す理念
医薬品の製造ではなく、還元麦芽糖など各種食品成分を成形し、
それを「偽薬食品」と称して販売。
「ニセモノ」につきまとうイメージを払拭し、
偽薬の価値を向上させること、
プラセボ効果に関して独自に考察し妥当な解釈を示すこと、
自然治癒力を信頼する健康観を普及させて
持続可能な範囲での社会保障を充実させること。
これらを理念として提示したのがこの1冊。
偽薬の価値
偽薬の価値は2つ。
①効果がないこと。
②効果があること。
プラセボの原語はラテン語のplacebo(人を喜ばせる)であり、
医療におけるプラセボは当初、偽薬のみを指していた。
最近では、外科的処置などの偽手術や、
医師と患者のコミニュケーションなど、
治療環境のすべてを含んでいると解釈されるようになり、
より広い意味合いをもつ言葉になっている。
19世紀後半にアメリカ人医師がはじめて「プラセボ治療薬」を使用して以来、
数々の臨床試験、実験、手術においてプラセボ効果が確認されてきた。
その大半は、偽薬やニセの治療行為であることを、
患者や被験者に伏せて行われた。
しかし中には、あらかじめ効果がないことを伝えたうえで、
被験者に偽薬を服用させる「オープンラベル・プラセボ」
の実験も行われ、症状の改善が見られたとする事例もあった。
医薬品開発とプラセボ効果は切っても切れない関係にあるが、
医薬品の研究開発だけでなく、
広い枠組みとしての医療そのものが、
プラセボ効果と深い関係にあるといえる。
プラセボ効果
ヒトは進化の過程で不安や恐怖に対するストレスを感じるようになり、
わからないものに対して否定的な感情を抱くようになった。
わからないものがわかるようになるのは、
ストレスの解消であり快感でもある。
そこでヒトは「わからないことの原因」に名前をつけた。
たとえば意思のある超越的存在としての「神」という概念は、
森羅万象のすべてに対応して説明できる能力をもった概念である。
論理的整合性をつけて納得を得るために
「わからないことの原因に名前をつけた概念」を、
「説明原理」と呼ぶ。
プラセボ効果もまた説明原理だ。
本来薬効のない偽薬による治癒という現象は、
従来の論理からすると説明不可能である。
でも新たにプラセボ効果と呼ぶことで、
「薬効成分を含まない偽薬の投与が、
プラセボ効果により人に変化をもたらした」
とする説明原理が成り立つようになる。
複素効理論
プラセボ効果に対する見解は大まかにいって、
実在するという立場と、
実在しないという立場に分けられる。
(この本では「プラセボ効果は実在する」ということを前提としている)
数学には実数と同様に扱うことができない虚数という概念、
そして実数と虚数を組合わせた「複素数」という概念がある。
実数の概念では理解できない虚数は、
まさに説明原理として導入されたもの。
この点において、虚数はプラセボ効果と共通している。
ならばプラセボ効果を、
虚数のような存在として解釈することはできないか。
プラセボ効果を虚数とみなすと、
「複素効理論」とでも呼べるような、
多元的な治療効果を考えられるようになる。
「複素効理論」では、
投薬や施術などの治療行為自体と治療環境による効果を、
科学的に説明可能な効果とプラセボ効果のに分別し、
それぞれ実軸と虚軸に設定する。
するとすべての治療は、
その効果を複素数平面上での点として表現できるようになる。
この理論は、プラセボ効果の深い理解や、
近代西洋医学と東洋医学を統合するヒントを提供しうるものであり、
現代医療の課題解決につながることが期待される。
偽薬がもたらす変容
多くの人は健康になることを求め、病院で検査する。
しかし「異常なし」とされた場合でも、
その結果が意味するのは「健康である」ということではなく、
「病気ではないかもしれない」という非病気の可能性である。
健康と病気を明確に二分せず、
連続的な変化として捉える「未病」という概念があるが、
未病を病気の前段階と捉えてしまうと、
健康の領域を狭めてしまうようにも思える。
もう少し柔軟に考えてみるため、
健康を「自分という存在に対する信頼の度合い」と考えてみよう。
外的な基準によって明らかにされる健康を目標とするより、
私たち自身にもともと備わっている能力や感覚を信じ、
そのよき解釈にもとづいて自分という存在に対する信頼の度合いを高める。
そうすることで、健康の主導権を握るのだ。
プラセボ製薬では、自然治癒力にもとづき、
自分という存在に対する信頼の度合いを高める健康観の普及を目指している。
プラセボ効果という現象は、
自然治癒力存在との影響の大きさを物語っている。
身体が偽薬に反応して効くとき、
身体は治癒の方法をすでに知っている。
治癒現象としてのプラセボ効果だ。
プラセボ製薬では偽薬を
「健康とは何かをいま一度よく考えてみる食品」としても取り扱う。
自分が健康かどうか自信が持てないときは、
偽薬を服用してみて、
どのような感覚が得られるか試してみてはどうだろうか。
それも偽薬の使い方のひとつ。
介護や減薬における有効活用
偽薬の価値は、効くことだけでなく、効かないことにもある。
高齢者の中には、大のお薬好きがたくさんいる。
彼らの心のよりどころとなっている薬を無理やりに奪ってしまうことは危険。
とくに認知症の場合は記憶力の低下により、
服用した薬を「まだ飲んでいない」と思い込んでしまうことがある。
本人にとってまだ飲んでいないということが絶対の真実であるならば、
いっそ客観的な事実はさておき、
あらためて薬を飲んでもらったほうがいいかもしれない。
偽薬ならば、複数回の投薬希望があったとしても、
安心して飲んでもらえる。
偽薬それ自体に効果がなくても、
手に取ることのできる形でそこにあるということが、
行動の変化を促す効果を生じさせる。
近年、多剤併用の問題がクローズアップされており、
できるだけ薬の数を減らすことが重要視されるようになった。
しかし薬の数を減らすと、
「しっかりとクスリを飲んだ」という実感も減らしてしまうことになる。
ならば、減薬を試みる際、
薬に似せて作った食品である偽薬を有効活用してみてはどうか。
「偽薬を使って患者を騙さなければならない」という
倫理的課題についても解決が図られている。
風邪薬や睡眠薬などの市販薬依存の減薬にも、
プラセボは効果的。
「睡眠薬を飲む」という行為から、
「睡眠薬を飲まない」という行為への変更は大規模なものであり、
習慣の変化自体がさらなるストレスにつながる危険性がある。
「睡眠薬を飲む」から「偽薬を飲む」への変化は、
行為自体は維持されるという点で、比較的小さな変更だ。
習慣を変えずに、習慣を変える。
偽薬はこのようなトンチの問題の答えになり得る。
プラセボ効果と統合医療
現実世界には数学やゲームなど、
公理系と見せるさまざまな営みが存在している。
ヒトが複雑な現実世界をよりよく理解して説明するための科学も、
公理系の1つと言える。
科学の営みにおいて、
より社会的に価値のある情報が得られるかどうかは、
客観的な原因を特定できるかどうかにかかっている。
ただし原因の特定に寄せられる期待や先入観が、
そもそも科学では説明できない事柄に関しても、
説明を求める欲望を生じさせてしまう。
プラセボ効果がなぜ必要なのかというと、
ヒトは科学の営みに科学以外の価値判断を加えがちだから。
偽薬を服用したとき、科学的に測定可能な変化が生じてしまうと、
うまくこの現象を説明できない。
そのためプラセボという説明原理を創造するしかないというわけだ。
持続可能な社会保障のために
偽薬の活用は、持続可能な社会を構築するために
欠かせないものになる。
将来世代に負担を先送りせず、
財政的に可能な範囲で、最大限の医療サービスを提供する。
そのための最適な方法は、
医薬品と同等な偽薬の使用であり、
統合医療などを含めたプラセボ効果の活用。
プラセボ効果を身近なものとし、
自らの身体に対する信頼感に結びつけることができたとき、
必然的に私たちの健康観は変化し、
医療に対する負担の軽減につながるだろう。
入院していると寝られないので、
お年寄りの方は眠剤を増やしてほしいと懇願されてました。
上手に偽薬を処方されているにもかかわらず、
「やっぱり増やしてもろたらよー寝れたわ」![]()
偽薬の価値は2つ。
①効果がないこと。
②効果があること。
科学的には効果がなくても、心理的には効果がある。
病は気から。
心の持ちようが大事。
では、また明日^^

