誰かの話を「うん、うん」と
笑顔で聞いているとき、
私の頭の中では、
相手が次に出す言葉の着地点が
数秒前に見えています。
相手は「あぁ、すっきりした!」と
満面の笑みで帰っていきますが、
私の手元に残るのは、
一滴も残らず吸い尽くされたような
深い疲弊感だけです。
この「聞き上手という名の無料ボランティア」を
繰り返してきた結果、
気がつけば私の友達は、
片手で数えられるほどしか
いなくなっていました。
世間ではよく
「聞き上手は好かれる」なんて言われますよね。
本屋さんに行っても、
コミュニケーション本の棚には
『人の話を聞く技術』みたいなタイトルが
ズラリと並んでいます。
でも、ちょっと声を大にして言いたいのです。
真面目に、誠実に
相手の話を聞けば聞くほど、
なぜかこちらのエネルギーが空っぽになって、
家に帰った瞬間にベッドになだれ込んで
白目を剥くような状態になってしまうこと、
本当によくあります。
「今度、ゆっくり話聞くよ!」なんて言って
近づいてくる人に限って、
カフェに入った途端にノンストップで
自分の話のオンパレード。
こちらは相手の言葉を遮らないのが
最低限のマナーだと思っているから、
相手の表情を見て、感情を察知して、
相槌を打って、純粋な興味を持って「聴く」という
大切な対話の姿勢をキープしているわけです。
それなのに、やっとこちらが
「実は私もね……」と口を開きかけた瞬間、
相手の「会話のハサミ」がチョキチョキと
容赦なく入ってくるのです。
「あ、そう言えばさ、私もさ!」と、
驚くべき強引さで自分の話題へと切り替え、
会話を泥棒し、
私の話は不完全燃焼のまま煙を上げて終了。
さっきまで私が話していたエピソードは、
まるで最初から存在しなかったかのように
どこかへ消え去るのです。
相手だけがサウナ帰りのような爽快な顔で
「じゃあ、またね!」と帰路につく。
これ、あえて口には出さないけれど、
心の中で
「私はあなたの感情のゴミ箱じゃないんだけど」と、
切ない気持ちと、深い疲弊感が押し寄せます。
それだけではありません。
「何でも質問してね」と言うと、
ちょっと頭を働かせれば3秒でわかるような
浅い質問を平気で投げつけてきます。
会話の文脈を自分の中に落とし込もうとせず、
ただ思いついた言葉を平気で投げつけてくる。
私がどれだけ誠実に答えても、
言葉が右の耳から左の耳へと
素通りしていくのが分かります。
噛み合わない歯車を
無理やり素手で回すような会話は、
脳のエネルギーをゴリゴリと
削り取っていきます。
「私は相手に求める
コミュニケーションの基準が高すぎるのだろうか。
それとも、人として友達を作る才能が
致命的に欠落しているのだろうか」
そうやって、暗い部屋でひとり
頭を抱えて落ち込むのがいつものパターンでした。
しかし、あるとき私の中に、
奇妙な矛盾があることに気がついたのです。
リアルな日常の雑談では、
こんなにもすり減って友達もいないのに、
なぜか「ある場所」では
全く逆の現象が起きていたのです。
なぜ私は、 リアルな会話では孤立してしまうのに、
特定の場所では他人の心を掴み、
深く繋がることができるのか。
その裏側には、
私がほぼ無意識のうちに行っていた 「ある能力」の暴走と、
世間一般の雑談の器には収まりきらない
「知性と感性の格差」がありました。
もし、同じように、
「人間関係に疲弊して、いっそ一人でいた方が楽だ」
「周りに気を使いすぎて、 結局感情のゴミ箱にされてしまう」
と悩んでいるのなら。
あなたが感じていた深い疲弊の正体を、
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その他大勢に合わせて自分を窮屈にするのをやめ、
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