添加物てんこ盛りっだったとしても、命を頂くことに変わりはないから、「いただきます」だわね。
そんな「いただきます」すらも、「給食費払ってるんだから、ウチの子に、いちいち『いただきます』って言わせないでください!」って保護者がおる( ̄▽ ̄) っつー話を小学校に給食を食べに行ったオジサマに聞いて、目ん玉飛び出るくらいにビックリしたことあったんだけどね![]()
うん。アーユルヴェーダでは、アーマ(未消化物だとか毒素だとか言われるです)が、重要視されるんだけどさ。
食においては、ほーんとイロイロで、遺伝子組み換えだとか、農薬だとか、発ガン性物質だとか、環境ホルモンだとか、挙げてったらばキリがないよね。
アーユルヴェーダで電子レンジについて触れてあることを、こないだ書いたのだけど、食物のプラーナ(氣)を損なう。ってヤツ☆
“氣”なんて言うタラバ、怪しげー
と思われるかもしれないけれど、シンプルで分かりやすい気がするの。
いい氣を含んだものを食す、体に入れる。ってことと。
悪しき氣を含んだものを食す、体に入れること。
の違い。みたいなね。
世に生を受けたものたちは、プラーナーヤマ(呼吸)してますものね。そのいい流れを受け取る。っていう風にも考えられる。
∴、その育った環境だとか、その経緯だとかね。だから、農薬だとか、様々な状況下で育てられたお肉となる動物たちのその呼吸だとか、その氣の流れだとかも、自ずと関係してくるでせう。。。
その体質(ヴァータ・ピッタ・カファ)で摂ったほうがいいもの、避けたほうがいいもの。イロイロありますわさ。
その消化活動においても、粘液が保護され(カファの働き)、消化液が分泌され(ピッタの働き)、蠕動運動が起きる(ヴァータの働き)なんて、ドーシャの働きが言われるんだけどね。そんなシステマティックなこともアレだけど、こんな言葉が、しみじみと身にしみたです![]()
「そう。心楽しく作られた料理と、嫌々作られたものとが同じであるなどということはあり得ない。家族への愛情をもって作られた料理と、商業用に作られた料理とが同じだと思ってもならない。
さらに材料にまでさかのぼれば、産業の一貫として農薬を叩き込みながら育った作物と、楽しんで、あるいは使命感をもって育まれた作物とは同じでない。農民の想い、流通業者の想い、料理する者の抱いた想い一つひとつは、粗大なレベルから微細なレベルに至るまで、全ての料理に含まれている。そして、最後に、食する者の想念が、食物と共に全身の細胞に行き渡ることを知りなさい。
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