一休さんが開祖のお寺-前編-(真珠庵) | レレレの行ってみたらこんなとこ!

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散策で主に史跡、神社仏閣を巡ってます
各地のガイドマップに載っている史跡、山川出版社から出ている歴史散歩シリーズの画像補完計を秘かに計画しています(笑)
ドライブの一助になれば幸いです(^^)
愛書家(読書家とは違います(笑))なもんでたまに本のことも書いてます

今回から11月9日のことになります
この日も京都モダン建築祭に参戦(だから1人です)したのですが、この日はモダン建築祭の前に特別公開してたとこへ寄ることにしました

ブロ友さんが、大徳寺塔頭の真珠庵が特別公開されてるとアップされていて、それも今回はクリエイターの人たちが描かれた襖絵が撮れる(前回は撮れませんでした)ということで、ならば行ってみようと思った訳です😁
教えてくれたブロ友さんありがとうございました🙇

大徳寺の東門から入って行きます

近くの大徳寺の本坊まで行くと、看板が出てました
ほんとはこちら「源氏物語図屏風」が公開されてから、訪れる人の大半はこっちがメインなんでしょうけどね😂

真っ直ぐ行って

真っ直ぐ突き当たりは芳春院なんで、手前を右に行く参道を行きます

その突き当たりが真珠庵となります

最初の山門手前から
真珠庵
住所・京都市北区紫野大徳寺町52
御本尊・一休禅師像
駐車場・なし(大徳寺の有料駐車場が近いです)
こちらは通常は非公開で、何年かに1回特別公開されます

駒札
真珠庵 
  大徳寺の塔頭で、永享年間(1429〜1441)、一休禅師(宗純)を開祖として創建されたが、応仁の乱で焼失し、延徳3年(1491)、堺の豪商尾和宗臨(おわそうりん)によって再興された。
  方丈は寛永15年(1638)の建立で、内部の水墨画「山水図」、「花鳥園」は室町時代の
曽我蛇足の作、障壁画「商山四皓図(しょうざんさこうず)」、「蜆子猪頭図(けんすちょとうず)」は桃山時代の長谷川等伯の作といわれている。また、書院の通僊院(つうせんいん)は、正親町天皇の女御の化粧殿を移築したものといわれ、金森宗和好みの茶室、庭玉軒(ていぎょくけん)が付属する。庭面(国の史跡及び名勝)は方丈の東庭、南庭及び通僊院庭園があり、東庭は室町時代の作とされ、石組みの配列から「七五三の庭」と呼ばれている。
  寺宝として、国宝の大燈国師墨蹟をはじめ、紙本着色苦行釈迦像、墨溪筆の紙本墨画達磨像など、多数の重要文化を蔵している。また、境内には、茶道の祖、
村田珠光の墓がある。
  京都市
(原文のまま)

山門


山門手前に石碑
史蹟及名勝 真珠庵庭園


山門くぐった景色
左手に見えてるのは庫裏

右手

中門をくぐります

中門から

左を見ると、方丈(重文・奥側)が見えます

受付手前から見たとこ

受付で拝観料(2000円)を納め
小冊子を受けとります
それは以前と同じものでしたが、その中にさらにリーフレットが挟まれていました
小冊子の方は、新しい襖絵の解説って感じで前にも頂いたものでした
リーフレットの方は由緒書き的な感じのものでしたひらめき

こちらは手荷物を預けてから、拝観することになります
その時に御朱印を頂く場合は預けておくといいです
ガイドさんがおられて、10分だか置きにツアーのように解説付きで見れました
勝手に見るのも大丈夫でした
僕も話を聞きながら回ったのですが、割りと時間がかかるので、急がれてる場合は全部聞けなくなるかもしれません!?😅

方丈前庭園(横から)

奥から

まずは御本尊がある部屋から見ることになると思います
そこの襖絵「楽園」北見けんいち
北見けんいち氏は漫画家で、知る人ぞ知る「釣りバカ日誌」の原作者です😄

与論島で過ごされた情景が描かれてるということです
ビール渡されてるのは北見氏の奥さん


歌唄っておられるのは、こちらの和尚さん😆

よく見ると

釣りバカ日誌のスーさん、ハマちゃんも居ます指差し


みんな楽しそうニコニコ

この部屋は仏間にもなっていて、仏間のとこにも作品がありました
山口和也「空花」
暗い所で見るものだったので、分かりにくかったです💦

次の間は「かろうじて生きている」山賀博之
山賀氏は「新世紀エヴァンゲリオン」を制作したガイナックスの代表だった人です
島本和彦氏の「アオイホノオ」を読まれた方はピンとこられたのではないでしょうか!?
日本海が描かれてるということです

この女性は、お世話になったディレクターとかそんな方だったと思います

長くなるので、次回へ続きます
では、またぁ〜(* ̄∇ ̄)ノ