台風が近づいてくるとめっぽう生命力ダウン。
こういうの「気象病」と呼ぶそうですね。
無理して事を進めようとすると、勘違いしたり、ヘマをやらかしたりで、妙な疲労しか残らない。こういうときはスパッと諦め、受け身で過ごすことにしています。
9月のある日、
ずっとずっと昔から‘課題’にしてたフランス映画『美しき諍い女』を観ました。
4時間弱の映画を鑑賞するのに気象病は好都合。寝てるより有意義だと自分に許可を下しやすい(笑)
1991年初上映の作品。あの頃のフランス映画には哲学的骨があった。
長かったのかもしれないけれど、気にならなかった。
そして、観終わるとじわじわと思考が動き出し、頭から離れなくなる。
難解。
やるなぁ、フランス映画。さすがである。
映像はお借りしました
今だからこそ主旨を理解できるけど、上映当時に観たとしてもさっぱり意味不明だったろな。
自分の稚拙さしかり、時代の風潮的にもちゃんと理解できる人は如何ほどいたんだろか?
「内観」とか「自分を見つめる」って言葉が流行ってる昨今なら、実感ともなわずともそれなりの感想には至りやすそうだけど。
上映されてたのは、「企業戦士」の時代。フランスではウーマンリブ?
組織に嵌まるが勝ち、組織は大きいが善、そんな価値観に時代が夢中だった。
視点は己の外に向かわせるものという観念が主流だったはず。
だからこそのアンチテーゼだったのか。。
締めくくりも無責任。観客の考察に委ねられる。
これって決定的にハリウッド映画と違う点だよね
なかなか進まないストーリー展開から関心が離れていきそうでありながら、映像の美しさで観る者を引き留める。
これも当時のフランス映画の素晴らしさ。
画家のドローイングライブが長回しでふんだんに取り込まれてて、芸術愛好家なら興味深いし退屈しない。
〜時間をかけて擬似体験させ、どう感じるかはご自由に〜
かつてのフランスの映画はそんなだった。
映像が美しかったので途中からスクリーンで大写しにしてみた。
あ!これは別の映画だけど
こんなマニアックの作品誰も観ないでしょうっと思ったけど、ググってみるとここ2−3年のレビューが意外とあった。
そうか、観客側が作品に追い付いてきてるんだな。
30年のタイムラグ。
興行のタイミングとしてはどうだったんだろう?
反骨精神を表現する手段だとすれば、やはりその時だったんだろかな。
時代の反動でこそ生み出される表現力みたいなもの。。
この映画を好きという人がいたら、わたし友達になりたい。
そう思った。
30年前、同い年の従姉妹が熱心に感想を述べたてまくり、
早く観てみろ、レンタルになってる。
もう観たか?
とせっつきまくった。
当時薬大で化学式を頭に詰め込んでふーふー言ってた私はきっと、どんな言葉も浮かばなかったことでしょう。
あなたの言ってることがかさっぱり理解できなかったしね、一言一句逃さず聞こうとしてたけれど。
30年遅れて追い付いたわ。
あなたって凄い!


