空の宇珠 海の渦 第三話 その三 | 空の宇珠 海の渦 

空の宇珠 海の渦 

-そらのうず うみのうず-
空海の小説と宇宙のお話

真魚は宇宙にいた。
 
 闇の中に立っていた。
 
 光の宇渦が無数にあった。
 
 光と闇。
 
 密と疎。
 
 それらは互いに影響しながら世界を作り出していく。
 
 宇宙の理がそこにあった。
 
 ふと気がつくと無限の彼方にひときわ輝く光の玉があった。


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 誘われるままに飛んだ。
 
 
 「こんなにも速く飛べるものか?」

 
 その速さに驚いた。

 だが光の玉は近づくこともない。
 
 遠ざかることもない。
 
 どんなに速く飛んでも変わらなかった。  

 その時…。
 

 「真魚・・・」
 
 
 声がした。
 

 「お前はまだ行ってはいけない」
 

 その声の主に覚えがあった。
 
 
 「お前にはまだやるべきことがある」
 
 
 そうだ・・・。
 
 行ってはいけない。
 
 
 真魚は思った。
 
 
 「戻ってこい・・」

 
 真魚はその声に振り向いた。
 

  「私の側に来い・・・」
 

  呼んでいる・・・。
 

  「私はまだお前を失いたくはない」
 

  俺も同じだ。
 

  「私は丹生津姫…」
 

   姫・・・。
 

  「私はお前が・・・」
 
 
  真魚の目にその姿がはっきり見えた。
 

  「愛おしい」
 
 
 姫の瞳から涙が溢れた。
 
 姫は涙の意味を受け入れた。
 
 真魚の躰がまばゆいほどの光に包まれた。
 
 
 この感じ・・・。
 
 温かい・・・。
 
 柔らかい・・・。
 
 感じる・・・。
 
  生命(エネルギー)

 

  「姫」
 
 
 その瞬間、真魚は飛んだ。
 

  光の玉となって次元を飛び越えた。
 
 
 真っ白い時間が過ぎた。
 
 
 それは永遠という時間の始まりだったかも知れない。

 
 真魚はゆっくり目を開けた・・・。
 
 
 「真魚…」

 
 真魚の目の前に美しい丹生津姫の顔があった。
 
 
 悲しげに真魚を見つめていた。
 
 
 真魚の上半身を抱きかかえるようにして、姫は真魚を見つめていた。
 
 
 姫の手が真魚の存在を確かめるように、その頬をなでた。
 

  「私はお前が憎らしい」
 
 「神と拝め奉られてから何千年も過ごしてきた」
 
 「我が結界に侵入し、我を見、禁を破り、我に触れ、我を穢した」
 
 「たかだか人であるお前に・・・心が乱れた・・・」
 
 
 その瞳には溢れそうな涙と感情が、いっぱい詰まっていた。
 
 
 「そなたは美しい」
 
 
 真魚のその言葉で・・・
 

 溢れて・・・
 
 落ちた。
 
 なぜだかわからない。
 
 神である。
 
 だが・・・。
 
 
 こらえきれない感情を真魚にぶつけた。
 
 
 人である真魚の前に・・・。
 
 
 その胸に顔を埋めるようにして泣いた。
 
 
 あらぬ限りの声で泣いた。
 
 
 真魚は姫を抱きしめた。
 
 
 「お前は愚かじゃ!」
 

  「愚か者じゃ!」
 
 
 全ての感情を洗い流すかのように姫は泣いた。
 


 真魚は全てを受け入れた。
 
 
 時が止まっていた。
 
 
 二人が抱き合ったまま・・・。
 
 
 時が止まっていた。
 

  ただ・・・。
 
 
 想いだけが溢れ続けていた。



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嵐は途方に暮れていた。
 
 残る血の臭い。
 
 真魚のものだ。
 
 しかも、かなりの出血であることは間違いなかった。
 

 「真魚を連れて行った女の神は誰じゃ?」
 
 嵐は考えていた。
 
 
  
   金峯山を下りた。
 

  「情報は有効に利用しないとな」
 
   真魚達一行はそのまま南へ下った。

 
  十日ほど時間をかけながら歩いた。


  前鬼と後鬼は時々何処かに出かけて行った。


  真魚は何かを探しながら歩いている様であった。
 
 
 葛城の山々を越え、川伝いに歩いた。 
 
 川幅が広くなり始めた頃、川を渡った。
 
 今度は大きな川の支流を伝って山の方に向かった。
 
 少しずつではあるが道が険しくなり始めた頃であった。 

 そこで、事件は起こった。

 
 「あの神は一体誰じゃ?」

 嵐は独り言をつぶやいた。
 
 

 「遅いと思ったら休憩かいな!」
 
 その声は木の上から聞こえた。
 
 
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 「前鬼!後鬼!お主ら何をしとったんや!」
 
 嵐は情けない声で言った。

 
 「おや!真魚殿がいないようじゃが?」
  
  前鬼が嵐に聞いた。
 
 
 「真魚は女の神に連れて行かれてしもうた。」
 
 嵐は言った。
 
 
 「何と!女の神とな!」
 
 後鬼は驚いた様子で言った。
 

 「それは恐らく丹生津姫であろう」
 
 前鬼は心当たりがあるらしい。
 
 
 「かなりの美人であったであろう?うちと同じくらいか?」
 
 後鬼が言った。
 
 
 「お主など足下どころか虫けら以下じゃ!」 
 
 嵐もその美しさを認めていた。
 
 
 「間違いない」
 
 前鬼は確信した。
 
 
 「だが、その丹生津姫がどうして真魚殿を連れて行くのじゃ?」
 
 後鬼が不思議そうに言った。
 

 「わからん。だが、真魚の血の臭いが立ちこめて居った。」
 
 「お主らにもわかるであろう」
 
 嵐は前鬼と後鬼に遠回しに、何かあったと言う事実を伝えた。 
 

 「本当や!」
 
 後鬼は辺りの臭いをかいで言った。
 
 
 「それにあちらの奴らの気も混じっている」
 
 前鬼はおおかたの事情は飲み込めた様だ。
 

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 「奴らめ!」
 
 嵐は無念であった。
 
 
 「初めは何もなかったのじゃ」
 
 「だが、突然神の結界が乱れたのじゃ」
 
 嵐はその時の状況を語り始めた。
 

 「お主はどうして居った?」
 
 後鬼が尋ねる。
 
 
 「神の結界に他の神が入ると危険だと真魚に言われて・・・」
 
 「休んで居ったか」
 
 前鬼がその時の状況を描く。
 

 「そうであれば真魚殿は丹生津姫に助けられた可能性が高い」
 
 前鬼が言った。
 
 
 「そうか!だから姫は『この者は連れて行く』と言ったのか!」 

 嵐はようやく事の真相が掴めてきたようであった。
 

 「そう言ったのか?姫は」

  後鬼が問い直す。
 

 「言った」
 
 嵐は確信した。
 
 真魚は生きている。
 

 「大丈夫であるとは思うが、傷は思ったより深いかもしれんな」
 
 前鬼が言った。
 
 
 「なぜじゃ!」
 
 嵐は納得いかない。
 

 「何もなければわざわざ神である姫が、人である真魚を連れてはいくまい」
 
 前鬼は不安そうな嵐に向かっていった。
 
 「真魚どうして居るのじゃ・・・」
 
 嵐は後悔していた。

 






 真魚は眠り続けている。
 
 元々時間など存在しない空間である。

  どれだけ眠っているのかもわからない。
 
 だが、その間真魚をずっと見ていた。
 
 そして、ずっと考えていた。
 
 
 人である真魚のこと。
 
 
 神である自分のこと。
 

 人である真魚が抱える悲しみ、苦悩。
 
 
 それは真魚だけのものではない。
 
 
 自分以外の者に対してこれほどの想いを抱く。
 
 
 佐伯真魚。
 
 
 果てしない器を持つものが生み出す力。

 
 「神を超えるかも知れない」
 
 「いずれこの男は神をも超える」
 
 そう感じた。
 
 

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 そして、もう一つ…。


 自分の中に芽生えた感情に戸惑っていた。
 
 
 儚く、今にも壊れそうな器を抱え、それでいてひたすら真っ直ぐに進もうとする。
 
 それ故に自らも傷を負う。
 
 だが、それすらも潔しとする。
 
 「このような男がいたのか・・・」
 
 眠っている真魚の顔を見つめる。
 
 こみ上げてくる感情。
 
 「私にもこのような感情が存在したのか」
 
 「このような感情が、神である私にも生まれるのか」
 
 この男の波動に巻き込まれていく。
 
 この男の生命(エネルギー)に同調していく。
 
 それが心地よい。
 
 命という器の中に、秘められた意志。
 
 その意志はやがて人々を巻き込んで行くであろう。
 
 「お前といるのも悪くはない」
 
 神としてあり得ない言葉を言った。
 
 「お前と・・・」
 
 その時・・・。
 
 「真魚!」
 
 真魚の瞼が動いた。
 
 真魚が目を開けた。
 

 - 真魚が存在する。 -
 

 その事実に打ち震えた。
 

 溢れる感情に押しつぶされそうになりながら、懸命にそれを堪えた。
 
 
 
  「ずっといてくれたのだな…」


  真魚が微笑んで言った。

  
  真魚の声が丹生津姫を包んだ。

  
  涙が落ちた。
 
  
  それが心地良かった。
 

  真魚をいっぱい抱きしめた。
 

  
  溢れ出る感情にあらがう必要はもうなかった。


   『神である私が・・・』
 

   『お前という存在に・・・』
 

   『抱かれている』
 

   その事実がうれしかった。
   
   



続く…