愛知県の桃太郎に会いに行きました。(犬山市の桃太郎神社) | 小野小町(五代目)の末裔、小野龍海の歴史研究

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 次に訪れたのは「桃太郎神社」です、桃太郎といえば岡山県!、私も岡山県人でもありますし、桃太郎のモデルとなった吉備津彦の血筋も入っていると推測していますので、当然ながら興味は湧きます。

 

 岡山県以外にも桃太郎伝説がある事は知っていましたが、その一つが愛知県にあるとは知りませんでした。びっくり

 

 なので行く前はどんな話をルーツにしているのかに興味を持っていましたが、実は古代史を紐解く場所だったんですポーン

(ウソ~~んって感じです。)

 

経路

 

 針名神社から約40km、途中でご飯を食べて向かいます。

 

 

 近くには国宝 犬山城もあり、「帰りに寄ろ~っ」と思っていましたウインク、前に来たときは古代史の知識が無い時でしたので、今なら何か分かるかもって思ったんです。

 

桃太郎公園

 

 神社だけかと思っていましたら周囲は公園として整備されていました。

 

 

 オススメの観光コースです

 

鳥居

 

 鳥居の周りには桃太郎が配置されていて観光客を意識した作りになっています、これを見ると「あちゃ~駄目かなぁ~」などと思ってしまいました。(笑)

 

桃太郎

 

古墳?

 

 階段登り口右に上のような古墳かと思わせるものがありました、覗くとスグに左に曲がって出られるようになっており、観光用の胎内くぐりの様なものではないかと思います。

 

拝殿

 

 拝殿もこんな感じで「ウ~ン」って感じです。

 

 しかしイメージが一変したのは由緒を目にした時からです。

 

 

扁額の由緒:「桃太郎神社の由来
 神世の昔天照大御神の親神様伊邪那技命が黄泉の国て悪魔に追れ難儀なされた時比良坂と言ふ所で桃の力によって危難を免かれました命は桃に大神実命と言ふ神名を賜わリましてこれから後世の人々が苦しむ事があらばお前行って助けてやってくれと仰せになりました。後に挑は桃太郎に生れかわって来て人々を悩す鬼が島の鬼を退治して村を平和にされました。村人はその御神徳を称えてお祀りしたのが当桃太郎神社です
」とあります。

 

 もう一つ、宮司さんから頂いた桃太郎神社の案内からもテキストに起こしましょう。

 

伊弉冉尊が黄泉国(死の国)から逃げ帰るとき、死んだ妻の伊弉冉尊が差し向けた黄泉醜女(よもつしこめ)という悪魔に追い詰められたが、そこに大きな桃の木があり沢山桃がなっていたので、それをちぎって次々と三つ投げつけたところ、悪魔は急に力を失い退散した。伊弉諾尊は桃に向かい「いま私を助けてくれたようにこれから後も我が国の人々が憂瀬に落ちて苦しむときには助けてください。」と仰られて、大神実命という御名を賜ったおたる。桃の霊力をあらわした最初の説話である。

 犬山市の木曽川沿岸に桃太郎誕生地伝説があり、鬼退治をした桃太郎は、この桃の実から現れた大神実命である、と伝えられ桃太郎神社の御祭神となっている。神社から五〇〇mほど奥にある桃山は桃太郎が最後に姿を隠したところと伝えられ太古からこの山をご神体として仰いできた。その麓にある磐座は祭祀が行われた場所である。現在はメンヒルと呼んでいるがこうした遺跡は山をご神体とした最も古い信仰の起源を物語るものであると云われている。桃太郎神社はこの桃山から昭和五年に現在地へ遷座され子供の守り神として広く崇拝されている。」と書いています。

 

 桃太郎神社の祭神は「意富加牟豆美命大神実命](おおかむづみのみこと)」です、「何処かで聞いた様な...」って思いませんか、出雲の「意宇川(おうがわ)」の異字体による名乗りで同時に「(おお)一族」であると示しているのです。

 

 「意富(おお)→意富(おふ)→意宇(おう)」と名乗りがおおおうへと変化した様子が分かる名乗りであり、龍宮城の側にあった王島、九州では「(おお)」と認識される豪族も大一族の流れだと考えると古代史への認識が一変します。

 

岡山県の桃核出土数

 

 岡山県の人間ならではの気づきがあるのは、「桃核 ※桃のタネ」が遺跡から多く出土しているのですが、岡山県は特に多い事が知られ、奈良の纏向遺跡からも多く見つかっているのです。

 

 

 の原産地は「中国」なので、中国系の豪族が持ち込んだとは考えていましたが、今回の考察で大一族意富加牟豆美命日本に持ち込んだと考えて良いことが分かります。

 

 そして意富加牟豆美命桃太郎と呼ばれる由縁は「桃一族の太郎(長男の幼名)」に由来するとして良いと思います。

 

 これまでもお伝えした通り、新発見をした者の名を発見物につける習慣がありましたが、果実のを「」と名付けると同時に

本人の名乗りも「」にしたのだと思います。(※若返りの草を発見者と同じ名にした「ビルガメシュ」や、サトウキビを発見者の「きび」にしたりとか...)

 

 

 吉備津彦4世紀頃の人であり、意富加牟豆美命の血筋を継ぐ人物だった事が想定されます(※幼名は桃太郎かも....キョロキョロ)、

 

 私の水くみ場の近くにも「」を冠する地名がある事を(※地図には出ない)、中嶋ひろし様に出会って聞いた事があり、以前に中嶋ひろし様の「備中中津井の桃太郎物語」を紹介した事もありました。

 

 この話では「太宰石川王(※7世紀頃の人)」を桃太郎とする説が展開されていましたが、桃一族を起源とする桃太郎ならば成立する説になったのです。(祝!🎉)

 

 岐阜にも桃太郎伝説があったような気がしますが...(ウロ覚え..)、桃一族の存在を知った今ならソコの謎も解ける気がします。

 

 桃太郎神社の元の位置は磐座(メンヒル)にあった事が書かれていました、現地ではパンフレットを読まなかったので行きませんでしたが(笑)、今調べてみましょうか。

 

 「桃太郎神社 メンヒル」で検索すると出てきます。

 

 

 

メンヒル

 

 笑っ笑い泣き笑い泣き笑い泣き笑い泣き笑っ、「立石」です。デレデレ

 

 桃山桃太郎お墓で確定ですね!

 

愛知県の桃山

 

 愛知県の「桃山」の地名をプロットすると起点の桃山から移動していった事が如実に分かってしまいます。(笑)

 

 名字としての「桃山」さんは340人ほどしか居られませんが、初代の桃太郎の直系子孫として良いでしょう!

 

 他の情報とリンクするともっと面白いコラボが生まれるかもしれません。

 

 

 愛知県犬山市桃太郎は確かに「桃太郎」で間違い有りませんでした~。

 

 龍海