理学療法士でもありライターの中川恵子さんが
わたしの介護体験記を情報サイトで記事にしてくださいました。
ロックドインシンドロームとは、
意識は鮮明なのに、身体を動かす機能が麻痺して
意思表示する術を失った状態のことです。
呼びかけに反応ができないので、
いわゆる植物状態との判断がほぼつきません。
詳しくは昨日書いたのでご参考ください。
医療、介護の世界でもあまり知られていないようで、
「母は状況を理解してますよ。」っとお伝えしても
信じてもらえない場面は非常に多かったです。
母に意識がありますと伝えると、
a.分かりますと言ってくれる人
b.わたしには分からないけどそうなんですね
c.そんなはずありませんよ
d.気の毒に妄想ですよ、そんな話に付き合わせないでくださいと怒る人
と、ざっくり4タイプの反応がありました。
a.が1割未満、
b.が1割、大抵わたしのことを信じてくれる親友たち
c.が8割
d.が1割
こんな感じだったかな。
a.は慈愛あふれる一握りの方々で、
肉親でさえも、怒りだすd.タイプだったので、
理解が得にくくても仕方ないことだと思います。
分かることが良い悪いということでなく、
介護する相手のためだけでもなく、
分かると、自分自身の人生が彩り豊かに
「苦しいことばかりではない」と感じられるようになりますよ
というのが、
わたしの伝えたいことです。
こんなエピソードがありました。
母の実妹は頻繁に見舞いに来てくれていて、
「あぁ、姉ちゃんと話ができたら…」
と、嘆いていました。
母が言ってることを通訳をしようとしても、
全くそれには耳を貸しません。
叔母は今までどおり、
うんうん、そうなのねって
自分の話に相槌を打ってもらいたい、
期待通りの反応をしてもらいたかったようです。
母がどう考えているとかは
もともと関心はなく、
自分の主張を全肯定してくれる存在が必要だったのでしょう。
ある時母が、
叔母が話していた悩みごとについて
手紙を書くというので代筆したことがあります。
わたしとしては、
母がここまで色々理解してるんだっと知れたら
叔母も改めてすごく喜ぶだろうと想像してたのですが、
叔母はわたしが勝手に作文したと思ったのか、
期待する文面ではなかったからか、
激怒の電話がかかってきたなんてことがありました。
介護をお仕事にしている人がプライベートでやってきて、
客でもある自分のことを二の次にして
なぜ何も分かってない母親を優先するのかと
よく苛立ってはりました。
しょっちゅう家に来て母にも会っているけれど、
意識があるとは信じられなかったようです。
自分にも納得できるような証拠を見せろ
というので、
コミュニケーションのコツを伝えました。
リアクションには時間がかかるので
呼び掛けてからしばらくじっと観察してみてとお願いしたのだけれど、
その“しばらく”が待ちきれないんですよね。
「ふん、何にも反応ないやん。」
っと背を向けた、その後に母の口が微かに動きました。
「ようこそ。」
っと。
この2つのエピソードで何が言いたいのかというと、
健常者は自分の尺度で障害のある人に接してしまいがちだということです。
自分の期待するレベルの反応でなければ見落としてしまうんです。
「無い」ことになってしまう。
相手からの厚意のメッセージも見逃してしまうし、
互いの交流の可能性も見過ごしてしまうことに。
このお2人に共通して
いつも何かに対して怒っている。
自分の人生は苦労ばかりだという話を聞かされて
しんどかったなぁ。
幸せの枠がとっても狭いんでしょうね。
期待通りの満足を追っていると、
周囲に溢れる幸せの種を見落とすことになるんだと思います。
母と同じロックドインシンドロームに陥った人の著書が映画になってます。
潜水服は思うように動かない身体のことで、
身体は重たい乗り物になってしまったけど、
意識は蝶のようにどこへでも飛んでいける無限大の想像力を得た
という著者の心境を表現しているそうです。
母と話ができた作業療法士さん。いつも楽しそうだったな。
今月の「介護を語る会」は2部構成です。
どのタイミングからでも軽にご参加くださいね。
「介護を語る会」@Zoom
6月11日(金) 13:30~15:00
13:30〜14:15 介護の教科書公開インタビュー
14:15〜15:00 介護を語る交流会
介護中で悩みを抱えている人は思う存分お話してください
ご相談に応じられるスキルのある方も是非ご参加ください
介護に従事されている方々もお考えを発信する場にしてください
参加表明はこちらから ➡︎ ♣︎♣︎♣︎
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