雑踏の中を歩くのが結構好きです。
こんな山の中に暮らしてるのにと意外かもしれませんが、足掛け16年大阪ミナミの繁華街まで通勤してました。
雑踏に埋もれるのは無理。雑踏に瞬時生れる隙間を縫うように闊歩するのが楽しい。
抜け去りながら時流や土地柄をチラリと観察する。
先日久しぶりに心斎橋を歩きました。
インバウンドが戻った賑わい…という以上にカオスと化した変貌ぶりに驚きました。
かつて瀟洒なブランドショップが軒を連ねヨーロッパ通りと呼ばれてた路が雑多に薄汚れつつある時代、そこを通勤路にしてました。
そこがまた更に…、ここまで廃れるのかと。
良いところを見つけようとしたけど、まぁそこまでのヨスガもない訳だし途中でやめました。
都会の変遷は早いなぁ。
敢えて関心の薄れたミナミの街を訪れたのは、奥村 薫さんのステージが道頓堀で開催されたから。
シアトル在住の舞踏家さんなので、こんな折でなければお目にかかれない。
まして昨年のねこ福公演にお越しになったKen2さんとのコラボ。
場所はかつての‘庭’。
DJケンさんのロックな世界に舞踏がどう嵌るのかも観てみたかった。
2日前には西宮の邸宅でも公演がありました↓
Ken2ワールドとのコラボレーションはこちら↓
だいぶ違うといえば違う。
だけど「奥村薫がそこに居る」ということは何ら変わらない。
奥村薫を取り巻く環境は変わったけれど、奥村薫の存在は変わらない。
でも奥村薫の在り方は環境に呼応して何かしら違ってるに違いない。
「舞踏とはそこに居ること」と薫さんが説明されるニュアンスってこれのことかな? たぶん…だけど。
舞踏って哲学だわ。
ヨーロッパ通りが時代を映して様相を変えたとしても東西にはしる目抜通りであることに変わりがないことと似てる?
舞踏って自然現象の縮図、ジオラマのようなものだろか。
本来舞踏にリズムはないらしい。今回のように一定のリズムを刻むロックとコラボするのは稀なのだとか。
だけどそれが、正確に時を刻む都会の営みの中で我を保持しようと懸命になってる現代人の姿を映しているかのようでした。
きっちり発着するメトロ、定刻に退社する勤め人の大群。
産業革命以来250年かけて人類を包み込んだ巨大な枠組みを実感したラッシュアワーに遭遇した直後だったので、そんな連想を。
正確であろう、安定したリズムに合わせようとすることに現代人はかなりのエネルギーを消耗してないか。
そこに懸命になりすぎて、生命体であることを、自らが内包したリズムがあることに気づかなくなってるのではないか。
そんなことにふと気付かされたステージでした。
正確であることがもらたらす高揚や発展という恩恵も必要ではあるけれど。
Ken2の音楽のクールさは動画でなくちゃ伝わらないですね。
Facebookに投稿しますね。
舞台は並木座という芝居小屋の風情を都会仕様にぎゅっとコンパクトにした会場。
提灯、桜飾りに、
シンセサイザー、チカチカの照明、スモーク。
そして舞踏。
この敢えて外した取り合わせもオツになる。
なんでも吸収してネタにする大阪人の懐深き感性はなんかしらあったかい。
西宮神社のお膝元の邸宅と道頓堀、振り幅大きいふたつの舞踏体験で哲学的感性マシマシに。
Ken2さん演出のステージ、ザ・ミナミな感じで色々懐かしかったです。
奥村薫さんまたお会いできますように。
ありがとうございました♪
昨年のねこ福公演の様子はこちら↓
公演後一旦駅に向かって歩き出したのだけど、思い立ってランチで通っていたイタリアンを訪れてみた。
「井上さんですよね?」
8年ぶりなのに思えてくれてたシェフ。
目まぐるしく入れ替わっていく街で変わらない店もある。
変わらない美味しさにしみじみ。
具材多めに感じけど、サービスだったのかな。
道々、行きつけてたお店を確かめてみた。どれも変わらずそこにあった。
本物は流されないね…、すごぶる納得。








