なんで私が中学校教師に!?〈1〉 | ぱいれーつかあさん☆彡羅針盤はマヤ暦!

なんで私が中学校教師に!?〈1〉

おはようございます。

ちょっと続いた卒業生話。

 

以前 『とっティーさんが どうして中学校の先生になったのか知りたいです』

そんな言葉をいただき 調子に乗って記事にしちゃいますにひひ

 

たぶん あんぐりですよ あんぐり。

ポイント ポイントでの人との出会いが 私の人生を大きく左右していきます。

 

ちょっぴり長いシリーズものになりますが お嫌でなければおつきあい下さいませ。

 

 

 

 

 









 

それは21歳。

 

2週間の教育実習前 最終ガイダンスのこと・・・


ぱいれーつかあさん 今日もざっぱーでいこう

 

 

 

「いいですか・・・君たち・・・・

 

 

 

 これから中学 高校に教育実習にいこうとしている君たちのほとんどが、実は教職を希望していないことを私は知っています。

 

 ただ単に教員免許がほしいがために

 

ここにいる・・・それも十分わかっています。」

 

 

 

 

 



ぱいれーつかあさん 今日もざっぱーでいこう
 

 

 

 

 

 

「でも いいですか!

 口が裂けても本当のことを実習先で言ってはいけません

 

 教員第一志望だと言い続けてください。

 

 

 学校現場は殺人的に忙しい・・・

 

 君たち実習生は 正直いって邪魔ものです。

でも自分たちも そうして学生の頃 お世話になって今があるという思いがあるから あなた達を受け入れられるのです。教員になる気もない人間を構っているヒマはないのです。」

 

 

 

 

以前 書いたことがあるが  (.My 40's birthday! ) 

 

 

 

 

 

 

大学1年の終わりに
ぱいれーつかあさん 今日もざっぱーでいこう

 

 



 

 

「とっティー 教職一緒にとろうよ!!

給食食べられるなんて この先の人生ないよ!」

 

 

 

 


 

 

ぱいれーつかあさん 今日もざっぱーでいこう

 

 

 給食

 

 

実習をすれば給食が食べられる。

ただそれだけで教職をとってしまった私・・・

 

 

 

 

いろいろな経験をしてみたかった。

どんなことでも首をつっこんでみたかった。

 

 

いろんなところへ行って

いろんなものを見て

いろんな人と会って

いろんなことを たくさんたくさん 経験したい

 

 

給食の誘いは

あくまでも そんな気持ちの延長にすぎなかった。

 

ぱいれーつかあさん 今日もざっぱーでいこう
 

女 よしもとに徹した中高時代

 

高校時代 

名誉ある?『ミスひょうきん女王』に選ばれた自分

(あっ!叫び時代が!!)

 


「とっティーは 何かをやらかしてくれる!」

「おまえは きっと大物になる!」

「ダイヤモンドの原石!」

 

 

そんな言葉をまともに受けて

私は きっと何かができる! すごいことができる!と根拠のない自信だけはあった

二十歳前の自分

 

 

 

初めてしたデパートのこども向けの催事のバイト

 

 

ちょっとした呼び込みをしていたところ劇団等も運営する企画会社の方に

「あなたには言葉の力がある!

 ラジオのDJとか イベントの司会とか そんな仕事を将来してみるつもりはないか?」

と声をかけてもらい交通費のみのほぼ無償。

どこかの大学の演劇部の方や俳優志望の方の講習会にも参加させてもらった18歳。

 

 

ドリフの探検隊のかっこをしマイクをもち 俳優志望のお兄さんと10日間

一日中ひたすらしゃべり続けるバイトを 18歳 大学一年の夏させてもらった。

 

 

面白い!

とっても面白い!!

 

 

でも私はこの会社の10数回にわたる講習会を途中でやめてしまう。

 

 

 

大学時代 サイクリング部に所属しており 一ヶ月間 北海道を旅することになっていた。

帰ってきてから まるまるひと月 間があいてしまったことで行きづらくなり 

そして片道2時間半の吉祥寺が遠く遠く感じられ やめてしまった。


 

 

高校時代 部活を一年で辞めてしまった自分は

いろいろなことに辞め癖のようなものがついてしまっていた。

 

 

 

何かをちょっとやってはやめる 

ちょっとやってはやめる。

 

 

他にもっと自分にむいていることがあるのでは・・・・ 

もっともっと楽しいことがあるのでは・・・と

ありとあらゆるものに首をつっこんでは努力もせずに放り出す。

 

 

学生時代 そんなふうに過ごしていた。

 

 

 

ひとつだけ続いたこと あこがれだった旅の仕事。

将来は海外旅行の添乗員・・・なんて夢を持ちスタートした2年間の国内旅行添乗員。

 

 

「天職ですねぇ~」 と お客さんに何度か声をかけてもらったこともある。

でもある時、短い期間の大量のお客さんとの出会いと別れの繰り返しに 

なんだか強烈な虚しさを感じ夢もいつしか消えていった。

 

 

 

そんな自分を変えたい!と思ってはいたけれど 

何かひとつのことを選べないまま根拠のない自信もすっかり消え 大学4年。

 

 

 

周囲は一斉に就活モード

 

 

 

何をしたいかわからない

自宅暮らしの世間知らず 

アマちゃんの夢見るゆめ子は 

一年後 社会人になる 自立して生きていく・・・という強い思いを描くことのないまま

ぱいれーつかあさん 今日もざっぱーでいこう

 


 

就職活動をはじめた

 

 

 

 

 

そんな就活と平行した教育実習・・・

 

 

 

「学校の先生にだけは なりたくない!!」


私は心からそう思っていた。

 

 

「あなたみたいな人に先生になってもらいたい」

 

 

 

 

 

自分でいうのもおこがましいが

 

このセリフを一体何人の人に言わてきただろう。

 

でも この地点で自分だけは絶対にNO!だった。

 

 

 

 

いや もう一人私に強烈なNOサインを突きつける人物がいた。

 

 

 

 

それは・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日はここまで!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さらに長くなりそうなので 失神されるとやばいのでやめておきますあせる

 

 

次回も読んでくれてもいい人!!

 

 

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一緒に仕事をしていた現場のみなさん

学校の同僚のみなさん ごめんなさい。

そして生徒 保護者のみなさんもごめんなさい。 懺悔の告白?です叫び


 

 

PS

そうそう思い出した。

私が 初めてマイクを持ちトークすることの喜びを知ったのは高校時代。

文化祭 クラスであの「ねるとん紅鯨団」の司会をしたのよ音譜

なんちゃって光GENJIなんかも登場しちゃって 超盛り上がった青春の1ページ。

 

2日間 マイクを持ち 会場を笑いで包む快感!

 

 

 

 

アラフォー アラフィフの皆さん!

 

そんな時代に 私は生きてましたよべーっだ!