マイカソレイユパーティー
9月13日です。

皆様のお越しを
お待ちしております。
街パーティーでは、
男性が女性に教えている光景がよくあります。
ダンスの上達には、指導が必要です。
では、教え魔と指導者の違いは何でしょう。
私が思うには、
受ける側、つまり女性がどう思うかです。
セクハラと同じ考え方、
女性が迷惑だと思えば、それは教え魔です。
たとえ正しい理屈で教えたとしてもです。
女性は、イヤだと思っても
なかなか意思表示ができません。
ですから男性が察することが大事です。
それがわかっていない教え魔は、
女性がイヤそうな顔をしても、
自分が納得するまで、
女性を離そうとはしません。
あるご婦人が、私に相談をしました。
「私、あの方から、重いと言われました。私、重いですか?」
私は、「いえ、そんなことはありません」と答えました。
このご婦人は確かに体重はあります。
たぶん、その教え魔さんは、
自分が動くと同時にホールドで
女性を動かそうとしたのでしょう。
これでは、重く感じます。
私の場合は、このご婦人と踊る時は、
動くよー、とモーションをかけて
女性が動き出したら
それに合わせて私も動きます。
リードはするけど、キッカケだけ。
あとはフォローするだけです。
だから重さは感じないのです。
ご婦人に
このあたりのことを説明して、
「重くないですよ」と言うと
とても納得して喜んでおりました。
あるパーティーで
ミキシングの最中にフロアの中央で
指導している光景を見ました。
もちろん、ご婦人は恥ずかしそう。
教え魔の中にも、ひどいのがいて、
無理な動作を要求して、
女性が怪我をする場合があります。
首筋を痛めたとか、
腰を痛めたとか、
空足を踏んで膝を痛めたとか
マナー違反どころではない行為
ほんとに困ったものです。
★其井湯♨アラカルト
四字熟語
「因循姑息」(いんじゅんこそく)
古くからの習慣を守り、ぐずぐず一時逃れをする。
「因循」は、「因(よ)り循(したが)う」と読む。
『史記』に老荘の学を「その術は虚無を以(も)って
本(もと)と為(な)し、因循を以て用(よう)と為す」
(虚無を根本とし、自然の成り行きにまかせるのを
方法としている)と説明している。古い習慣に因り、
そのやり方に従うのを「因循」という。
「姑息」は、「姑(しばら)く息(や)む」と読む。
ちょっと休む。一時しのぎ。姑は暫(しばらく)の意。
息は休息の意。『礼記(らいき)』に、
「君子の人を愛するや徳を以てし、
細人の人を愛するや姑息を以てす」
(君子〈立派な人〉が人を愛するのは徳によるが、
細人〈つまらぬ人〉が人を愛するのは、
場当たりでする)とある。
いつまでも因循姑息なやり方では、改革はできない。
★其井湯♨瓦版
<ケンさんのブログから>
「音楽が聞こえますか、相手が感じられますか?」
2014年2月24日
ダンスを踊るとき、一番大切なのが音楽です。
次に大切なのがパートナーです。
ペアで踊る社交ダンスは、この二つの要素が
うまく理解できていないと、いつまでたっても
楽しい踊りを踊ることはできません。
踊ることは好きだけど、音楽は今一と言う方が
結構キャリアがある人に多くいます。
また、相手の事は構っていられない、自分の事で
精いっぱいという方もいらっしゃいます。
では、このような方々は社交ダンスをどのように
踊っているのでしょう。
女性に多いこのタイプは、男性に押したり引いたり
力を使ったリードをしてもらい、決められたルーティンを
記憶の元にマイペースで踊る傾向が有ります。
また、リーダーも女性を自分の思うがままに動かす
一方的な運動に喜びを感じるタイプが多く、
どちらも、社交ダンスとは程遠い、相手としては
一番踊りずらくていやな踊り手と言えます。
まず、音楽は踊り終わるまではどんなに下手でも
リズムを取り続けましょう。
そして、今目の前にいる方が何をしたいのか、
何をして欲しいのかを考えて踊るようにしましょう。
最初はなかなか難しいかもしれませんが
いつの間にか、身体を通して相手の気持ちが解り
音楽を二人で演ずる楽しさが解ります。
