先日、このような記事を書きました。

 

 

ここでいう「現実の受け入れ」とは、

 

「この現実は自分が創ったもの」として

 

あるがまま、そのまま受け入れる

 

という意味で、「現実に甘んじよ」とか

 

「現実を尊重せよ」とかの意味ではありません。

 

(記事をよく読んでいただければわかると思います)

 

 

これまで何度も書いておりますように、

 

現実とは自分の意識の中にあるものの投影で、

 

自分とは別の存在が創ったものではありません。

 

つまり自分でいくらでも自由に創造できるということです。

 

なので、自分が創造した現実を受け入れないことは、

 

自分では望む現実を創造できないチーン

 

といっていることにもなります。ひいては

 

自分では願望を「叶えられない」「叶えない」チーン

 

などと(極端にいえば)宣言するようなものです物申す

 

 

ただ、「現実を受け入れる」と字面だけ見ると、

 

巷によくある言説、願望を実現させるには

 

「現実を無視」「現実をスルー」

 

の真逆ではないか、と思う人もいるでしょう。

 

「現実を無視」「現実をスルー」とは、

 

上記の過去記事の最後にチラリと書きましたが、

 

その事象・状況に意味や因果関係を持たせない

 

ということ、さらに、

 

現実を見て願望を制限・否定しない

 

現実を見て「ない・叶っていない」と判断しない

 

という意味だと当ブログでは解釈します。

 

 

ここまで書いたことを簡単にいえば、

 

現実を「それはそれ」と受け止めつつも

 

重く見ないでね ウインク

 

ということです。

 

 

そもそも、自分の意識の中の反映である現実に

 

「願望とは真逆のことが起きた!!ガーン」」とか

 

「なんでこんなことが起きたんだろう泣くうさぎ」とか

 

「これは何かの前兆に違いない!!真顔」とか

 

「これはシンクロだわキラキラ」とか何とか

 

絶望、関連性、重要性などを勝手に見出しているのは

 

紛れもなくエゴです。

 

もっとも、現実にエゴがどう反応してもいいのですが、

 

「叶っていない」と判断するのは止めましょう真顔

 

 

この現実は自分で創造したのだといったん認め、

 

「叶っている私」の世界であると同時に

 

ただの過去の意識の投影であり、

 

あくまでも創造し終わったことなので

 

「変えようがない」ことを知ったうえで、

 

(創造済みの)現実の重要度を下げればいいのです。

 

とくに、エゴにとって不都合に感じる部分は

 

幻想、虚像、錯覚、幻影、残像 などとしてもいいですし、

 

私は「過去の意識の老廃物」ととらえています。

 

どうとらえるかは、これもう各人の好みですね。

 

参考記事:

 

 

 

いずれにしても、尊重すべきは、

 

創造済みでもう変えようがない現実ではなく、

 

意識の真実です。

 

真実とは、「私は◯◯」「◯◯な私」です。

 

そちらに重要性を見出し、フォーカスすることで、

 

エゴにも視覚的に見えてきます。

 

 

変えようがない現実を見て

 

苦しむのは人生の無駄ですよウインク

 

参考記事:

 

 

 

スイーツショートケーキホットケーキロールケーキプリン

 

 

楽しみにしてくださっている読者様には申し訳ございません。

 

今回は「おまけ☆スージーのこまごま願望実現日記」を

 

お休みします。単にネタがないからですねー

 

何か見落としているのかもしれませんがw

 

次回は何か書けるといいな、と願っておきますウインク

 

 

 

 

いつもコメント、リブログありがとうございますチューリップ

この場でいうのもなんですが、心の底から感謝申し上げますおねがいキラキラ

記事を気に入ってくださいましたら応援してくださると舞い上がりますバレエ

 

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