覚の声を聞いて、真魚が言った。
「一息、入れよう…」
「そうだな…」
側にいた頭が、皆の姿を見ていた。
「おい、みんな!ここらで休憩だ!」
頭のその声で場の緊張が緩んだ。
「ちょっと来てもらえぬか…」
真魚は頭に向かって言った。
「どうしてだ…」
頭は怪訝な表情を見せた。

「どうやら、客が来るようだ…」
「客?」
頭は真魚の言葉で、更に迷路の奥に迷い込んだ。
話をしながら、木の通路を使って、川の上まで出た。
その通路は、皆が逃げる為のものであった。
「あれだ…」
真魚がそう言って顔を向けた。
その先に、二つの人影が見えた。
「なるほど…」
頭は、その影が誰であるか知っていた。
もうすぐ、来る頃だと思っていた。
「これは!どういうことだ!」
頭の顔を見るなり、役人の男は怒鳴った。
「どうもこうも、見ての通りでございます」
頭が大げさに、その手を広げた。
「木はどうしたのだ!もうすぐ約束の日だぞ!」
男の怒りは収まらない。
「それが、全てあちらで…」
頭は堰に手を向けた。
隠してもしょうが無い。
正直に言ったまでだ。
「何だと!」
役人は、奥歯を噛みしめた。
男の自尊心が感情を高ぶらせる。
怒りが溜まっていくのがわかる。
「こんなものの為に、私が頭を下げるのか!」
男の怒りが爆発した。
その言葉が、男の描いた未来だ。
付き人は側で小さくなっていた。
「もうすぐ上流の湖が決壊する…」
「これは、村を救うための堰だ…」
真魚が男に言った。
「お主は誰だ、見たこと無い顔だな…」
男は、奥歯を噛みしめたままだ。
「佐伯真魚という、旅の途中に通りかかった…」
真魚は面倒な説明を省いた。
男にそれだけ言った。
「佐伯…だと」
「そのような者が、ここで何をしている?」
「見れば分かるだろう、一緒に堰を作っている」
「お主…正気か?」
男は、そう言って笑った。
男にとって、汗を流すことなど愚の骨頂。
そう思っているに違いない。
「なかなか良いものだぞ、身体を動かすと言う事は…」
真魚は笑みを浮かべた。
「それに、村が沈み民が死ねば、困るのはお主だ…」
「せっかく切った木も、流されるであろうなぁ…」
真魚は更にそう付け加えた。
「う…」
男は黙ってしまった。
木が流されてしまえば元も子もない。
堰が保てばその場に木は残る。
解体すれば再利用出来る。
男は瞬時にその事に辿り着く。
だが、溢れた感情は、直ぐには治まらない。
側にいる付き人が怯えている。
怒りの矛先が、次に向かうのは何処か…
それを探っている。
「可愛そうに…」
真魚が男に向かって言った。
「付き人が、怯えているではないか…」
真魚の笑みが、付き人に向けられた。
「わ、私は何も…」
付き人がその笑みに答えた。
「もう良いわ!」
怒りをはき出した後、役人の男はその場を離れた。
「素直に引き下がるとは、思えんな…」
真魚がつぶやいた。
「くせのある男だからな…」
頭の言葉の中には、役人に対する嫌悪が含まれていた。
「忌々しい奴らだ…」
役人の男の怒りは収まらない。
それどころか、どんどん膨らんで行く。
そこに、もう一人の付き人が走って来た。
「ここにおられましたか…」
「お主は何を聞いてきた?」
役人の男が付き人に聞いた。
その声の雰囲気を、付き人は感じ取った。
「あ、あの、この川の上流で、山が崩れ…」
「もう良いわ!」
「その話を聞かされ、虚仮にされた所だ…」
付き人の言葉に、怒りが増幅される。
「奴らの言う事は本当なのか?」
自分に言い聞かせる様に、男はつぶやいた。
付き人は返事に困った。
独り言ならば、関わらない方がいい。
矛先は自分たちに向かってくる。
「お主ら、行って見てこい…」
役人の男はそうつぶやいた。
「できた…湖をでしょうか…?」
付き人の一人が、恐る恐る口を開いた。
「待て、私が行く…行って確かめてやる…」
「無能な奴らの考えを…」
拳を握りしめ男は言った。
他人など信用しない。
その男の言葉はそう告げていた。
自らの目で見たものだけが、この男の真実なのだ。
ある意味で、それは間違ってはいない。
二極の器。
その力を使い、生み出した感情。
その波動に、惹かれ導かれていく。
真実という答えを求め、人はその力を使う。
だが、今のこの男は…
その力に、翻弄されているだけであった。

続く…
-この物語はフィクションであり、史実とは異なります。
実在の人物・団体とは一切関係ありません-