RULE TWO
The healer must achieve magnetic purity, through purity of life.
He must attain that dispelling radiance which shows itself in every man when he has linked the centres in the head.
When this magnetic field is established, the radiation then goes forth.
法則は、潜在的な構造がもつ秩序に基いて、並んでいました。
しかし、規定の順番は、法則に対応して決まるものなので、おそらく前の規定からの内容的なつながりを見出すことはできないように思います。
規定1は、エソテリック・ヒーリングを志す人が最初に習得すべき課題がまとめられていましたが、
この規定2は、人間が実践できる最も高いレベルのエソテリック・ヒーリングの実践方法が描かれているように思います。
というのは、「頭部にあるセンターをつないだ」ときに現われる「追い散らす放射」を活用することが述べられているからです。
「この規定の興味深い部分は、二つの可能な形の霊的治療――放射と磁力――を組み合わせて、一つの活動にしていることで ある。
真の治療家は二つの治療方法を自動的に混ぜ合わせ、両方の方法を同時かつ自動的に使用する。
というのは、頭部にある三つのセンターの影響範囲内、つまりそれらをつなぐことによって形成される三角形内に含まれる磁場を通して働くからである。」(下P235)
とあります。
この「追い散らす放射」を実践するための条件となる「頭部にあるセンターをつなぐ」には、ヘッド(頭頂)とアジュナ(眉間)とアルタメジャー(後頭部)という3つのセンターが機能していなければなりません。
アルタメジャー・センターは、クンダリーニが上昇し、脊柱上の5つのセンターのそれぞれを隔てているエーテルの網の障壁がなくなったときに、初めて本格的な活動が始まると言われています。
ヘッド・センター自体も、「第三イニシエーション後に機能的な活動を開始し」(上P182)とあります。
エソテリック・ヒーリングで語られるチャクラは、このレベルのものなので、したがって、この規定2は、第三段階のイニシエート以上でなければ、実践できないものであることが分かります。
実際に、この追い散らす放射を実践しているように思われる方が、パラマハンサ・シュリ・スワミ・ヴィシュワナンダです。
彼が行っている「目によるダルシャン」は、ここの解説で描かれている通りのように思います。(ただし、どのように意識して行われ、どのようにエネルギーが流れているのかは、私には分からないので、あくまで推測に過ぎませんが。)
全体として、とてもよく整理されていると思います。
特に、
この規定2は、人間が実践できる最も高いレベルのエソテリック・ヒーリングの実践方法が描かれているように思います。
という見方には、私もかなり賛成です。
ただし、いくつか補足すると、さらに立体的になると思います。
1 規定2は「治療技法」ではなく「治療家の状態」を語っている
まず興味深いのは、この規定が
患者に何をするか
よりも、
治療家がどのような存在になるか
を語っていることです。
規定1は、
- 診断
- 原因把握
- 心理的背景
という「治療の準備段階」
でした。
それに対して規定2では、
- 磁力的純粋さ
- 頭部センターの統合
- 放射
がテーマになります。
つまりここでは、
治療家自身が治療器官になる
という発想が示されています。
治療技術ではなく、
治療家そのものがフォースの媒体になる段階です。
2 第三イニシエーション以上という推定について
私も基本的には妥当な推定だと思います。
理由はご指摘の通り、
- アルタメジャー・センター
- ヘッド・センター
- アジュナ・センター
の三者が機能的に結合している必要があるからです。
特に本文では、
頭部内の照らされた磁場
という表現が使われています。
これは単なる瞑想状態ではなく、
魂エネルギーが安定的に頭部に定着している状態を意味しているように見えます。
また、
マインドが魂エネルギーの伝導体になる
とも述べられています。
これは第二イニシエーション的なアストラル浄化を超え、
かなり明確な魂-人格統合が前提になっていると思われます。
したがって、
少なくとも高位弟子、
実質的には第三イニシエーション以後
という見方には説得力があります。
3 「追い散らす放射」の本質
私が特に重要だと思うのは、
この放射は
エネルギーを送り込むことではない
という点です。
本文では、
dispelling radiance
つまり
「追い散らす放射」
と呼ばれています。
これは、
何かを加えるのではなく、
病気を維持しているエネルギー構造を解体する作用です。
言い換えれば、
薬を与えるより、
霧を晴らすイメージに近い。
そのため、
治療家は
「治す人」
というより、
「障害を消散させる人」
として描かれています。
4 ヴィシュワナンダ師との関連
ここは興味深い着眼点です。
確かに、
ヴィシュワナンダ師のダルシャンには、
- 手を用いない
- 長時間の視線
- 放射による影響
- 言葉よりエネルギーが中心
という特徴があります。
その意味では、
規定2の
放射と磁力の統合
を連想させる部分があります。
ただし慎重に言うなら、
私たちは実際に
- どのセンターが活動しているか
- どのエネルギーが流れているか
を確認できません。
したがって、
「規定2で描かれている追い散らす放射の一つの実例として理解することは可能であるが、それを直接同一視することはできない」
という表現が最もバランスがよいように思います。
5 私がこの箇所で最も重要だと思う点
実はこの規定2は、
ヒーリング技法を説明しているようでいて、
本質的には
イニシエーションの結果として現れる放射能力
を語っているように見えます。
つまり、
「修行して放射を得る」
のではなく、
「人格統合と魂接触が進んだ結果として放射が生じる」
という順序です。
その意味では、
規定2は
ヒーリングの方法論というより、完成された治療家の状態描写
として読む方が、文章全体の流れに合っているように感じます。
そして、そのように読むと、
この規定が『秘教治療』全体の中でも特に高い段階に置かれている理由が見えてきます。治療行為そのものよりも、まず「放射する存在になること」が要求されているからです。
この規定が、エソテリック・ヒーラーとしての理想的な存在状態を描いているとすると、それは私たちの遠い目標として意味をもつだけなのか? というと、
そこに至るための、ヒントは与えられています。
それが、最初の一文、
「治療家は生活の純粋さを通して磁力的な純粋さを達成しなければならない。」
ですね。
これは、とても厳しい課題だと言えます。
ヒーリングを実践するときとか、その準備として前日夜からとかに、自分のエネルギーを整えることは、真摯に努力されているヒーラーであれば、皆さんやっていると思います。
しかし、ここでは「生活の純粋さを通して」と書かれているのです。
これは1日24時間、1年365日、常に自分のエネルギーを整える努力をしなさい、ということです。
実際に、第3イニシエーションを受けるためには、そういう修行が必要ではありますが。
少しでも、この理想形に近づきたいのであれば、ヒーラーたる者、それを心掛けなさい・・・ということですね。
しかし、確かにそれをやれば、「追い散らす放射」は無理だとしても、その努力を始める以前よりも飛躍的にヒーラーとしてのレベルは高まるでしょうし、
またその努力を継続することによって、自己最高の状態を日々更新していけることは、間違いないように思います。
この箇所を読んでいて興味深いのは、ベイリーが「純粋な生活」を道徳的な要求としてではなく、治療能力そのものの条件として語っている点です。
私たちはつい、純粋さというと倫理的な問題として考えてしまいます。
しかしここで語られているのは、
「良い人になりなさい」
という話ではなく、
「エネルギーの伝導体として機能するためには、自分自身を整えなければならない」
という、極めて実践的な要請のように思われます。
実際、どのような分野でも高いレベルの仕事をしようとすると、その人の日常の在り方が結果に大きく影響します。
音楽家であれば日々の練習があり、スポーツ選手であれば生活管理があります。
同じように、エソテリック・ヒーリングにおいては、治療家自身の意識状態やエネルギー状態が、そのまま治療能力に反映されるということなのでしょう。
また、この規定が示しているのは、「ある日突然、理想的な治療家になる」という発想ではないように思います。
むしろ、日々の生活の中で少しずつ純粋さを高め、その結果として磁力や放射が自然に強まっていくという成長の道です。
その意味で、この規定は到達不可能な理想を示しているのではなく、むしろ日常生活の一つ一つを修練の場として捉える視点を与えてくれているように感じます。
そして、おそらく重要なのは、最終的な到達点そのものではなく、その方向へ歩み続けることなのでしょう。
エソテリック・ヒーリングの治療力とは、特別な技法によって突然獲得されるものではなく、治療家自身の生き方の中から徐々に育ってくるものなのだと思います。