「常識」を捨てる | ふーちゃんのブログ

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こんばんわ

今日は、おばあちゃんがデイサービスに行っている間に、
仏間の床を張り替え、畳とふすまを新調しました。

ワケあってです

長い読者のみなさんなら想像がつくだろうワケです。

畳と女房は新しい方がいいっていいますね。

最近は井草の畳ではなく、変色しない加工品もありますね。

わたしは、青畳の匂いがとっても好きですの(^_^)v




「老いの才覚」がベストセラーになった作家・曽野綾子さんは、
40年以上前に、40歳のときに
NGO活動
(開発、人権、地球環境、世界平和などの問題に
国境を越えて取り組む非営利の民間組織)
を始めたそうです。

海外邦人宣教者活動援助後援会で、
アジアやアフリカ、中南米などの発展途上国で
働くシスターたちを助ける運動です。

そこから否応なく曽野さんはアフリカを選んだと言います。

日本の皆さんの善意の寄付が無駄に使われないように
監査する必要もあるからです。

曽野さんは黙って予算を認可しませんでした。

レンガ一個10円で請求がきても、
現地では5円くらいだということを知っているからです。

でもある日本人が曽野さんに忠告したそうです。

「7円で折り合ってやってください。」と。


その理由は、
現地の人たちから見るとわたしたち日本人は
金持ちです。

だから金持ちには貧しい人に恵という義務のようなものがある。


第二の理由は、もし内戦が起こった時に、
「2円も高く買ってくれたシスターたちは殺さないでいた方がいい。」
ということになるからだそうです。

それが安全保障の実態らしいのです。

曽野さんはそういう経験をして、
物事を単純には見なくなりました。
何が悪で、何が善なのかは、
われわれ日本人の価値観だけでは測れない複雑で深いものが
あることを知ったからです。

曽野さんは30年以上ずっと仕事をしていましたから、
結構お金を稼ぎました。

でもお酒も飲まず、道楽もせず、あまりお金を使わずに生きてきたそうです。

だからというわけではないでしょうが、
53歳のとき彼女はサハラ砂漠を縦断しました。

砂漠は死と隣り合わせなので、
魂が震えるほどの感動も味わったけど、
「いつ死んでもいい」という覚悟も身に付けました。

サハラ砂漠縦断の後、
曽野さんは体の不自由な人をサポートしながら
イスラエル・ギリシャ・イタリアなどへの聖地巡礼の旅を23回~
行なっています。


そして、曽野さんは退職金があって年金ももらっている日本人の年よりは
遊び過ぎだとおっしゃいます。

ちなみに曽野さんは今年85歳になられます。

一昔前の日本は、
「おじいさんは、山へ芝刈りに、おばあさんは川へ洗濯に」
というように、体が動けるうちは働いていました。

それが人間の自然な姿でした。

曽野さんの家には、
秘書や家事を手伝ってくれる人、
庭や畑仕事をやってくれる人など総勢6人が週に何回か
通っていらっしゃるそうです。

ですが、ひとりを除いて、
みなさん60歳以上で、最年長は90歳なのだそうです。

高齢になって働くことは健康にもいいし、
何よりも人間としてのプライドを保つことにもなりますね。


また、曽野さんは年を取ることはすばらしいことだとおっしゃいます。

いつ死んでもいい人ですから、
自由を手にしているのです。

社会的な責任や親としての責任も果たし終えた老年期は、
自分の好きなように生きる自由があります。

その自由を生かして、
老年期こそ冒険をすべきだというのも曽野さんの持論です。

目的があれば、生き生きと生きられますものね。

「もう義理を欠いても、誰に迷惑をかけるわけではない」
と思えば、冠婚葬祭などのしがらみからも
解放されていいのでしょうね。

でもしがらみを断つには、
悪評を受ける覚悟と、
人に頼らないという自立の精神もなくてはなりませんね。

いいことも悪いこともすべて自己責任。

人生は最後まで何があるかわかりません。

いつ死んでもいいという覚悟を持つことが、
曽野さんの言ういさぎよく生きる秘訣なのだろうと思うのです。

ま、わたくし、まだまだその覚悟はありません(^^ゞ


少しづつ「常識」を捨てることで精いっぱいですわ。

だって曽野さんよりうんと若いんですもの(*^.^*)

では、また明日






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曽野さん流「いさぎよく生きるポイント」
・依存を捨て、自分でできることは自分でやる。
・働ける体力があるうちは働く。
・日本人は恵まれていると自覚し、感謝の気持ちを忘れない。
・対価を払ってこそ、本物に出会える。
・すべては自己責任と覚悟して生きる。