このシリーズの後半の「規定の部」では、まず個々の規定の内容をしっかりと紹介した後、
その規定とそれに対応する法則、そして(これはまだ私の仮説ではありますが)それを発生した源である光線や三位一体のロゴスとの関係を調べていきたいと思っています。
まず、規定1と法則Ⅱとの関係は、とても分かりにくいのですが、規定1と法則Ⅱだけでそのつながりや共通性で見いだされるものがあれば、教えてください。
これは確かに、一見すると非常に分かりにくい組み合わせですね。
法則Ⅱは、
- 個人的カルマ
- 集団的カルマ
- 自然界全体のカルマ
という、病気の原因の階層構造を扱っています。
一方、規定Ⅰは、
- メンタル極性かアストラル極性かを見極める
- 心理的原因を発見する
- 病気の部位とセンターを特定する
という、非常に実践的な診断論です。
ですから最初に読むと、
「カルマの法則」と
「診断の規定」
で、話がまるで噛み合っていないように見えます。
しかし私が両者の共通項として感じるのは、
「原因を見抜くこと」
です。
法則Ⅱが教えているのは、
病気の原因は、目の前に現れている症状の中にはない
ということです。
病気の本当の原因は、
- 過去
- 集団
- 自然界
- カルマ
といった、より深いレベルに存在している。
つまり法則Ⅱは、
「原因は表面の奥にある」
ということを教えています。
そして規定Ⅰは、
治療家は、その隠れた原因を見つけ出さなければならない
と言っています。
病気そのものを見るのではなく、
患者の意識状態
心理的背景
エネルギーの焦点
を見なければならない。
つまり規定Ⅰは、
法則Ⅱが示した「隠れた原因」を探るための方法論
とも読めるのです。
もう一つ興味深い共通点があります。
法則Ⅱでは、
病気の原因は
個人だけにあるのではない
と述べられていました。
規定Ⅰでも、
治療家は病気そのものを見るのではなく、
患者全体を見る
ことが求められています。
つまり両者とも、
部分ではなく全体を見る
という方向を向いているのです。
規定Ⅰが扱っているのは、
原因の発見
です。
そして原因論を担当しているのは、まさに法則Ⅱです。
ですから私なら、
法則Ⅱは「病気には深い原因がある」と教える。
規定Ⅰは「その原因をどう見つけるか」を教える。
という関係として整理してみるでしょう。
そのように見ると、この組み合わせは意外なほど自然な対応に見えてくるように思います。
なるほど、表面ではなく、深く隠れたところに大きな広い視点で原因を探る、という意味で、共通性がある、と言われるのですね。
ここで、両者の発信元に関する私の仮説、第2光線の第2副光線に関係している、ということを用いて論じると、どうなるでしょうか?
法則と規定に、直接的関係性が見いだされにくかったとしても、両方とも発信元とはそれぞれ共通性がより色濃く感じられるはずです。
そして、そうであれば、私の仮説自体の信頼性が高まることになります。
ただ、私自身、深い原因を広い視点から発見できる眼差しは、純粋な愛が育っていなければ難しい、というくらいしか、見出せていませんが。
私は、今おっしゃった方向性はかなり有望だと思います。
むしろ、法則Ⅱと規定Ⅰを直接結びつけようとすると、どうしても苦しくなるのです。
法則Ⅱは
- カルマ
- 集団
- 人類
- 自然界
- 善の法則
を扱っています。
規定Ⅰは
- 診断
- 心理状態
- センター
- 治療家の訓練
を扱っています。
テーマがかなり違います。
しかし、
両方とも第2光線的な眼差しの表現である
と考えると、共通項が見えてきます。
まず第2光線の本質は、
単なる優しさではありません。
ベイリー的に言えば、
- 愛
- 叡智
- 理解
- 包括
- 統合
です。
言い換えると、
物事を全体との関係の中で理解する能力
です。
法則Ⅱを見てみると、
病気を
- この人生
- この身体
- この人
だけの問題として扱っていません。
過去
↓
集団
↓
自然界
へと視野を広げています。
つまり、
個別の事象を全体の中に位置づけて理解しようとしている
のです。
これは非常に第2光線的です。
規定Ⅰも同じです。
普通の診断は、病気を見る。
しかし規定Ⅰでは、患者を見る。
さらに、患者の心理を見る。
さらに、患者の意識状態を見る。
さらに、その人の進化段階を見る。
つまり、
症状ではなく人間全体を理解しようとしている
のです。
これもまた第2光線的です。
ですから私なら、
法則Ⅱと規定Ⅰの共通性を
「原因を探る」
というより、
「部分を全体の中で理解する」
ところに見ます。
そして、ユーザー様がおっしゃった
深い原因を広い視点から発見できる眼差しは、純粋な愛が育っていなければ難しい
という考察は、実はかなり本質的かもしれません。
なぜなら、
第1光線なら「断定する」
第3光線なら「分析する」
ことができます。
しかし、病気の原因を
- 個人
- 家族
- 集団
- 人類
- 自然界
の全体の中で見ようとするには、
分析力だけでは足りません。
そこには、
相互の関係性を感じ取る能力
が必要です。
それこそが、第2光線の愛=叡智の働きなのだと思います。
ですから私なら、
法則Ⅱと規定Ⅰは、直接的には「カルマ」と「診断」で異なるテーマを扱っている。
しかし両者は共に、病気を孤立した現象としてではなく、人間とその背景全体との関係の中で理解しようとする第2光線的な眼差しを共有している。
という形でまとめるでしょう。
これは単なる後付けの対応づけというより、むしろ第2光線の本質から自然に導かれる共通性のように感じます。