畑の話から、茄子のエネルギー的特性からの気づき。 | ondalindaზ⋆∞のびのびとしたあなたを生きよう∞⋆✧

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3月9日に畑を始めることになり、春分の日を過ぎた3月21日に植えた、カリフラワー、ブロッコリー、キャベツは、驚くほど美しく立派に育ってくれました。
 
 
 
 
 
 
ネットを貼って、2回ほど木酢液をスプレーし、後は有機肥料を2回ほど。
 
 
キャベツってちゃんと巻くのか?と疑っていたけど、巻いて驚きました。驚くことではないのでしょうが、そういうものなんだなぁということに感心しました。

その他、小松菜も作り、小松菜は虫食いになったけれど、食べたら柔らかく美味しく、最後の何株かは種を採ろうとかとおいていたけど、小松菜ってこの時期はもう花咲かないんでしょうか。巨大化しているけれど、未だ花は咲いていません。

小玉スイカは育苗でいろいろ間違って枯れてしまいました。畑の主さんが、『富豪のスイカ畑』と私が名付けたスイカ畑でいくつも作っておられるので、それを見て楽しんでいます。

そして、今は、茄子と、オクラの苗を主さんからいただいたので、育てています。どちらも収穫が始まっていて、畑直送でその日に食べれることが嬉しい。子どもの頃は、小さすぎてそこで遊んでいるだけだったけど、畑でイチゴとか食べていました。何故か、トウモロコシを見ている自分の記憶がよく思い出される。なんか形状(トウモロコシのなり方?)が面白いと思って見ていたような。

さっきまでそこになっていて育ってきた過程を見ていたものを、採ってすぐ料理ができるということはなんともエネルギーが上がります。

でも畑をしていて、一番面白いと思うのは、そこに生えている草だったり、いる虫だったり、そのものから発せられる何かとかそれがそこにあることそのもの(バラバラに存在しているのではなく、そこにある感が何かとても私を満たし、同時に刺激される)です。

それでこちらは、耕ちゃんが畑でカリンバを弾いてくれた動画なのですが、私が茄子を見ているのが好きで、茄子を映しながらの動画です。
 
 
 
 
 
カリンバは、耕ちゃんがアフリカのタンザニア、ザンジバル島で、カリンバも制作しているという現地のタンザニアの音楽家から買ったもの。

3月20日に、二人でスターバックスに行った帰り、車の中でうとうとしていたらカリンバの音がラジオから聞こえてきて、「これは精霊と交信する音だ・・・耕ちゃん、持ってたよね?また畑で弾いてね」と彼に伝えました。後からカリンバのルーツを調べたら、実際にそういうものだったということが解りました。

カリンバの歴史(wikipedhia)

ショナ族では、ムビラと呼び、『祭礼儀式の時に先祖の霊やスピリット(精霊)との交信をするために演奏されてきた神聖な役割を持つ楽器である』と。

とても美しい音色だと思います。

そして、以前からどことなく不思議に思っていたことで、「私は何故茄子の樹を見るのが好きなのだろう?」と。茄子を食べるのも普通に好きですが、好き嫌い自体あまりなく基本的に野菜は好きです。私は小さい頃、お肉が苦手て、野菜が好きで、苦い癖のある薬草的なものも小さい頃から好きでした。これは魂の記憶というやつなのだと思います。

茄子も普通に好きではありますが、”好きな(食べ)もの”であげるほどではありません。この「茄子の樹を見ているのが何故か好き」というのは、父が病気で入院し、畑の世話を代わりにしにいっていた時に気づいたことでした。

自分も茄子は作ろう!と思った理由のひとつは、「見ているのが好きだから」でした。

自分がそこに何を感じているのか・・・ということが、数日前ホメオパスの妙子さんと話していた時に、明確になりました。

その後、妙子さんが改めて教えてくださったこと。

ナス科の植物のことで言いそびれてしまったのですが、アルカロイドという中枢神経をアタックする神経毒が含まれていて、それがレメディになると昨日話したような幻覚や妄想、そして静と動、顕在意識と無意識、など極から極に突然激しく動く、いってみれば自我が不安定になり境界線が緩むような感じです

と伝えてくださりました。
 
いつも的確な内容とそれを瞬時に引き出してこれる妙子さんの両方に感嘆します。
 
「あの世とこの世の狭間」「脳神経に関係する」「幻覚」などのキーワードはその前に教えてもらっていて、それで、思い出したことがありました。茄子を見ている時の感覚と似ているものがあった!と。その後に、上記のメッセージをいただいたので、「そうです!」とまるで答え合わせ的確認になりました。 
 
似ているものとはこれです。

 

妙子さんに話している時、「何故か茄子の樹を見ていると、安心する感覚があり・・・」と話していたのですが、この感覚のことを言っていたのだと思いました。

noteの上の記事から抜粋。

私がこの映画に惹かれたのは、いくつか理由があって、究極の癒しが私にとってはそこにあったこと。それはこの半分非現実の世界観。幼いころから私はこういう世界に片足を突っ込んでいたのだと思うのですが、そうだということを客観視できず、語るすべを持っていなかった。人にはそういうことがあるものだと思います。それが自分の生の一部で当たり前だと、それを目の前に置いて客観的に見ることができておらず、”そうあること”自体しっかりと受け止めていたり認めていない、という状態に自然に陥っている。”それ”を客観視できた時、それが”ある”ことが許されます。

”ある”ことが許されるのは、最大の許しと癒しなのだと思います。良いか悪いか、正しいものとして認められるかどうかはその次の話で、まず”ある”ことを認められるということが、最大の癒しです。共感で人が癒されるのは、”ある”ことが許されたと感じるから。

 

この映画(『Waking Life』)と茄子を見ている感覚が似ている。そして、それは「自我が不安定になり境界線が緩むような感じです」のところです。

そんな感覚とともにあっても、「私は大丈夫」を人生を通して知ってきた。

硬く古い自我で自分を守るより、いつもどこかゆらゆらと、すぐに意識があっちへいってしまう自分と社会生活を自分なりに結んできて、自己否定に陥る以上に「その自我を真我へと成長させていくことを選択したから」だと思います。

植物は、それをそのままにそれとしてそこにある。それで十分、世界と共存している。茄子を見て安心する感覚があったのは、「特性が問題なのではない」ことがあるがままで証明されているからなのかもしれません。

 


 

 

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