最近、しょっちゅう喧嘩をする
異性の友人がいて。
なんで、このひとと喧嘩ばっかりするのだろう?
むしろ、そんなに仲悪いなら縁を切ればいいのに
なんで、ずっとしつこく
お互いに魅力を感じながら
いちいち仲良くしようとして
そしてまた、結局、会話の流れが、喧嘩になるのだろう
という。
人間的には
とてもリスペクトしている
好きな友人なのに
会話をすれば
喧嘩になる、という。
わが家のパパさんとでさえ
仲良くて喧嘩をしないのに
どうして
このひとと、わたしは喧嘩をするのだろう。
こういう
日々の出来事のなかで
???
ということがあり
こんな『 声かけ 』を自分にしてみた。
この声かけをすると
人生のあらゆるナゾというのが
紐解けてくる。
脳は、質問をすると
必ず答えをもってくるから。
それは
なんのために?
だ。
この世界というのは
結局、すべては
自分が創造しているものだから
創造主である自分が
( 潜在意識の自分が )
なぜ、わざわざそのひとを
その出来事を
いま、自分の目の前に
創造しているのか??
そして
何を感じ、何に自分は気づきたいのか?
外部で起こるような
なにもかもを
自分が受け身な被害者的ポジションではなく
こういった主体的な位置に
自分を戻してくれる声かけが
なんのために??
だ。
( なにが起きても、自分に、なんのために?と、問いつづける。 )
必ず
答えが返ってきてくれる。
昨夜
ふと、寝る前にはじまった
ほんの事務連絡のような
そんな友人との
chatでのやりとりから
だんだん
夜中遅くまで
どんどん、イライラの募る
喧嘩な内容に発展して
あー、気分悪いなー
いやだなー
なんなんだろう、このひと
このひととの
やりとりをしているときの
この感覚の自分、好きじゃないな
という感覚を残したまま
なんのために??
( こんな言い合いしてるんだろう )
と、自分に投げかけて
就寝したのでした。
↑昨夜の芳恵ママ、友人たちと六本木ヒルズの隠れ家レストランで食事をさせていただき。ゆったりくつろぎながら、おいしい食事にいろいろな楽しい会話に、心が元気に。
今朝
スラスラスラ~っと
昨夜やりとりしたchatを
改めて
客観的にサーっと視ていたら
友人との会話を通して
自分の発していた言葉から
( それも、もちろん表現を改めたいところは、たくさん。 )
自分という存在の
男性性( 行動力、思考 )と
女性性( 五感、肉体、スピリット、生命力、心 )の状態が
不思議と明確に
あぶりでて視えてきたのでした。
電話でもなく
こうして、わざわざchatでのやりとりだったことから
まるで
ノートに書き連ねたときのように
自分のありのままの感情までも
見返すことができた、というのも
そこに
ちゃんと、そのためのchatだった、のかな、という意味があった。
( あとで、見返しなさい、という潜在意識からのサイン )
自分という
内なる神が
自分自信に
気づかせたかったメッセージが
友人とのやりとりを通して
よーく視えてきたのでした。
それは
他人にとって
都合の『 いい女 』で在るために
“ すでにいい女である
自分の特性や、人格そのものを
なにも、変えようとしなくていい ”
ということ
だったり。
“ 女性が心の内側で感じている微細な感情 ”
を表現できることは
『 重い 』のではない。
微細な感覚を感じ取れる感性を
重たい、ムダなもの、と感じる男性社会に合わせて
自分の心の感覚を、鈍感にしたり、犠牲にしなくていい
ということや。
女性性を不安にさせる男性性が
不安になっている女性性に対して
“ キモい、重い、メンヘラ、気の強い女はキライだ ”
などという言葉で
女性性の波のような心身のゆらぎを
否定してくる男性性に合わせて、自分にムリをさせなくていい!
ということや。
なんだか
異性の友人とのやりとりを通して
異性の友人が
いやな男性性( 女性性を守らない )を
表現したような言葉を選び
そんな態度をとるたにびに
自分のなかの
女性性を
自分のなかの
男性性が
しっかり守ってあげているか??
という、自分の至らなさが
はっきり感じられたのだった。
喧嘩をする、ということは
自分が大切にしているものを脅かされた
と感じるときに
その怒りを相手に向けることで
はじまるものだから
じゃ、自分は
何を大事にしているんだろう??
という、ことから
上記のことがわかったのだった。
いつでもわたしは
女性性を中心にして
女性性の歓びをまんなかに
それを守るような
強さの男性性を持ち得ながら
生きていきたいのだ、ということを。
本来だったら
ノートに書いて
心の内側をととのえて
自己完結するものなのだけれど
今回は
異性の友人を通して
自分にとっての
男性性と女性性の
在りたい姿の関係性が
( 男性性の自分が、ちゃんと女性性の自分を守っているか? )
浮彫になったのでした。
喧嘩をしてでも
それに気づかせてくれるくらい
わたしの感情を揺さぶって
大事なものを見させて
すっきりと
ほんとうに大切なものは?
を、見せて吐き出させてくれた友人。
それが
ノートの代わりに
chatでまとめられていることが
むしろ
いまこのタイミングで
しっかり内側を見なさい!!
という強い流れからの、浄化になり
むしろ、喧嘩するほど、揺さぶってくれた友人には、感謝しかないのでした。
自分の内なる未浄化な感情を
吐き出させて浄化するための
悪役をやってくれている
神の使い
だと思う。
そして
どんなに自分という存在に関して
他人に
否定されようとも
『 このありのままの自分 』
というのは
すべてが、それが必要であって
宇宙がそのように創ったものであって
変える必要は
なにもなくて
ということにも
この年齢だからこそ、より分かることがある。
自分の、繊細な感覚でさえも、いまはそれを通して
ひとの体を見通し、それを仕事にさせていただいている自分がいる。
つまり
そんな自分の特徴は
繊細すぎて、ときに、外野に
『 重い 』( その他あれこれ )
と言われるからといって
安易に
鈍感にすべきものでも
否定されるべきものでも
自分がおかしい、と
卑屈になるようなものではなく
そういう
自分の特徴そのものが
自分の命を養いながら
誰かの命を救っていて
人様のお役に立てている
自分の力のひとつになっている、という現実のまえに
わたしという命の特徴は
天からの授かりものそのものでもあり
それは自分自身にも
人のためにも役立つ
大切なギフトそのものだというのを
事実そのものが、教えてくれ続けている。
そんなありのままの自分にまっすぐに
自分に自信をもって
自分を生きればいい。
現代はまだまだ
女性というのは
男にとって、社会にとって、役割にとっての
都合の『 いい女( 存在 ) 』へと
女を誘導しようとする
男が、社会が、女から利を得ようとする
見えない圧があるけれど
↑自分の女性性(感じるわたし、生命力、五感、肉体、スピリット、心 )を、自分の男性性( 行動力、思考 )が無視して他を大切に、意識やエネルギーを使っている状態は、病んだ状態。いい女ではない。
その圧に、黙って従い
女性性を押し殺すのではなく
そういうものから
さらっと、自分を解放しながら
今日も
すでにいい女である自分に自覚をもって
自分の人生を、大切に、謳歌しよう♡
いい女とは
男性性の自分が、女性性の自分を守るように、存在している状態のこと。
今日も、ありがとう♡
すべての出来事を通して
気づきや学びに変換し人生を中庸へ導いてくださる
もうひとりの食医ママのわたしにも、心から感謝です♡
芳恵ママ
サロンメンバーさんのお声
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