ラブファッション展|服飾史を哲学した展覧会を体験 | 山里リトリートねこ福 ✢✢ 時間が止まる龍宮城へようこそ ✢✢ 大阪高槻 神峰山の郷

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Timeless Comfort ~ 時間が止まる龍宮城 ~
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天秤座月間に入ったので、ぴったりな話題を。  ファッション!

 

京都国立近代美術館で「服を着ることの意味について考えてみませんか。」という触込みの展覧会が始まりました。

 

 

むずい。

 

「衣服はその人の一部である」と捉えているわたくし、服には魂が宿ってるくらいの心で扱ってる。だから安物は買わない

 

来世はファッションモデルになりたいくらいだ。

 

だけど、意味とか考えたことないし。。

 

 

 

とりあえず、

 

どの服なら着てみたいか?という視点で観てまわりました。

 

 

 

 

 

このあたり。

 

 

18世紀ヨーロッパの貴族の優雅な衣装にはじまり、2020年の著名デザイナーの作品まで。ある意味、端を極めた作品群がずらりと陳列されておりました。

 

贅沢を極め調和を追求した古典的美しさだったり。

 

究極まで削ぎ落とし体型を際立たせ、服の定義の極少限を追求したもはや布切れだったり。

 

調和美をアンチした歪なコム・デ・ギャルソンだったり。

 

身に纏うという定義を離れ、オーラを象ったもはや現代アートだったり。

 

こういうのね↓

 

 

なるほどねー。

 

どれをとっても芸術表現だなぁ。服飾という定義の中でもこれほどまで解釈のバリエーションがあるのだなぁ。

 

…というようなことは、観覧から10日以上経ってやっと消化できたのかもしれないな(笑)少々唖然となりました

 

 

芸術作品と実用品の線引きは、振り切れてるか寄せているかってことだろか。

アートクラフト運動みたいなのもあるけどさ

 

 

わたしの中でのファッションの定義とは「街中を着て歩ける」実用性ある衣服。

 

公共の場で「快」を提供する道具…っと思考を巡らすとき、多様性の時代の「快」の定義も曖昧のものだわなと、否定感は飲み込みまざる得なくなりました。

 

 

 

とかく私は雅なもの、ゴージャスなもの、手の込んだ芸術品が好き。

 

 

フランス貴族男性のベストにうっとり。刺繍が素敵すぎ。

 

 

重ね着するから、裾だけが豪華。

首からリボン結んでたり、裕福だからお腹出てたりするもんね。

 

豊穣の喜び

 

女神舞う

 

こいった世界に埋没するのが幸せです。

 

 

川久保怜のセンスは秀逸だと思うけど、そのメッセージをわざわざプライベート時間に受け取りたいとは思わないかな。着こなしてる人と知り合いになるのは刺激的だろうけど

 

 

ファッションって本人以上に雄弁な自己表現ツール。

 

…あぁ、こうして考えてると「服を着る意味」に帰着してきたな。展覧会の意図、構成、憎らしい。

 

 

 

 

 

最近のアート展というのは、なかなかに教養性を凝らしてある。

 

入場料も高くなったので、ただきれいだ、好きだと眺めて廻るだけでは元が取れない。気楽に感性を遊ばせに行く場所ではなくなりつつある気がする。

 

学びの場に。

 

少々堅苦しい気がしないではないが、それはそれで帰宅してからの考察が楽しかったりする。

 

 

ヤドカリもファッション?

 

 

 

だけど、ファッションはただただ幸せな気持ちにしてくれさえすればいいんだけどなぁ。あ、幸せの定義も個々様々なんだった^^;

 

 

メルカリでコーデファッションを販売してる友達と、この服はAちゃんに、 Bちゃんにはこれ…、なんか仮装パーティやりたくなってきたね♪ってことになりました。

 

コスプレクリスマス会、どうだろね? ← こういう盛り上がりを産むのもファッションの力。

 

 

こういう哲学問答も天秤座の守備範囲。

 

芸術の秋、始まった!

 

 

 

Bちゃんへ友人のお見立てはこちらでした。

これも服かよ…。あぁ、頭固い^^;