誰もがきっと聞いたことある“スキャット”の名曲『男と女』、ダバダバダ…。
その映画の監督と主演が53年を経て再集結したという『男と女 人生最良の日々』を観ました。
1作目のストーリーを下敷きに舞台は高齢者施設…。
不朽のラブストーリーの続編が老人ホームにて。
この入りは衝撃でしたね。時代だなぁ。
けれど、なかなかに素晴らしい作品でした。きっと名作と呼ばれる日がくるよ。
意識がまだらになった老人を、かつて世界中を虜にした俳優さんが演じてる。
これは演技なのか?っと、思えるほどのリアリティ。
老人の言い草には、ねこ福じいちゃんの会話パターンがダブってくる。
老人あるあるの噛み合わない会話。施設や病院でもよく見かけた。
ねこ福じいちゃん(父)は生涯にわったて会話の噛み合わない人だったので、年齢とともに…ではなかった。
そんな訳でわたし、相手に同じ土俵で語ってもらうための話術を幼い頃から腐心してきました。
だから、、
この映画のなかの会話の引き出し方は素晴らしいなぁと心打たれました。
フランス映画でやたらとでてくる“プックワ”(=pourquoi)。
「何故?」という意味。
ボンジュール、メルシーの次に覚えてしまったわ!
フランス映画の登場人物はとにかく理由を問いたがる。
相手と自分は所詮別の生き物という割切り観が根底にある。
まずは他者理解を深めて折り合いを見出そうとする姿勢の表れかと思います。
察するとかそんな文化ではなさそうです。
言葉にしたところから“それ”は存在し始める。
心理の変遷を描きたいフランス映画には、
心情を明るみにするきっかけにも「何故?」は不可欠キーワードなんでしょうね。
そして、“パスク…”(=Parce que:何故なら)っと延々の語りが始まる。
フランス人は話が長い。
そうやって関係を紡いでゆく文化。
相手の感覚を尊重し、良いも悪いもそこには存在しない。
会話にそんな特徴があるように感じています。
認知症と呼ばれる人々にもそうやって自由自在に心に湧いてきた物語を語る場が与えられる。
それは違うっとか口を挟んで健常者の常識で是正することも重要視されない。
そんな会話のなかだけど確実に心の交流が起きている。
記憶が刺激され意識が活性化するひとときが生まれる。
素敵だなぁ。
時空軸が混濁した人との会話はそれで十分じゃないか。
改めてそう思えました。
身近に意識が混濁ぎみの人(世に認知症と呼ばれる方々)がいるなら、何か感じれるものがあるのではないでしょうか。
ご覧になってみてください。
画像はこちらから借用
1作目をオーバーラップさせながらの映像展開。
過去映像があまりにも「絵になってる」
音楽ももちろん素敵。
映画もアートだってことを久しぶりに思い出せた。
最近、映画は娯楽って認識になってた。
フランス映画、やっぱすごいわ!
1作目は1966年作。
配信もDVD販売もなく、手軽に観る術なく残念。
先日森健太郎さんのアコーディオン演奏を聴き、映画が気になりだした秋の入り口です。



