空の宇珠 海の渦 第三話 その四 | 空の宇珠 海の渦 

空の宇珠 海の渦 

-そらのうず うみのうず-
空海の小説と宇宙のお話



「ところでお主達は何をしていたのじゃ」
 
 嵐は姿を消していた前鬼達の行動が気になっていた。
 

 「ちょっと一仕事、真魚殿に頼まれてな」
 
 前鬼が言った。
 

 「何の仕事じゃ?」
 

 「それはまだ言えぬ」
 
 嵐が内容を尋ねたが、前鬼は言葉を濁した。 


「お主らだけで何が出来るのじゃ?」
 
 嵐は前鬼と後鬼を挑発した。
 

 「その手には乗らぬ、真魚殿にしかられるからな」
 
 後鬼は嵐の挑発を軽くあしらった。
 
 
「真魚殿が何の考えもなしにこの地に来たと思うか?」
 
 前鬼は嵐に問いかける。
 

 「それはない」
 
 嵐は確信を持って言った。
 

 「じゃろう!」
 
 後鬼は相づちを打つ。
 

 「そう言うことじゃ」
 
 前鬼は嵐を窘めるように言った。
 

 「それではわからん!」
 
 嵐は自分だけが蚊帳の外であることが不満であった。

 
 「お主らだけで何を企んでおるのじゃ!」
 
 嵐は知りたくてしょうがなかった。
 

 「これは儂らにしか出来ない仕事じゃ」
 
 後鬼が言った。
 

 「厳密に言えば二人そろってないと出来ない仕事じゃ」
 
 前鬼が言った。
 

 「お主ら二人がそろうとなんか良いことがあるのか?」
 
 嵐は不機嫌そうに言った。
 

 「良いことはないが、出来ることがある」
 
 後鬼は言った。
 

 「出来ること?何か芸でも出来るのか?」
 
 嵐には皆目見当が付かなかった。
 

 「芸と言えば芸になるかな」
 
 前鬼が言う。
 

 「そうじゃのう」
 
 後鬼が頷く。
 

 「そこまで言うなら見せてくれ!」
 
 嵐はたまらずそう言った。
 
 
 「ほ~見たいのか?」
 後鬼がそう言って嵐を覗き込む。
 
 
 「見たい!見せてくれ~~~!」
 
  嵐がたまらず吠えた。


 「仕方ないのう」
 
 前鬼と後鬼はそう言うと肩を組んだ。
 
 そして残っているお互いの手で印を組んだ。
 
 呪を唱える。
 
 
 「お~!」
 
 嵐は驚いた。
 

 二人の躰が陽炎のように揺らぎ始めた。
 
「お~お~お~~~~~~!」

 嵐は予想もしない出来事に奇妙な声を上げていた。

  揺らぎながら融合していく。
 
 「お~お~お主ら一体!」
 
 嵐は目を丸くして二人を見た。
 
 いや、今は二人ではなく実体は一人であった。
 
 「どうじゃ!」
 
 前鬼と後鬼は前鬼と後鬼ではなくなっていた。


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 「お、お主らこんな特技があったのか!」
 
 嵐はある意味で感動していた。
 

 「ひょっとして吉野山の天狗とはお主らのことか?」
 
 嵐はふと湧いた考えを言った。
 

 「そうかも知れん」
 
 「じゃが、この技はそう長くは使えん、霊力の消耗が激しいのでな。」
 
 そう言うとまたもとの二人に戻った。
 

 「ははぁ~お主らその技を使って・・・」
 
 嵐にはおおよその見当がついたらしい。
 
 
 「まあそんな所だ」
 
 元に戻った前鬼が答えた。
 

 「真魚も面白い事を考えるな」
 
 嵐は感心していた。
 
 「さすがは真魚じゃ」
 
 自分で納得していた。
 

 「わかったのか?」
 
 「さあ?」
 
 前鬼と後鬼は半信半疑であった。
 

 「真魚・・・どこに行ったのじゃ~」
 
  嵐は真魚に会いたくなった。
 
 







 「ふふっ」
 
  白い空間であった。

  花の絨毯。
 
 花びらが敷き詰められていた。
 
 二人は向き合って寝そべっていた。
 
 互いの躰に手を添えてくすぐって遊んでいた。
 
 
 丹生津姫が真魚の目を見つめていた。
 
 
 真魚が丹生津姫の目を見つめていた。
 
 
 互いに目を逸らすことはない。
 
 
 そうすることで互いの心をつなぎ止めていた。




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 「私は今まで・・・お前に出会うまでは、人は虫けらと同じだと思っていた。」
 
 「そんな奴らもいる」
 
  真魚は姫の言葉にそう答えた。
 
 「だが、今は違う」
 
 「お前という存在が私を変えた・・・」
 
 丹生津姫は真魚の頬に手を触れた。
 
 そして、その手を真魚の顎の先まで滑らした。
 
 真魚は黙って姫を見つめていた。
 
 姫は唇を真魚の唇に重ねた。
 
 真魚はその腕を姫の背中に回し、その行為を受け入れた。
 
 しばらく二人は揺らぎながら、お互いの唇を確かめ合っていた。
 
 二人がふれあい動いている。
 
 姫が唇を離した。
 
 「お前といると・・・」
 
 「抱き合っているのに・・・」 
 
 「苦しいのだ・・・」
 
 「唇を重ねているのに・・・」
 
 「切ないのだ・・・」
 
 姫は真魚の目を見つめていった。
 
 
 「俺も同じだ」
 
 「相容れぬものが相容れようとする」
 
 「それは哀しくて切ない・・・」
 
 真魚は言った。
 
 
 「相容れぬもの・・・陰と陽・・・男と女」
 
 姫はそうつぶやくと再び真魚に唇を重ねた。
 
 真魚は姫を抱きしめた。
 
 互いの肌のぬくもりが、その切なさを癒す。
 
 重ねた唇が沈黙を守る。
 
 だが、どんなに肌を合わせても、どんなに唇を重ねても足りなかった。
 
 「私はどうすれば良いのだ・・・」
 
 「この感情はどこに行きたいのだ」
 
 丹生津姫は感情に押しつぶされそうになっていた。
 
 「切ないのだ・・・」
 
 「お前の事を、思えば思うほど切ないのだ・・・憎らしいのだ」
 
 「こうして・・・」
 
 姫は真魚の背中に爪を立てた。
 
 「・・・。」
 
 真魚は姫の目を見つめて言った。
 
 「そなたが愛おしい・・・」
 
 姫の目から涙が溢れた。
 
 姫は真魚を受け入れた。
 
 感情の渦が姫の心を捕らえた。
 
 真魚の波動が伝わってくる。
 
 心地よい・・・。
 
 真魚の波動によって渦が加速していく。
 
 『いつまでもこうしていたい・・・』
 
 『この渦に抱かれていたい・・・』
 
 『真魚といたい・・・』
 
 姫はそう感じた。 
 
 渦はどんどん大きくなっていく。
 
 渦が二人を包み込んでいく。
 
 姫は真魚にしがみついた。
 
 波が来る。
 
 波が押し寄せてくる。
 
 心地よい・・・。
 
 苦しい・・・。
 
 心地よい・・・。
  
 切ない・・・。
 
 互いに違う感情が打ち寄せる。
 
 だんだんと周期が速くなる。

 それに合わせるように吐息が漏れた。
 
 だんだんと強くなる。
 
 大きくなる。
 
 いつの間にか吐息は声に変わっていた。
 
 その大きさに・・・。
 
 全てが包まれていく・・・。
 
 渦の中で時が止まる。
 
 二つの心が混ざり合う。
 
 足りないものを求め・・・。
 
 隙間を埋め・・・。
 
 その中に互いを取り込もうとする。
 
 相容れない切なさがそれを拒む。 
 
 それでも求め合う。
 
 突然。
 
 全てが止まる。
 
 中心からエネルギーが沸き上がった。
 
 弾けた。
 
 全てが弾けた。
 
 叫んでいた。
 
  
 真魚の名を叫んでいた。
 
  
  
 真魚は全てを包み込んだ。
 
 

 
  姫は全てを受け止めた。

 
  
  
 静かに時が流れていく。
 
 
  
 「これが・・・」
 

  
 丹生津姫は薄れゆく意識の中で感じた。
 
 
 
 「生命の・・・力・・・」
 
 
  
 吐息が時を数えていた。

 
  
 感情の渦が静まっていく。
 

  
  そして…。

 
  突然…

 
  
  姫の心に光が射した。
 
 
  「真魚…」
 
 
  「思い出した…」


  「すべては…ひとつだったのだな」

 
  
  姫は真魚を見て言った。
 
    
  
  真魚は姫を見つめていた。
 
 
 
  「だから…愛おしいのだ」
 
 
 
  
  真魚の言葉がしみこんでくる。

 
 
  
  儚さが心を締めつける…。
 
 
  「真魚…」
 
 
  
  姫は真魚の胸で永遠の今を願った。



続く…