マイカソレイユパーティー
9月13日です。

皆様のお越しを
お待ちしております。


街パーティーで、
お相手の女性に、音楽を聴いていますか?
と訊くと聴いていると答えた人は一人もいません。
誰も音楽を聴いていないのです。

これでは、歌うように踊るといっても
無理な話です。
なぜ聴いていないのでしょう。

リードを感じ取るのに精一杯だからです。
ステップを間違えるのが怖いのです。
私からすれば、
そんなこと気にしなくてもいいのに
と思うのですが、やはり女性は、男性から
嫌われたくないという心理が働くのでしょう。

日本のダンスは欧米とは真逆で、
男性上位ですからね、
エスコート文化は無いのです。

ダンスは歌うように踊る。
音楽を感じながら
それを感情表現する。
それが楽しいと思うのです。

指揮者は手で、
指揮棒を持ってオーケストラを指揮する。
つまり手を動かして音楽を表現することになる。
両手を使う人もいれば上半身を使う人もいる。
つまり体の動きで音楽を表現している。

指揮者で足を使う人はいませんが、
もし足を使うとすれば、
それはもうダンスと同じです。
さらに足を使って流れるように移動すれば
まさしくダンスになる。

歌うように踊るというのは、
音楽、そして歌手の声に合わせて、
手足を動かしていく。
体のうねりでメロディを表現する。
そういったことです。


床と足は弦と弓の関係にある。
足はつま先で床をなぞるように動いていく。
書道で言えば筆と半紙の関係にある。

そして男女が身体を躍動させて
音楽を表現する。

ミラノ・コルティナ五輪のフィギュアスケート・ペア
金メダリスト“りくりゅう”こと三浦璃来・木原龍一ペア
お見事でしたね。

ダンスも同じことです。


★其井湯♨アラカルト
四字熟語
「責任転嫁」(せきにんてんか)
過失責任を人のせいにする
自分のなすべき務めを他人になすりつける。
古い用例のある語ではない。
責任は、自分が当然しなければならない務め。
転嫁は、それを転じて他人のせいにする。
「嫁」には、押しつける、なすりつける、の意がある。
『史記』に「内禍(うちわざわい)を嫁して
国を安(やす)んず」(国内の禍いを他の国へ押しつけ、
国の安定をはかる)という記事が見える。
今日では普通、過失の責任を人のせいにする場合に用いる。
『唐書(とうじょ)』(唐の歴史)に「嫁非(かひ)」
という語が見えるが、これは「非を嫁す」
(過失や悪事を他へなすりつける)ことで、
今の用法の「責任転嫁」と同じだ。
とかく大きな過失責任は、当事者間で
次々に転嫁して問えないことが多い。


★其井湯♨瓦版
<ケンさんのブログから>
「歌を歌う様に踊りましょう!」
今や日本中でカラオケが歌われています。
その数は、恐らく、社交ダンスを踊る人よりも
遥かに多いと思われます。

もちろん、社交ダンスを踊る人も、同じく
足しげく通っている場合が多いと思います。
しかしながら、カラオケでは、少し音程が外れたり
歌詞が間違ったりすると過敏に反応する人達が
社交ダンスに成ったとたん、音楽もステップも
かなりいい加減に成っています。

でも、踊っている人は、しっかりと音楽を聴いて
ステップも間違っていないと言い張ります。
しかし、残念ながら、自己申告に反して、
音楽とはかけ離れた方々が多いのが現実です。
音楽を聴きながら、習った足型を間違わないで
踏んだから、音楽に合っていると解釈している方が
結構多いものです。

詳しくは、こちら

 

 

 

須田雅美さんのブログから
「アメリカへ渡ってしまったドニ―」を拝借しました。

ブラックプールでは「9月でドニーがレッスンできる時!」ととっさに答えると
「うん、その頃なら絶対にいるぞ、来いよ(^。^)ノ!」と気持ちの良い返事を頂きました。
ところが7月に入ってエアチケットを取る都合もありFacebookでチャット中に
「ところで9月半ば以降にレッスンの件だけど…」と言うと今度は
「う~ん、その頃だとハイディのお産が近いから、
ひょっとしたらキャンセルしちゃうかもしれないよ(・ω・)分かるだろ?」
なんてぬかしやがったので「あ、そ。じゃあいいよ( -.-)ノ ・゚゚・。ポイッまたの機会にするね。」
と行く気も無くしておりました。
ところが8月にドニーのレッスンを受けにカリフォルニアに行った
ドニーマニアの竹歳英樹くんが「先生、9月にもう一度ドニー先生のところに
行きたくてメールを送ってるんですけど、なかなか返事が来ないんです(>_<)」
と嘆きつつも「ドニー先生は『アキとマーチャンをあのレストランに連れて行こう!
アキはグルメだからきっと気に入るよな!』とか話してて、
お二人が来てくれるのをものすご~く楽しみにしている感じでした。」
と言うので「どうする?やっぱり行く?」と迷ってしまいました。

すると神戸の立石組が時期を同じくして「最近レッスンを受け続けているゲイナーや、
日本のコーチ北條組のバックボーンであるドニー大先生にレッスンを受ける事は可能ですか?」
と相談をしてきたので、まずは自分達でメールを送らせたけど…
案の定「ドニーからは全く返信がありません(=_=)」と連絡をしてきました。
この2組の「自分達がメールを送っても返事は来ないけど、
ドニーの愛弟子Akira&Masamiが一緒ならレッスンをしてくれるかも…」
という目に見えぬプレッシャーを受け、救世主マチャミは重い腰…じゃなく指を上げ、
夜中にパソコンを立ち上げて再度ドニーとメッセージを交換する事にしたのでありました。

最近はフェイスブックでチャットをする事が多いのですが、
ドニーとの交渉にはちょっとしたコツがいるんです。
でも今回もそれに成功(^○^)「ちぇっセコイ手使いやがって…
ま、いいよ。全員レッスンするよ(-ω-;)」と、
3組がほぼ同時にレッスンを受けられるようにアレンジできたのですΨ(`▽´)Ψイヒヒ

ドニーは基本的にレッスンをするのが嫌いです。
なぜかと言うと、どんなレベルのダンサーに対しても全身全霊を込めてレッスンをするからです。
←これは「本人談」ですが、私達が長年…かれこれ20年…え!?書いてビックリしたっ(@_@;)
もう20年も付き合ってるんだ!あ、話がそれちゃった(^_^;)
そう、長年彼のレッスンを受け、おまけにチラリと前後のカップルを見たりしていると、
汗をイッパイかいて体を目一杯使って教えている姿をこの目で見ていますから、
彼の主張は正しい事を証明いたします(^_^)/

しかも現役時代にしこたま稼いだドニーですから、
お金を稼ぐために教えるなんて必要が無いらしく、
レッスンの予約を受けてスケジュール帳に書き込むまで何日も、
いや、何か月もかかってしまうようなのです。
「大人なんだからちゃんと働けよ~!」とロンドン在住時代から説教(!)をしていたのですが、
お金に困っていないから仕方がないか(=_=) しか~しっヾ(。`Д´。)ノ彡☆!!
レッスンするのがキライだってお金に困って無くたって、そんなん私の知ったこっちゃない!
アンタがちゃんとレッスンして、世界のアチコチに道標をいっぱい立ててくれなきゃ困るんですよ!
当てもなく彷徨うラテンダンサーのなんと多いことか(p_-) 
そんなこんなで、私達はアメリカ合衆国の西海岸、
カリフォルニア州はニューポートビーチに向かうことになりました。

 

マイカソレイユパーティー
9月13日です。

皆様のお越しを
お待ちしております。


街パーティーでは、
男性が女性に教えている光景がよくあります。
ダンスの上達には、指導が必要です。

では、教え魔と指導者の違いは何でしょう。
私が思うには、
受ける側、つまり女性がどう思うかです。

セクハラと同じ考え方、
女性が迷惑だと思えば、それは教え魔です。
たとえ正しい理屈で教えたとしてもです。
女性は、イヤだと思っても
なかなか意思表示ができません。
ですから男性が察することが大事です。

それがわかっていない教え魔は、
女性がイヤそうな顔をしても、
自分が納得するまで、
女性を離そうとはしません。

あるご婦人が、私に相談をしました。
「私、あの方から、重いと言われました。私、重いですか?」
私は、「いえ、そんなことはありません」と答えました。

このご婦人は確かに体重はあります。
たぶん、その教え魔さんは、
自分が動くと同時にホールドで
女性を動かそうとしたのでしょう。
これでは、重く感じます。

私の場合は、このご婦人と踊る時は、
動くよー、とモーションをかけて
女性が動き出したら
それに合わせて私も動きます。
リードはするけど、キッカケだけ。
あとはフォローするだけです。
だから重さは感じないのです。

ご婦人に
このあたりのことを説明して、
「重くないですよ」と言うと
とても納得して喜んでおりました。


あるパーティーで
ミキシングの最中にフロアの中央で
指導している光景を見ました。
もちろん、ご婦人は恥ずかしそう。


教え魔の中にも、ひどいのがいて、
無理な動作を要求して、
女性が怪我をする場合があります。

首筋を痛めたとか、
腰を痛めたとか、
空足を踏んで膝を痛めたとか

マナー違反どころではない行為
ほんとに困ったものです。


★其井湯♨アラカルト
四字熟語
「因循姑息」(いんじゅんこそく)
古くからの習慣を守り、ぐずぐず一時逃れをする。
「因循」は、「因(よ)り循(したが)う」と読む。
『史記』に老荘の学を「その術は虚無を以(も)って
本(もと)と為(な)し、因循を以て用(よう)と為す」
(虚無を根本とし、自然の成り行きにまかせるのを
方法としている)と説明している。古い習慣に因り、
そのやり方に従うのを「因循」という。
「姑息」は、「姑(しばら)く息(や)む」と読む。
ちょっと休む。一時しのぎ。姑は暫(しばらく)の意。
息は休息の意。『礼記(らいき)』に、
「君子の人を愛するや徳を以てし、
細人の人を愛するや姑息を以てす」
(君子〈立派な人〉が人を愛するのは徳によるが、
細人〈つまらぬ人〉が人を愛するのは、
場当たりでする)とある。
いつまでも因循姑息なやり方では、改革はできない。


★其井湯♨瓦版
<ケンさんのブログから>
「音楽が聞こえますか、相手が感じられますか?」
2014年2月24日

ダンスを踊るとき、一番大切なのが音楽です。
次に大切なのがパートナーです。
ペアで踊る社交ダンスは、この二つの要素が
うまく理解できていないと、いつまでたっても
楽しい踊りを踊ることはできません。

踊ることは好きだけど、音楽は今一と言う方が
結構キャリアがある人に多くいます。
また、相手の事は構っていられない、自分の事で
精いっぱいという方もいらっしゃいます。

では、このような方々は社交ダンスをどのように
踊っているのでしょう。
女性に多いこのタイプは、男性に押したり引いたり
力を使ったリードをしてもらい、決められたルーティンを
記憶の元にマイペースで踊る傾向が有ります。

また、リーダーも女性を自分の思うがままに動かす
一方的な運動に喜びを感じるタイプが多く、
どちらも、社交ダンスとは程遠い、相手としては
一番踊りずらくていやな踊り手と言えます。

まず、音楽は踊り終わるまではどんなに下手でも
リズムを取り続けましょう。
そして、今目の前にいる方が何をしたいのか、
何をして欲しいのかを考えて踊るようにしましょう。

最初はなかなか難しいかもしれませんが
いつの間にか、身体を通して相手の気持ちが解り
音楽を二人で演ずる楽しさが解ります。