なんで私が中学校教師に!?〈5〉 | ぱいれーつかあさん☆彡羅針盤はマヤ暦!

なんで私が中学校教師に!?〈5〉



長い長い私の回想録につきあって下さりありがとうございます。


あと残すは2話。


一般企業就職まで残すところ あと半年・・・

大きな人物 二人が私の心を動かします。 さてさて どんな人が登場するか!??にひひ


    なんで私が中学校教師に!?〈1〉
    なんで私が中学校教師に!?(2)
    なんで私が中学校教師に!?〈3〉  

    なんで私が中学校教師に!?〈4〉









とりあえず就活を終えた夏

8月のひとつき 添乗員のバイトにあけくれ

残された9月の休み 同じ大学の親友Yちゃんと旅をすることにした。


ぱいれーつかあさん 今日もざっぱーでいこう



九州 大分熊本チャリンコ横断旅行


大学2年の終わりの春に チャリ部で訪れた九州。

湯布院から熊本まで抜けるルート。

やまなみハイウェイ 阿蘇の外輪山。






北海道と信州のいいところを たして2で割ったような 九州の大自然に魅せられ 

チャリンコの旅初めての活発なYちゃんと再び訪れることにした。



無鉄砲でワイルダーな私達は

重たいテント キャンプ道具は一切持たず、 寝袋とわずかな所持金のみを持ち旅をスタート。



湯布院出発


途中の素朴なペンションが気に入り 2泊もしてしまったため ますます所持金がへってしまい

3日目からは 由布岳のふもとの広大な原っぱで 寝袋にくるまり夜が明けるのを待った。






ハイウェイをこえ 阿蘇山付近に入ろうとしていたところ 

大変なことが起きてしまった!



旅するためのチャリ

組み立て式 持ち運び可能な愛車“ジョセフィーヌ”が壊れてしまった!!




ぱいれーつかあさん 今日もざっぱーでいこう


ペダルのねじ山がくずれ

チャリがこげなくなってしまったのだ。







ざっぱーな私は 部の先輩達から常々 組み立て式チャリを もっともっとデリケートに扱うようにと言われてきた。


私の適当で荒いチャリンコの組み立て 分解をみていた先輩達は再三にわたりレッドカード!!


特に 「このペダルのねじやまは チャリの命だ!」「もっと大事に扱え!」

と散々警告を受けていたのに 片耳で聞いて流していた私。



ついに天罰が・・・・


片足だけペダルをこぎ アップダウンを走り続けたが どうにもこうにも限界・・・・



九州の ど真ん中

観光バスしか通らないような だだっぴろい阿蘇山の麓に自転車をとめ

Yちゃんと二人 途方にくれていた。



まだまだゴールは先なのに・・・・

あと三日 どう進めばいいの・・・・・???





どのくらい時間が経ったのだろうか・・・・


捨てる神ありゃ 拾う神あり!!



なっなんと救世主が現れた!!
ぱいれーつかあさん 今日もざっぱーでいこう





飛行機野郎に助けられたのだ。







阿蘇観光遊覧飛行。

ヘリコプターで 客をのせ遊覧飛行をするおじさん二人。


実は このおじさん達

客があまりこない時間帯は パイロットではない別の顔を持っている。
ぱいれーつかあさん 今日もざっぱーでいこう


ウルトラライトプレーン(ULP 超軽量動力機)を

作る技術屋でもあり 

「空を飛びたい!」という少年のような夢を持つ大人達に ULPの操作技術を教える教官でもあった。


ULP

ライト兄弟が乗っていたような飛行機とイメージしていただければ わかりやすいかも(全く違いますがあせる





私達が天を仰いでいたのが

たまたま このおじさん達のULPを作る倉庫 だだっぴろい平原のすぐそばだったために

通りかかった二人が声をかけてくれたのだ。



そりゃそうだ

誰もいない 観光バスくらいしか通りやしない 何にもない平原で

若い小汚い女の子二人が立ちつくしていたら 不思議に思って当然だろう・・・・


ぱいれーつかあさん 今日もざっぱーでいこう

事情を知ったおじさん達は

私達を軽トラックにのせ倉庫に・・・・


さまざまな工具 そして飛行機の部品を使って

私の自転車ジョセフィーヌの息を吹き返してくれた。


おまけに夢のような時間も・・・・






普通の人は絶対に乗れない ウルトラライトプレーンに私達は乗せてもらい 

阿蘇の山並み 九州の雄大な大自然をたっぷりと堪能させてもらったのだ。


その翌日は 遊覧飛行すると数千円は軽くかかるヘリコプターにも乗せてもらった。


でも天井もなく 風を体全体で感じることができた あのウルトラライトプレーンの感動は

今でも忘れられない。




またまた 泊まるあてのない私達に宿まで提供してくれた。

おじさんの一人 Aさんはもと航空自衛隊員。離職後は奥様とペンションを経営されていた方で

私達は優雅に一日を過ごさせてもらった。



すっかりお世話になりっぱなし。

夢のような阿蘇時間。


でも一週間の九州の旅も あと一晩。

おじさん達と別れを告げ 最後の宿泊場所を探さねばならない私達。


どうしようかあれこれ考えていた時に 

この人が現れた。

ぱいれーつかあさん 今日もざっぱーでいこう


50前後か!?

好奇心のかたまりのような 大きなおじさん。


ウルトラライトプレーン

飛行機乗りを夢見て 

講習を受けに来ていたおじさんだった。






ぱいれーつかあさん 今日もざっぱーでいこう

「いい宿知ってるぞ!!

 私が知ってるのは 2つの宿。

 ひとつは この阿蘇の山を下った町にある民宿。 ここはきれいな布団で眠れるし お風呂にも入れる。 空港からも結構近い。


 もうひとつは このすぐそば。

 だだっぴろい草原の中。 風呂もなけりゃ トイレもないけど 降ってくる星空を眺められるぞ!

 君たち どっちがいいか!??」




ぱいれーつかあさん 今日もざっぱーでいこう


「草原!!」



顔もあわせず即答!!






ぱいれーつかあさん 今日もざっぱーでいこう


「だったらちょっと時間をくれ

 おじさん うちに戻って テントとキャンプ道具

 持ってくるから・・・・」



1,2時間待っただろうか?

おじさんは 本当にキャンプ道具一式を持って

私達の前に再登場してくれた。




なっなんと 飛行機乗りを夢見る少年の目をしたおじさんは

阿蘇の麓の中学校の先生だった。


話によると大学卒業後、大手広告代理店に勤めるも数年で辞め 職を転々とし

一年間海外を放浪。

30歳に中学校教師となった社会科の先生。柔道部の顧問を務める先生だったのだ。


ぱいれーつかあさん 今日もざっぱーでいこう



手際よく私達のために

キャンプ準備を始めた先生。


水場もなんにもないだだっ広い平原でのカレー作り







ぱいれーつかあさん 今日もざっぱーでいこう

満天の星空の元

私達と先生は いろんな話をした。

本当にいろいろな話をした。


懐が深く 引き出しをたくさんもっている大きな大きな先生。 人生の先輩・・・・

こんな人がいつもそばにいてくれたら

どんなにか子ども達は心強いだろうか・・・・


私が今までにあったことのないスケールの大きな先生だった。



先生が私達にきいた。

ぱいれーつかあさん 今日もざっぱーでいこう



「君たち

 卒業後は どうするんだ・・・??」


Yちゃんが話し

そして私が話した。






この人は中学校の先生 ちょっと話してみちゃおぅ・・・


ぱいれーつかあさん 今日もざっぱーでいこう


「いやぁ~私 中学校の教育実習をして

 いろいろ感じましたよ。

 でも・・・・

 先生になるなら やっぱりいろいろな経験をしないと・・・ 大学を卒業しただけの ただのひよっこが子ども達に何か教えるだなんてできないと思うんですよ」





黙って話をきいていた先生の目が鋭く光った。


ぱいれーつかあさん 今日もざっぱーでいこう


「そっか・・・・

 ボクはね・・・20年学校にいるけれど

 生徒に対して 何かを教えようなんて思ったことは

 一度もない・・・・教えるだなんて そんなおこがまし

 ことなんてできやしないんだ」








ぱいれーつかあさん 今日もざっぱーでいこう

  


「ボクが先生としてできること・・・・

 

 それは ただ中学生と一緒に

        生活することだけなんだ」







ズシリときた






教えるなんて できやしない。

一緒に生活すること・・・・ これが先生のできること・・・





阿蘇の雄大な星空の下 聞かせてもらったこの言葉は

その後も ずっとずーっと私の心の中で響き続けた。








九州を去り 自宅に戻ってから友人と二人

先生に写真とお礼状 そしてちょっとした気持ちを送らせてもらった。




今 阿蘇のあの先生は何をしてるのだろうか・・・

もう一度再会できるのなら 自分の言葉で伝えたい。


「先生 あの言葉は本当でした。

 先生にできることって 一緒に ただ一緒に生活することなんですね・・・」







いよいよ次回で最終回。

卒業直前 社会人あと一ヶ月前に出してしまった結論!??

私を変えてしまった 大きな大きな大きすぎる人物!!との出会い in フィリピン!!

最終回 最後まで読んでくれちゃう方!下のボタンを一押し宜しくお願いいたしますにひひ


かなり重たい内容なので 皆さんのワンクリックで 私に更新の勢いを下さいませ音譜

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ありがとう!

最終回。どう収拾をつけられるかわかりませんが 頑張りますグー







私の周りには 魅力的な教職仲間がいました。


やはり私と同じ考えで

「先生になるんだったら 社会経験をしてから・・・・」

そんな風に語っていた仲間 先輩の顔を思い出します。



成績優秀 英語スピーチコンテスト県代表

明るくしっかりもののJちゃんは学校推薦枠で大手旅行代理店へ・・・

結婚後 退職 出産。

学校の先生になりたい・・・・という夢を忘れられず 小学校で臨時の英語講師をしています。



高校時代 吹奏楽のトロンボーン奏者として活躍 大学もジャズサークルで音楽を愛していた

穏やかで理知的なN君。

30歳になったら先生になりたい。自分のバンドを作りたい。という夢を語ってくれていたN君は

現在 これまた大手旅行代理店の営業マン。




高校時代 中距離走で高校記録を塗り替えていたS先輩。

箱根駅伝の候補選手として大学進学するも 体の故障で引退を余儀なくされた添乗員時代の先輩。私を妹のように可愛がってくれたS先輩は 一年早く教育実習をしていたので 教職の不安と感動を私に熱く語ってきかせてくれていました。


「社会に出て成功したら 先生になってもいいな。自分の駅伝チームを作りたい!」

なんていってたS先輩は CMでも有名な不動産販売会社の営業マン。

持ち前のバイタリティーと根性で 全国トップセールスマンとして表彰もされた先輩。


先生になる夢 どこかにおいてきちゃったのかな・・・・




20代前半の若者が40代に・・・

ほんと人生いろいろです馬