昨年お知り合いからご紹介いただいた映画です。
30年前、神戸でピアニストを目指して競い合っていた若者たちが主人公です。
演奏家が、指が思うように動かなくなってしまったら、第三者には共感でききらないような苦悩があることでしょう。
乗り越える術に正しいも間違ってるもない。
必死でその日をなんとか生きて、生きてる意味を繋ごうとしている。
主人公の2人だけではなく、30年前、神戸一帯では大勢の人たちがそんな苦悩を負っていた。
そんな実感も伝わってくる映画です。
台詞でも演技でも表しきれない“念のような思い”をピアノが代弁して、美しく昇華してくれているように感じました。
熟達とはいえない初々しい演技だけど、音色に惹かれて何度かリプレイしているとだんだんリアリティが感じられてきたのも不思議です。
Amazonプライムで配信されてるのでぜひ観てください。
プロジェクターに繋いで良質な音質で鑑賞したらまた感じることも変わるのではないかな。
いつか上映会をさせてもらいたいです。
30年節目の震災の記念日。だからという訳ではなく、せめてとこの日までにはと期限にしてた日までになんとか文字化できました。
人の数だけ様々に起きていた人間模様は、一見復興したかのようであってもまだこんなふうに燻ってるのかもしれませんね。
ここからそれほど遠くない神戸で起きていたことに、改めて思いを馳せています。
地震から長らく、一般人は神戸方面へ向かうことは規制されていたので詳しいことを知る由もなく。
ただ仕事帰り、JR大阪駅でホームへの階段を登っていると被災地から戻ってくる方々とすれ違いました。
神戸方面からの本数少ない電車から溢れ出し、駆け足で階段を降りてくる群集。
やり場のない憤りが浮かんだその方々の表情が、この映画を見ていると思い出されました。
何もできずごめんなさいという思いで進路を譲る日々でした。半年?1年?長かった。
1度だけ半年後にこっそり視察に訪れた光景は、自然の威力に畏怖を抱くに充分なものでした。地面が波打ち、石造りの建物がひしゃげてショーウィンドが割れたまま、まだ放置されていた。動くものは波のゆらめきと阪急電車だけ。
今では震災なんかなかったかのように美しく復興した神戸だけど、訪れるたび思い出します。
人の復興力の素晴らしさに感慨深くもあり、なかったかのように今があることを空恐ろしくも感じます。
HPから借用しました

